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21話 元宮廷魔術師

 ねっとりと絡みつくような、そんな声が響いた。

 俺は慌てることなく、ゆっくりと振り返る。


「よう、見送りでもしてくれるのか?」

「ほう、驚いていないのですね……小さな身でありながら、なかなか肝は座っているみたいです」

「てめーの気配なんてダダ漏れだったし、ホノカが、敵がいるって教えてくれていたからな」


 クルクルと、耳元で警告するように鳴いてくれていた。


「私の隠蔽を見破っていた? いや、まさかそんな……ふふっ、ハッタリをかまして自分を大きく見せる。いかにも子供の考えそうなことですね」

「てめーが、ドランと懇意にしてるっていう元宮廷魔術師か?」

「いかにも。我が名は、オーデル・ヘルモリア。この名前を覚えておくといいでしょう……いずれ、伝説の賢者アーグニスの再来と呼ばれる、偉大な魔術使いですよ」

「へえ、大きく出たな」


 ってか、俺は伝説の賢者とか呼ばれてるのか?

 ちと恥ずいな。


「あなたは、ドラン殿が連れてきた子供ですな? 勝手に屋敷を歩き回るなんて、躾のなっていない子供だ……しかも、見てはいけないものも見てしまった」

「セオリー通りだと、死んでもらう、っていうパターンになるけど、それか?」

「いいえ。スポンサーであり盟友でもあるドラン殿の機嫌は、なるべく損ねたくありませんからね。あなたは、ドラン殿のところへ送り届けましょう。もちろん、二度とこのようなことができぬように、従順な人形にして。ふっ、ふふふ……ふははは」


 やばい薬でもキメているのか、薄気味悪い笑みをこぼす。

 お近づきになりたくないし、できれば視界に入れるのもイヤなタイプだ。


「わりーが、てめーの事情に付き合う義理も義務もないんでな。ここにある資料、全部もらっていくぜ。それから、てめーらの悪事を暴いて告発してやるよ」

「ほう、威勢のいい少女だ。嫌いではありませんよ?」

「おいおい、てめーもロリコンかよ?」

「私の趣味は、ドラン殿とは違いますよ」

「だろうな。わかってて言ってみただけだ」

「っ」


 一瞬、オーデルがイラッとした顔になる。

 しかし、幼女相手に感情を丸出しにしてはかっこう悪いと考えたのか、元の表情に戻る。


「おとなしく降参しなさい。でなければ、おしおきをしますよ?」

「なら、俺はこう言わせてもらおうか」


 俺は笑みを消して……

 怒りの眼差しでオーデルを睨みつけて、力強く言い放つ。


「てめーの方こそ、おとなしく降参しろ。投降するなら、丁寧に扱ってやる。断る場合は、大事な証人だから殺しはしねーが、この後の人生とかまともな生活とか、色々と諦めてもらうぞ」

「っ……!?」


 圧に押されるかのように、オーデルがビクリと震えた。


「な、なんですか、この異常なオーラは……まるで、そう、伝説の勇者と対峙しているかのような……この少女が、それに匹敵する? バカな、そのようなことがあるはずがありません!」

「なんだ、怯えてるのか?」

「そ、そのようなこと……!」

「言っておくが、ここの光景を見て冷静でいられるほど、俺は感情捨ててねーからな。マジ頭に来ているんだよ。逃さねーっていうのは俺の台詞だ。てめーは、ここで叩き潰させてもらうぜ?」

「くっ……闇よ敵を撃て!」


 焦りを覚えた様子で、オーデルが攻撃をしかけてきた。

 闇が凝縮されて、矢となり解き放たれる。


「へえ、俺と同じ魔術使いか。力比べをしてみるのも楽しそうだが、ま、それはまた今度だな……力よ盾となれ」


 オーデルの攻撃を魔術で全て防ぐ。

 予想はしていたらしく、オーデルは慌てない。


「瞬時に対応するその力……ふふ、なかなかやりますね。この実験場を発見して、怯むことなく探索をする。あなたの胆力を拝見していたからこそ、その力も予想はしていました。しかし、残念ながら、あなたの相手はこの私です。未来の大賢者、オーデル・ヘルモリアなのです。さあ、私の本当の力をお見せしましょう!」

「呆れさせてくれるなよ?」

「ええ、期待に応えてみせましょう」


 軽口を叩いてみるが、挑発に乗る気配はない。

 ふむ。

 一応、そこらの雑魚とは違うようだ。


「闇よ敵を撃て、暗黒の祝福を受けろ、悪意と憎悪よ膨れ上がれ、終焉よここに招かん!!!」

「へえ、魔術の四重詠唱か。やるじゃねーか」


 四重詠唱ができる者は、そうそういない。

 言葉を重ねていくほどに難易度が跳ね上がっていくため、かなりの知識と練度が要求されるのだ。

 四重詠唱が使えるヤツは、全魔術使いの十パーセントほどだろうか?


 数値で見るのならば、ヤツはエリートと言えるだろう。


「しかし、だ」


 その程度の児戯で俺に届くと思うなよ?


 襲い来る闇を前に、俺は手の平を向けた。

 大量のマナを収束させて、意思と怒りと共に解き放つ。


「闇よ敵を撃て」


 せっかくなので、同じ系統の魔術で対抗する。


 それを見たオーデルは爆笑した。


「はははっ! なにをするかと思えば、単発詠唱ですか? それだけの力しか使えないのですか? あぁ、これはしまった。やりすぎてしまいそうですね。まさか、あなたの力がこの程度のものだとは……とんだ期待はずれですよ」

「おいおい、先走りはよくないぜ? 結果を見てからものを言え」

「ふん。私は四重詠唱、あなたは単発詠唱。すでに勝負は決まって……な、なんだと!?」


 オーデルの顔が驚愕に歪む。


 俺の単発詠唱の魔術が、オーデルの四重詠唱の魔術を打ち破ったのだ。

 相殺した、というわけではない。

 ありあまる威力で飲み込み、さらに飛翔する。


 闇がオーデルに食らいつこうとした。


「ひっ、ひぃいいいいい!? なぜ、なぜこのようなことが!? 四重詠唱が単発詠唱に負けるなんて、話、聞いたことがありません! それこそ、絶対的なマナの差がなければ、このようなこと、起きるはずがないというのに!!!」

「だから」


 俺は不敵に笑い、言い放つ。


「てめーと俺との間には、絶対的なマナの差があるってことだ。それが答えだよ」

「そ、そんなバカなぁあああああっ!!!? ぐあああああああっ!!!!!?」


 絶望するような悲鳴と共に、オーデルは俺の魔術を受けて、その場に倒れた。


 全身はボロボロ。

 出血も激しい。


 怒りに任せたせいか、少しやりすぎてしまったみたいだ。

 放っておけば五分で死ぬだろう。


「こんなクソ野郎、見殺しにしてーところだけど……一応、重要な証人だからな」


 魔術を使い、オーデルの傷を癒やした。


 オーデルは意識を失ったまま、目覚める気配はない。

 肉体的なダメージだけではなくて、精神的なダメージも大きいのだろう。


 この様子なら、数日は目を覚まさないかもしれない。

 それはそれで構わない。

 いざとなれば、術を使い、コイツの心と記憶を覗くだけだ。


「クルルルッ」


 肩に乗るホノカが、俺の勝利を喜ぶように鳴いた。


「ホノカ、コイツにひどいことされたんだろ? 仕返ししておくか? 今なら、やりたい放題だぞ」

「クル……」


 考えるような間を挟んだ後、


「クル!」


 ホノカは昏倒したままのオーデルの上に移動して、その場で用を足した。


「あはははっ、おいおい、そんなことをするのかよ? ホノカって、意外とひでーな。さすがの俺も、そこまではしないぞ」

「クル!」

「これで許してやる、って? 優しいやら厳しいやら……ははっ、俺、ホノカとは良い関係を築けそうだぜ」


 再びこちらの肩に乗り、甘えてくるホノカの頭を優しく撫でてやるのだった。

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