女神の使徒
馬車の速度は思ったよりも早く、ぎりぎり夜が訪れる前にマール村に滑り込んだ。
村人の歓迎は異常なほどで、行く先々で握手を求められ花束の首飾りを掛けられた。
泣きながら抱きついてくる人、俺を胴上げする青年団、老人たちはお酒を持ってきて何杯も俺に飲ませた。
熱狂の渦はとどまることを知らず、教会の広場に到着するまでにすっかり夜が訪れて、夜空に満天の星が輝き出した。
教会の広場には長いテーブルが規則正しく並べられ、色とりどりのテーブルクロスが敷かれていた。
長椅子もテーブルに沿って設置されていて、村じゅうの人間が座っても余るくらい並べられていた。
料理が続々と運ばれてくる、村じゅうの食材が教会に集まってくるようだった。
教会の石塀にぐるっと篝火が灯され、まるで昼間のような明るさだ。
マール村の俺に対する感謝の気持ちは、熱狂を通り越して狂乱の域に達していた。
歓迎の祭りの準備が整うまで、村長の家に招かれた俺と幼女は、村長の歓迎の言葉をただただ上の空で聞いていた。
お酒を腹一杯に飲まされ、しこたま酔っ払ってしまった俺と、村長自体に何の興味の無い幼女。
そんな俺達にはお構いなく長々と感謝の口上を述べる村長、祭りの準備は着々と進められていった。
「村長感謝祭の準備が出来ましたよ! 勇者様、教会の広場にお越しください!」
若い村娘が俺の手を引っ張って外に連れ出す。
幼女は俺の右手を握って離さずおとなしくついてきた。
「今夜の主役、救世主様が到着しましたよ!」
青年団の若者が俺を抱えあげて奥に運んでいく。
もれなく幼女も俺の首にすがりついて一緒に運ばれていった。
主賓席に座らされ両隣を綺麗どころで固められてしまった。
自分の席が見当たらない幼女は、俺の上によじ登ってきて、膝の上でご満悦だ。
村長がなにか長々と語りだし、幼女は目の前の料理に我慢ができず、骨付き肉をちょろまかして美味しそうに食べ始めた。
村人が幼女を見ながら大いに笑い、話の長い村長を壇上から引きずり下ろした。
「ここで今日の主役トーヤ様に一言いただきたいと思います」
司会を買って出た、かっぷくのいいオヤジが俺になにか話せと言ってくる。
酒で頭がまわらないのが嫌なので回復魔法を唱えて酔を飛ばした。
「トーヤです、みなさんを盗賊の手から救出できて嬉しいです。しかし何人か犠牲が出たと聞いています。彼らの尊い犠牲に黙祷を捧げましょう」
開城が一瞬のうちに静寂に包まれる。
「黙祷」
俺の号令で開城の村人が一斉に祈りを捧げ出した。
ドラゴンのエリサも場の空気を読んで骨付き肉を握りしめながら、目をつぶった。
たっぷり一分ほど祈りを捧げ、俺の号令で黙祷をやめる。
「今日を迎えられたことを女神イシリス様に感謝しましょう、これで終わります」
イシリス様に感謝という所で、幼女が飛び跳ねて喜び、村人が口々に感謝を唱えた。
「お主は信心深いのじゃ、イシリス様もお喜びじゃろう」
機嫌がとても良くなって俺の膝の上で飛び跳ね始めた。
「もう少し静かにしてくださいよ、お酒で気持ち悪いんですから」
一時的にキュアで酒を抜いたが、胃に残っている酒ですぐ酔っ払ってしまった。
その後は村人が一人ずつ俺の席に来て、感謝の言葉を掛けてきた。
老人は例によって酒を俺に飲ませ続け、夜が更ける前に俺は意識を手放した。
盗賊団を殲滅してから今日で六日目、毎晩のように祭りが開かれ、酒の抜けることがなかった。
日がだいぶ登った時間に目を覚ました俺は、知らない天井を見て一瞬混乱した。
しかし昨日の祭りのことを思い出し、村長宅の部屋だということに思い至った。
二日酔いで頭が割れるように痛い、キュアを掛けてスッキリした俺は、顔を洗うために起き上がろうとした。
勢いをつけて跳ね上がろうとするが、なぜか身体が動かない。
身体が全体的に重く、呼吸も息苦しくてうまく出来ない、腹の上に違和感を感じて身体に掛けてあったシーツを恐る恐るめくってみた。
すると腹の上に生まれたままの幼女が丸くなって眠っていた。
ウッと小さく悲鳴を上げて幼女を横に転がす。
横に転がった幼女は少しだけ目を開けて俺を見た後、そのまま何事もなかったように丸まり寝息を立て始めた。
ズボンを履いていることを確認して安心する、記憶から今の状況を消し、何事もなかったように顔を洗い始めた。
ベッドの横あるリュックから、歯ブラシを出し歯を磨く。
新しい服を出し袖を通してブーツを履き、ミスリル剣を腰に挿した。
準備が整った頃後ろのベッドで幼女が起き出し、体を伸ばして欠伸をした。
「おはようエリサ、その服を着てこっちに来て」
幼女に身支度の支持を出すが、素直に聞いてはくれなかった。
「やだ、めんどい、着せてくれ」
寝ぼけ眼でこちらを見て一向に動こうとはしない。
仕方ないので服を着せてやり、歯磨きもしてやって顔を濡れタオルで拭いてやった。
「ニンゲンは毎朝こんな面倒なことをしているのか、非効率な種族じゃな」
頭が冴えてきた幼女は憎まれ口をたたき始めるが、顔を拭かれるのはまんざら嫌いではなさそうだった。
「サッパリしただろ、今日はいい天気だから外に出て日向ぼっこでもしよう」
「日向ぼっこは好きだぞ、さっそく体を温めるのじゃ」
俄然やる気を出した幼女は俺の手を引っ張って窓から外に出ようとする。
「窓から出るのは行儀が悪いぞ、ちゃんとドアから出よう」
やんわりと幼女をたしなめ、抱っこをせがむ幼女を抱えて母屋の外へ出るのだった。
村長宅の食堂で朝食を摂り食後のコーラを幼女と一緒に飲んでいると、ロトキンさんが食堂に入ってきた。
「トーヤくつろいでいる所悪いんだが、村の正面の入口まで来てくれないか、冒険者とガルドの騎士が来ていて、どうにも話が通じないんだ」
ロトキンさんは心底疲れた様子で、訪問者達とひと悶着あったようだった。
俺の手を煩わすのは忍びなく、申し訳ないと謝ってきた。
「わかりました今行きますよ」
コップのコーラを飲み干しリュックにコップを入れる。
幼女に一緒に来るかと尋ねたら、面倒くさいからいいと断られてしまった。
新品のコーラのペットボトルを出してやって、キャップを開けさせてみる。
小さな手で器用にキャップをひねって無事に開けることが出来た。
そのままコーラを幼女に預け、足早に村の入口に向かった。
村の入口に近づくに従って辺りが騒々しくなってきた。
門の前に村人が集まっていて訪問者達に向って罵声を浴びせている。
「かえれ! 今頃ノコノコやってきやがって、俺たちを見捨てたらしいじゃねぇか!」
「勇者様は渡さないよ! 命の恩人を捕まえようとしたら、ただじゃ置かないからね!」
「大体あんた達じゃ勇者様を捕まえることなんて出来やしないのさ、とっととおかえり」
皆一様に訪問者を罵倒し、村の青年団が体でバリケードを作って、一歩たりとも村に入れないように頑張っていた。
誰かが俺の姿を見つけて、悲鳴をあげる。
「誰じゃ勇者様を呼んできたのは、勇者様はお疲れなんじゃぞ!」
俺に酒をしこたま飲ませた老人が、青筋を立てて怒鳴り散らしている。
(疲れているのは主にあんたらのせいなんだが)
一段と疲れが出てきて帰って寝たい気分になる。
群衆をかき分けて一番前まで来ると、なにか言い出そうとしたガルド騎士を手で制止し、村人に振り返って大きな声で話しかけた。
「皆さん心配いりませんよ、この人達と今から大事な話をしなければいけないので、一旦この場所から下がってくれませんか? お願いします!」
俺の呼びかけに村人たちが動揺する、しかし俺のお願いには素直に従うようで、一人また一人とこの場から離れていった。
村人たちは遠巻きに事態を見守りながら、いつでも俺をたすけられるように観察している。
「貴殿がトーヤで間違いないな? この度の魔の森の騎士団騒動に貴殿が関わっていることを、ガルド辺境騎士団は把握している。事情を聞きたいので、すみやかに我々に同行してもらいたい。それからほか三名も一緒に来るように」
有無を言わさない物言いに少しムッとしたが、村人のことを考え冷静に頭を冷やした。
「わかりました同行します、他の三名は俺が巻き込んだだけの関係のない人たちです。見逃してやって下さい」
なるべく腰を低くして騎士にお願いをする。
「しかし上からの命令では四人を連れてくるように言われているのだ」
なかなか頑固に方針を変えない騎士に困ってしまう。
見逃せ、見逃せないと押し問答していたら、ロトキンさんとキベリさん、そしてダイ青年が門にやってきた。
「トーヤもういいよ、キャサリンと再会できたし、思い残すことは無くなったよ」
ダイ青年が晴れやかな顔をして俺を見る。
(こいつ大人の階段を登ったな?)
「母ちゃんと娘も無事だったし、一度覚悟は出来てるんだもういいぜ」
穏やかな顔つきになったキベリさんも観念した様子だった。
「三人で相談して決めてあったんだ、トーヤを一人でガルドには行かせはしない、今度こそ三人でお供するよ」
ロトキンさんが決意の表情で俺を直視した。
俺は深くため息を一つはいた。
「三人共なにか勘違いをしているようですね、俺はガルドの町で言ったはずですよ、必ず村人を助けると。今でも考えは変わってません、俺は村人を守ります。あなた達は村人です」
感極まった三人が崩れ落ち嗚咽を漏らした。
ゆっくりと振り返りガルド騎士を睨みつける。
いつの間にか絶対防御が発動して俺の身体が青白く発光した。
光り輝くオーラが目に見える形で身体から流れ出す。
ガルドから来た気の弱い冒険者がガクガクと震えて仰向けに倒れ込んだ。
騎士や歴戦の冒険者達も立っていることが出来ずに膝を地面につけてしまう。
そして村人はオーラを見て一人また一人と膝を付けて俺にひれ伏した。
いつの間にか俺の横に来ていた幼女が、空のペットボトルを片手に握って嬉しそうな顔をして俺を見上げる。
「なかなかいいオーラじゃ、我の主殿は成長が早くてそばにいて退屈せんな」
嬉しくて仕方がない表情で周りを見回した。
「皆のものよく聞け! おまえたちの前におわすお方は、女神イシリス様の使徒であるぞ、この場でご拝顔できたことを光栄に思うのじゃ!」
幼女の身体からも、金色のオーラが吹き出し俺のオーラと絡み合いキラキラと光り輝きはじめた。
膝をついていたガルド騎士が涙を流して俺ににじり寄る。
「使徒様! 私は貴方様を拘束など致しません。愚かな私にどうか御慈悲を与えて下さい」
完全に陶酔しているガルド騎士に軽く引いて、一歩後ろに下がってしまった。
「問題ありませんよ、人は間違うものです。間違ったら悔い改めればいいのです」
チョット使徒っぽく言ってみた。
「ありがとうございます、この騎士トーマス貴方様に忠誠を誓います」
オーラをあびた人間の変わりようと来たらドン引きにもほどがあるよ、さっきまで俺を捕まえたくてウズウズしていた騎士達が忠犬のように従順になってしまった。
「こやつはもう女神イシリスの信徒じゃ、このオーラにあたりながら忠誠を誓うと、どんな事があってもトーヤを裏切ることはない絶対的な忠臣になるのじゃ、せいぜいこき使ってやることじゃな」
幼女はさも当然のように騎士トーマスを見て言い放った。
「それじゃガルドへ帰ろうか、トーマスさんさっきも言ったけど俺一人だけ出頭すればいいよね」
「出頭なんて恐れ多いです、女神イシリス様の信徒であるトーマスは、使徒様を護衛してガルドに戻りたいと思います。それと私のことはトーマスと呼び捨てにして下さい」
俺の忠臣になってしまったトーマスは、護衛を勝手に引き受けてしまったようだ。
帰りの馬車に乗り込んでマール村を振り返ると、村人が全て見送りに来ていた。
「トーヤ元気でな、また寄ってくれ」
どこまでも真面目なロトキン。
「彼女との間に男の子が生まれたら、トーヤって名前つけるよ」
最近大人になって生意気になったダイ。
「俺の娘が大人になったら、トーヤの嫁さんにするから貰いに来てくれ、ワハハハハ」
笑いの壺が良くわからないキベリ。
「みんなさようなら、元気で暮らして下さい、ガルドの事は俺がうまくまとめますから心配しないで下さい」
手を軽く振りトーマスに出発するように言う。
短く掛け声を上げて馬車が動き出した。
これをもってマール村奪還作戦は無事に終了したのだった。




