ガルド脱出と十の墓
石畳の小刻みな振動が身体中を駆け巡る、町の中はまだ盗賊団の事が知られていないらしく平穏な様子だ。
しかし南門に近づくにしたがって様子が変わってきた。
衛兵がせわしなく駆け回り、住民は家の中に避難をしている。
衛兵には当然『魔の森の騎士団』のことは伝わっていて、遠くに見える南門は厳戒態勢が敷かれ、厳しい入出制限を課しているようだった。
「とまれー、馬車を止めるんだ!」
門の前で衛兵がこちらに剣をかざして叫んでいるのが見える。
御者台のダイに止まるようにに命令する。
「ゆっくり止まれ、怪しまれないようにするんだ」
門は半分ほど締まり、衛兵が門の前に立ちふさがって、厳しい形相のままこちらを睨んでいる。
「こんにちは、すごい騒ぎですね何かあったんですか?」
馬車から降りながら衛兵に事情を聞く。
「魔の森の騎士団がマール村を占拠したという情報が入った、これからガルド市を閉鎖する、お前たちは今日はもう家にもどれ」
門を出ようとした人々に、何度も説明を繰り返してきたのだろう、苛立ち疲れ果てた衛兵が、言葉少なに俺たちを追い払おうとした。
「どうにか外に出してもらえませんか? アンベール行きのクエストを受けてしまったんですよ」
平静を装い衛兵にお伺いを立てる。
「駄目だ駄目だ、一度出たら当分の間ガルド市に入ることができなくなる。家に帰れなくなるのは嫌だろ? わかったら諦めろ」
手を振って俺たちを追い払おうとした。
「出してくれるのならそれで構いませんよ、当分アンベールで活動しようと思っていたところでしたから、宿も引き払ってきたんですよ」
なおも諦めず衛兵にお願いをする。
衛兵は後ろの上司と相談を始めた。
「仕方がないな、しかし門を出たらどんな事があっても、中に入れることは出来ないからな」
渋々出門の許可が降りてガルド市から出ることが出来た。
マール村はアンベールと反対の位置なので、門番に見つからないように大回りをして、馬車を走らせた。
「一時はどうなることかヒヤヒヤしたけど、なんとかなったな」
一部始終を見ていたロトキンさんが興奮して顔を真赤にしている。
他の二人も緊張から開放されて放心状態だ。
「トーヤの意見を聞かずにもたもたしていたら、ガルドから出ることができなくなってたぜ」
「すぐ出発するのを反対していたのは、キベリさんじゃないですか」
ダイ青年が鋭いツッコミをした。
「ちがいねぇや、かんべんしてくれ!」
二人して笑いのツボに入ったらしくしばらく賑やかに笑っていた。
しかし落ち着いてくると、これからどうすればいいかわからずに、三人とも黙ってしまった。
「今から俺の素性を皆さんに教えます、マール村を救出出来る根拠だと思って下さい」
早いうちに言っておいたほうがいいだろう、俺は自分の秘密の一部を三人に話し始めた。
「これから言うことは他言無用にお願いします、言った場合は命をいただかなくてはなりません」
少し脅しておこう。
「オイオイ穏やかな話じゃねぇな、しかし村の救世主のトーヤの頼みだ、墓場まで持っていくぜ何でも言ってくれ」
キベリさんが肝が座った事をを言う、他の二人もしっかりとうなずいた。
「俺は記憶が曖昧なんです、『ながれびと』じゃないかとギルド長に言われました。そして『ながれびと』のように力を持っています。本当は静かに暮らしたいんですが、マール村を見捨てることは出来ませんでした。だからこれから盗賊たちを倒す力を見ても、一切秘密にしてほしいんです」
『ながれびと』の事は三人共人づてに聞いたことがあるらしく、三人とも驚きを隠さなかった。
そして三人共秘密を守ることを誓って俺と固く握手をした。
「マールの村までどのくらいの時間がかかるんですか?」
「普通の速度で二日ぐらいだな、馬を休ませたり俺らが眠ったりしなくちゃなんねぇからな」
「そうですか、じゃあ馬に回復を入れながら、できるだけ速く行きましょう、馬車の中で交代で寝れば人間の休憩は最低で行けそうですね」
そう言って馬にキュアを唱えた、すると馬が見違えるように元気になり、颯爽と走り始めた。
「すごい変わりようだぜ、これなら早く村へ着くな!」
馬も元気に走っているし、冒険者たちはどこでも寝れるので、馬車の中で寝ても問題はないだろう。
三人は二時間おきに馬車の御者を交換しながらマール村に急行した。
当然馬車を動かすことの出来ない俺は、周囲の警戒を買って出て魔導地図板を操作していた。
「さっきからいじっている板はなんだい?」
休憩に入ったダイが、興味深げに聞いてきた。
「これか? これは魔導地図板という魔道具だよ、周りの地図を板の上に再現してくれるんだ」
「それはまたすごいお宝だな、どのくらい遠くをみれるんだい?」
「今調整中だけど、ざっと一キロぐらいの範囲の魔物や人の位置が分かるみたいだな」
「うひゃ~ すごいもんだな、冒険者なら喉から手が出るほど欲しいな!」
半ば呆れ顔でダイが寝転がった。
俺はリュックから屋台で買ったいろいろな食物を出して三人に分けてやる。
「うまいな、まるで作りたてみたいだ。それは魔法の袋か?」
ロトキンさんがリュックに興味を示して俺に聞いてくる。
「ええそうですよ、みたことがあるんですか?」
ベルターさんは知らなかったけど、ロトキンさんはあまり驚かないな。
「聞いたことがあるだけだ、風のうわさで帝国の勇者が持っているとかいないとか」
「これは気がついたら背負っていたんですよ。中身触ってみますか?」
「いいのか? それではえんりょなく…… トーヤ袋の中、空っぽだぞ何も入ってない」
ロトキンさんが手を突っ込んで中をかき回している、ダイにも見せて確認していた。
そんなはずないのだが、リュックを返してもらって中からナイフを取り出す。
「すごいお宝だけど、トーヤしか使えないのか、不思議な事もあるんだな」
その後はミスリル剣を見せたり、戦闘時の連携を確認したりしながら、村人たちを心配する気持ちを紛らわせて旅路を急いだ。
キベリさんが休憩に入り、ロトキンさんが御者になった。
馬たちにキュアを掛け直し、キベリさんにクシ肉のあぶり焼きをだしてやる。
「あんがとよ、しかし馬のやつは一向に疲れる様子がねぇな、町を昼前に出てからここまで三時間近く結構な速度で走っているのにまだまだ行けそうだぜ」
口いっぱいに肉を頬張りながら荷台のヘリに背を持たれかける。
「こう揺れが激しくちゃ人間様のほうが先にへばってしまいそうだぜ」
疲れがたまりきったキベリさんにキュアを掛けてみた。
「うおお? 何だこりゃ疲れが無くなっちまったよ、前より調子がいいみてぇだし、ひざの古傷もいたまねぇ! トーヤの魔法なのか? えらい効き目だな!」
ロトキンさんとダイにもキュアを飛ばしてやる、ロトキンさんの背中がビックっとして、「ありがとう」と前をむいたまま言って来た。
ダイは寝ていたが、心なしか穏やかな寝顔になったようだ。
「なんか魔道具が光ってるぞ」
魔導地図板を指さしてキベリさんが俺の方をみる、確認するとマール村の方向の道に、赤い点が十個ほど点滅していた。
距離およそ一キロ、赤い点は敵の証だ。
「ロトキンさん馬車を止めてもらえますか?」
「どうしたここで休憩か?」
「一キロ近く先ですが、敵に該当する反応が魔道具に出ました。止まって確認します」
「わかった今止める」
ゆっくりと速度を落とし、馬車を道の端に寄せて停止させる。
ダイが異変に気づきパッと身を起こした。
「敵襲らしいぜ、まだ遠くだがな」
キベリさんがダイに説明を入れた。
「周りを警戒する」
ダイが俺に確認してきた。
俺が無言でうなずくと、二人は足音を立てずに馬車から降りて周りの警戒に向かった。
伊達に冒険者をやっていないな。
魔導地図板を注意深く見ると、徒歩にしては早い感じでこちらにまっすぐ近づいてくる。
二列縦隊で間隔も揃っているようなので、近くの農夫ではないだろう。
「敵は盗賊騎士団と思って間違いないです。馬に騎乗していて数は十人、たぶん斥候隊だと思います」
「そこまで分かるのか、馬車を隠したほうが良さそうだな」
ロトキンさんが馬車を動かそうとする。
「動かさなくていいです、ちょうど道が曲がっていて林の影で直前までこちらが見えません。俺が奴らを仕留めますよ。三人は馬車に乗っていて下さいバリアを掛けておきます」
「本当に一人で十人を相手にするのか? 余裕そうな顔して怖すぎだぜ」
感情が極力出ないように抑えているが、俺の作戦に戦慄を覚えているようだ。
がさ藪の中で身を潜めて敵が来るのを静かに待つ。
蹄の音が聞こえてきて、道の先に黒い鎧を着た一団が姿を表した。
目視で数えてぴったり十騎、後続がいないのを確認して先頭の騎士のステータスを確認した。
[トレンツ…… 平民 騎士 レベルレベル12(人間・男・32歳)・スキル…… 上級剣術 中級槍術 中級格闘術]
多分こいつが隊長だろう、他の黒鎧達も順番に見ていくが、最初に鑑定した騎士が一番強かった。
(乱戦になったら少し厄介かもしれないな、一気にかたをつけるか)
音もなく生まれた漆黒のゲートが、これから起こる惨劇を象徴しているかのようだ。
手だけをワームホールに突き入れ、小声で魔法を唱えた。
「ウィンドカッター」
ゼロに近い距離で放たれた風の刃は、目標を無慈悲に刈り取る。
九つの騎士の首がほぼ一瞬で胴体から離れ空高く打ち上げられる、そして最後の一人の騎士の膝下が馬の胴体と一緒に綺麗に刈り取られた。
ワームホールをトレンツの横に再出現させ、体ごと真横に転移する。
足の無くなったトレンツに素早く近寄り、両手首をミスリル剣で切り落とした。
そして自害防止に拳を口にねじ込み、耳元で囁く。
「トレンツお前は不幸だ、部下たちのように楽には死ねない、キュア」
魔法で傷がふさがり止血が完了する、欠損部分は再生されなかった。
目を最大まで見開き、絶望の唸り声を出す騎士、この瞬間自分が助からない事を本能で悟った。
九体の死体をリュックに放り込む、その間も口に拳をねじ込んだまま作業をした。
馬車のところまで騎士を引きずっていく、その様子を見た三人は一瞬怯えを見せたが、次の瞬間馬車から降り駆け寄ってきた。
「終わりましたよ、十人討伐完了です。一人は情報収集のために生かしました」
「そ、そうか、他の死体を調査してくるぜ、ダイついてこい」
キベリさんとダイが足早に現場に行こうとする。
「キベリさんその必要はありませんよ、全て回収済みですから」
リュックを手で叩き現場には何も残っていない事をアピールした。
「わかった……」
もうそれしか言えないようだ、ダイが顔を真っ青にしてその場に座り込んだ。
斥候隊の隊長はよく喋った、俺の最初の囁きで心が折れていたのかも知れない。
引き出した情報は予想とあまり違わなかった、マール村は前哨基地であり真の目的はガルド辺境伯領の占拠だそうだ。
ガルドに新しい国を立ち上げ、帝国と一戦構えるつもりらしい。
現実味のない戦略を話す騎士はどことなく狂人の目をしていた。
マールの村の住民は教会に集められて監禁状態に置かれているそうだ。
新しい国で、奴隷として働かせるつもりらしい。
襲撃初期に抵抗した数人の男が殺害されたことがわかって、キベリさんがすごい剣幕で隊長を殴っていた。
無抵抗だった住人は乱暴もせずに怪我の治療も行ったそうだ。
この情報には三人は大いに喜び、抱き合って小躍りしていた。
リックから九体の死体を出し、十体の死体を一箇所に積み上げ、油をかけて焼却した。
皆無言で作業をして、馬車を出発させた。




