第十八章 野戦病院での恋
第十八章 野戦病院での恋
野戦病院では、あれから数週間が過ぎていた。
タァーロとクレオナは、たまに顔を合わせる時があったが、あの日以来、口をきいていない。
検診の時も、クレオナは冷たく愛想もなかったが、軽口の多いタァーロもまた、クレオナの態度に気まずい雰囲気を覚えて何も言えなかった。そんな日々が続いていた。
フロレンスがそれに気づいたのは、もうかなり時間が経っていた頃である。
クレオナが病院の隅っこの人気がない場所で、黙ってたそがれている姿を目撃した時に初めて気づいたのだ。フロレンスは、クレオナに限って仕事をサボる様子など見たことがなかった。
よほど、思い詰めているような感じがして、心配になっていた。
「クレオナ?」
フロレンスに気づくクレオナ。
「何?」
声を小さくしてクレオナは返事をした。
「あなた、一体どうしたの?あのタァーロ一等兵と何かあった?」
言葉を詰まらせるクレオナ。
しかし、その態度でなんとなく何かあったんだと心の中で感じ取るフロレンス。
「いい?クレオナ。彼、もう何週間かしたら、退院するのよ。傷ももう治りかけだしね。そしたらまた、前線へ舞い戻るわ。彼は軽くてお調子者だけど、前線へ行ったらまた、ただの兵士に戻るのよ。そして戦う。次は治るケガでは済まなくなるかもしれない。ここは病院だから大きな声では言えないけれど、ここだけの話、次に彼に訪れるのは絶望的な結果になるかもしれない。でも、だからこそ言っておかなければならない正直な気持ちってあるんじゃない?それをほっとくと、それこそ一生後悔することになるかもよ。まぁ、それはあなたが決めることだろうけど。でも、迷いがあるのなら、もっと正直になりなさいよ。こんなところで油売ってるようなあなたは、あなたらしくない。自分に嘘はつかないで。」
クレオナは遠くを見つめた。
「わたし、ここへ来て、あの男の子と話して、ようやく笑えた。何年も前に兄が出兵してから、わたしの気持ちは深く沈み込んだ。もう兄に会えないんじゃないかって思って、それがとても怖くて。その後、わたしはこのドクトルエッグ部隊に徴集されて、多くの死者と流れる血を見て、そんな中でも一生懸命仕事をしたわ。そしてある日、医者になりたいという将来の夢がいつの間にか、消えてしまっていることに気がついて、仕事も何も、もうどうでもよくなっていたの。そんな自分に限界を感じ始めたから。そして人を救うということがとても怖くなったのよ。たった一つのほころびが、どんどん広がって最後にはもう直せないと思った瞬間、それを受け入れるのが怖くなった。タァーロ一等兵も同じ。もう二度と、彼が負傷して運ばれてくるのを見たくない。傷ついてほしくないのよ。だから、そんな彼から目を背けたくなったの。それでもう、わたしはもう彼と話せなくなった。優しい彼が傷つくのを見るのが怖い。それが自分にとって大切な人ならなおさら・・・。もう毎晩見る夢の中で、わたしの胸の中で抱きしめながら息絶えていく彼を思い出したくはない。それが現実になりそうで・・・。でも今は戦争中だし、この野戦病院もそういうところなの。それが当たり前のところなのよ。だから、わたしは・・・どうすれば?」
クレオナは涙を浮かべた。
フロレンスはそっと、クレオナのそばに寄る。
「クレオナ、あなたが思い詰めることはない。あなたの苦しみはとてもよくわかったわ。あなたは優しい子なのね。でも、だからこそ、彼にはあなたが必要じゃないの?そして、あなたにも彼が必要なのよ。あなたがいれば、きっと彼は戦場に戻っても、あなたのことを思いだして、死ぬようなことはしない。絶対に生きる選択肢を持つはずよ。それはあなただから。彼はあなたのことが好きだから。ずっとずっと大好きだから。あなたも彼を好きだということを押さえ込まないで。それはきっと、あなたをずっと不幸にさせるだけだから。お願いだから、彼と出会えたことや彼を看護できたこと、彼を好きになったことを喜びに変えて、それを彼に伝えて。彼はきっとあなたにふさわしい答えをくれるわ。」
フロレンスとクレオナは、一緒に泣いた。
そしてクレオナは、自分で潰しかけていた自分の気持ちに正直になった。
「わたしはあの人が好き!生きててほしい。だから、行って来る。」
クレオナはそうフロレンスに告げると、タァーロのところへ走った。
それを見送るフロレンス。
「クレオナ、あなたの行動がどんな形であれ、彼の幸せとあなたの幸せを結びつけられる礎になるのよ。ここは野戦病院だから、死や不幸が多すぎる。だからこそ、わたしも誰かを幸せに導いてあげたいし、それが喜ばしいことに感じられるのよ。だから頑張ってね。」
我ながら、人がいいと思うフロレンスであった。
クレオナはタァーロ一等兵を探した。
あちこちを聞いて回る。
患者たちには二人はもうデキているのではと思っている早とちりな者もいた。
「若さっていいな。」
中年にさしかかっている負傷兵は笑いながら必死なクレオナを見て思った。
クレオナは血の臭いが充満している病院内を探す。さすがにそこにはいなかったが、一応探した。やっぱり見つからなかったので、すぐに病院を出る。
そして、外のテントの中を探して回った。
負傷者の手当てをするドクトルエッグ部隊の隊員たちの間をすり抜けるようにクレオナはタァーロの姿を探した。
どこにもいなかった。
一体どこへ行ったのだろう?
不安が募った。
彼はどこにいるの?
ほんのちょっと見つけられなかっただけで、クレオナの感情が揺れる。
それでも彼女は必死だった。
クレオナは自分だったら彼がどこへ行くか考えた。
彼も自分を情けないと思っているに違いない。
あの人はそういう人だ。
少し、足を止めた後、クレオナは病院の裏口のほうを探す。
彼も自分と同じく心を揺るがせているはずだ。
自分があの時、あんなことを言ってしまったからだ。
クレオナの予想は当たった。
病院の裏口付近で一人、たそがれているタァーロ一等兵を発見した。
クレオナは心がズキンと痛んだ。
きっと、彼も自分の言動に傷ついているはずだ。
ここ数週間の態度にも怒っていなければいいのだけれども。
クレオナはゆっくりとタァーロに近づいていった。
足音にタァーロは気づく。
クレオナの姿がそこにはあった。
タァーロは自分の心の動揺を隠したが、クレオナにはバレバレだった。
「あの、タァーロ。その・・・。」
「い、言わなくてもいいよ。クレオナ。僕は君が好きだ。初めて君を見た時からずっと。」
クレオナの感情があふれた。
タァーロの前では泣かないと決めていたが、それはできなかったのだ。自分に正直になるとはとても赤裸々なことだった。自分の弱い面をさらけ出すのにとても耐えられなかったが、それでもクレオナは、タァーロの言葉に涙を止めることができなかった。。
タァーロはクレオナのそばに寄ると、何も言わずに彼女に頭を下げる。
「あの、あの時はごめん。許してくれるなら、戦争が終わったらデートしよう。映画にも一緒に行ってみたい。食事もしたい。そして君とキスをして、結婚したい。そのために、僕は戦場に復帰したら生きて戻ることを誓うよ。死に急ぐようなことはしない。約束する。だから・・・。」
「うん、約束してね。戦争が終わったら、きっと戻ってきて!」
「ありがとう、クレオナ。」
クレオナは、ゆっくりとタァーロに近づいた。そして、やわらかな唇をタァーロの頬に当てる。
「これが約束の印よ。」
クレオナはそう言うと、タァーロを抱きしめて、離さなかった。
「ありがとう、クレオナ。」
それに応じるように言うタァーロ。
クレオナはタァーロを離すと、すぐにその場を去って仕事に戻る。
タァーロの頬には彼女の唇の感触だけがじんわりと残っていた。
生きているという価値を改めて感じるタァーロであった。
いずれ戦場に戻るであろうが、タァーロは自分が被弾した時に取り出された弾丸を、実は軍医にもらっていて、それをお守りとしてポケットの中に入れていた。
それを出して、見つめながら、前線に戻る時の覚悟を決める。
生きて彼女のところへ戻れるように。




