第十四章 夜間作戦
第十四章 夜間作戦
タユタポール基地では、前日の夜の空中戦で敵の領空侵犯をなんとか阻止できた。しかし、これを重くみた軍の上層部は、これからは、やられる前にやったほうがいいという結論を出していた。
上層部の人間にはそうしなければ気が済まないという血の気の多い者もたくさんいた。軍隊だから、そういう考えもあって当然かもしれない。しかし、そういう連中は戦う兵たちをただのチェスの駒にしか見ていなかった。
現場よりも関係が複雑な環境で、占領下の土地で今もなお戦っている敵の軍を完全に叩き潰すために、報復措置をとるという意見が押し通ってしまったのだ。
航空機、爆撃機を使い、総出で残っている敵陣をすべて破壊しようというのだ。
攻撃は今夜。午後十時に戦闘開始予定とパイロットたちに通達があった。
占領下への総攻撃作戦にはリスクが大きかった。暗闇での戦闘。それをこちらから仕掛けるとなると、誤爆や同士討ちもありえるからだ。
占領軍への通達がもし敵軍に傍受されれば、計画は失敗に終わる。
上層部にはそれがわかっていなかった。しかし、それは現場の問題だと言われるだけだろう。そして、失敗した時の責任は当然、現場の指揮官のせいとなる。
失敗は絶対に許されない。これからゆっくりと、戦争というものの狂気が出てくるであろう。止めようのない不毛な戦いがこれからどんどんと行われていくのは、誰にとっても自覚があるわけではなかった。その無意識な部分が本物の戦争の恐ろしいところであった。
午後四時に、エイジスを含むパイロットたちは緊急招集される。
作戦会議室はパイロットだらけになり、全員が室内に立たされていた。全員、緊張を持って立っていた。なぜなら今回の作戦指揮官は、インデアル軍で一番の鬼教官と言われているグレイゴル・スピークスマン少佐であったからである。
グレイゴルは年齢三十二歳で屈強な体をしており、顔だけ見るならば、三人くらいは自分の感情のままに殺しているのではないかというような、まるで殺人マシーンを彷彿とさせる形相をしていたのだ。
その悪の帝王様の降臨のような状況で、そこにいる軍人全員の雰囲気がこわばっている。しかし、その緊張状態は効果テキメンであった。それくらい、この任務は危機感を持ってやらなければいけないものである。
昨夜の戦闘がまだ、爽やかなドッグ・ファイトにみえるような必死任務が、パイロットたちに委ねられていたのだ。だから、それも当然だった。
グレイゴルは昨夜から消されていない黒板の前に立って言う。
「いいか貴様ら!これから六時間後に、ある場所を総攻撃することが決まった。そのある場所とは我々インデアル国が敵国ノードランド皇国から勝ち取った占領地のことである。そこを未だにちょろちょろと動き回るノードランドのハエどもを徹底的にきれいにお掃除するのが今回の我々の役目である。これは便所掃除だと思え!洗っても洗っても次の日には臭くなる便所をとっても清潔、新品同様に洗ってしまうのだ。敵陣はあちこちに点在しているが、すべてを洗い出し、壊滅させろ!ここインデアル軍にいる貴様らは、とっくに情けというものは捨てているであろう。敵陣を見つけたら迷わず攻撃しろ。たとえそれがどんなに小さな敵陣であろうとだ。友軍の陣営を誤爆してしまうこともひょっとしたらあるかもしれん。だが、常に戦場にあるのは死なのだ。今は間違ってゴメンで済むと思え。これは我が国が勝利へと歩めるコースの最短距離なのだからだ。六時間後の戦闘に備えて全員準備をしろ。小便大便問わず済ましておけ。戦場における無用の長物だからだ。出発は午後六時だ。いいな?以上、インデアルに祝福を!」
「はい、インデアルのために!」
全員が声を合わせて叫ぶ。
会議室からグレゴイルは出ていく。とたんに皆は、気が抜ける。
「教官は出撃するのかな?」
「いや、作戦司令室で無線にて指揮を執るらしいよ。」
「そうなのか?」
こそこそと話し声が聞こえた。
エイジスは誰か話し相手を見つけたかったが、今の心境を話せる相手はここにはいなかった。
昨日の今日で、疲れが残っていたが、エイジスは作戦の時が来るまで誰とも話すことはなかった。そのまま時間だけが過ぎていく。
全員が会議室をあとにして、この夜間作戦の準備をした。
早めの食事をとり、出発に備える。
作戦に戦意を見いだす者、不安に思う者、恐れを隠す者といろいろな感情が基地内にあふれていた。
午後六時。日はもう暮れていて、空は真っ暗になっていた。
戦闘機や爆撃機が、次々に基地から離陸する。
進行方向は南東の方角だった。
地上から見れば、鳥の大群のように飛行機の群れが空を覆っているように見える。その数は、戦闘機百二十一機、爆撃機六十八機と、とてつもない量であった。そしてそれが、暗闇に混じって飛んでいた。
一時間を超える長さを飛ぶ殲滅部隊は、ようやくといっていいか、占領区の空域に入った。これから、敵陣を探すためにバラバラに他方に散る。
敵の姿を確認次第、攻撃に移るのだ。
占領区のあちこちに散らばる攻撃部隊。
しかし、様子がおかしかった。サーチライトも対空砲もどこにも何も地上からは臨戦態勢がなされていなかった。こんなのは初めてである。それは全員がそう感じたであろう。
突然、無線から全機へと呼びかけがある。
エイジスもクレマチス機の搭載無線でこれを聞いていた。
『やばい、だまされた!敵は我々のさらに上の上空にいて、雲の中に隠れていた!数は不明だが戦闘機が百機を超えている!みんな狙い撃ちにされるぞ、すぐに帰投しろ!このままでは・・・。』
無線が切れた。撃墜されたことの合図だろう。
エイジスも自分の機から上をのぞく。
三十機ほどの数の敵編隊が上空から降りてくるのが見えた。
操縦桿をひねり、すぐに離脱するクレマチス機。
ほかの戦闘機もジグザグに飛んで敵の攻撃を逃れようとする。
占領区の上空ではあちこちで突然、空中戦が始まった。その戦いは、圧倒的に敵側の方が有利な展開となっていた。
凄まじい襲撃に、為すすべもなく撃ち落とされる爆撃機や戦闘機。
空中でどんどん爆発や炎上が起こり、地上に高速で落下していく機体もあった。
さすがにこんな一方的なやられ方をするのはインデアル軍も初めてである。
しかし、まさか待ち伏せに遭ったことはとんでもない失態だった。
エイジスは無事にその場を離脱することに成功したが、昨晩の敵の領空侵犯は囮で、こっちがやり返すであろうことの想定で今回の攻撃に誘いを出して、まんまと引っかかってしまっていたということは確かだと思った。
エイジスはすぐに帰投するために来た方角に向かって進む。
ほかに離脱できた仲間はいただろうか?
隣を飛んでいる戦闘機がいた。仲間の機だ。
よく逃げられたなと、思いきや、隣の戦闘機は翼の付け根から火を吹いていた。
間もなくして爆発音とともに戦闘機の機体の高度がぐんと下がり、落ちていくのが見えた。
エイジスは仲間の死に、胸が締め付けられるようになった。
大変なことになってしまったのは、もう明確であった。
無線でほかの機につないでみるが、回線はつながらず、ノイズだけが聞こえた。
しかし、これでインデアル軍は大きな打撃を受けてしまったことは事実だった。
戦闘機と爆撃機をかなり失い、パイロットたちも多くがやられてしまったのである。やり返すどころか逆にこっちが叩き潰されたのに近い。
おそらくこれで、指揮官のグレゴイルは失脚するであろう。
いいわけなど聞く軍の上層部ではない。
これで、正確にいうと、戦闘機六十九機、爆撃機四十七機を失ったのだ。
すぐに報告が行き、戦果は絶望的と判断された。
当然、作戦は大きな被害を持って失敗となったのである。
そして、軍は負けに対する免疫のないまま、さらなる狂気へと進むことになるのだ。




