第十一章 市街爆撃
第十一章 市街爆撃
ファレアは一日だけ、基地から歩いて三時間の距離にある人の多い市街に出かけていた。もうすぐ日没で、いつの間にか暗くなっていくというのに、買い物を済ませるのに時間がかかっていた。
夜の九時までに基地に戻ればよかったので、いくつかの店を寄り道する。
この街はダポール市といって、なんとラトゥーヒ総帥の生まれた街でもあるのだ。そのためか、街の至る所に総帥の横断幕が掲げられ、夜でも街は賑わいをみせている。
ファレアがこの街を訪れた一番の理由は、路地裏にある「S」とだけ書いてある看板が下がっている小さな店に行くことだった。
「S」はサインの意味で、買い物をするのに必ずサインが必要な店である。しかし、店の中にはいろんな掘り出し物がたくさんあった。
ファレアは店に入る。誰も客が誰もいない中、店長である男が奥で何かしているのがわかった。
「店長、久しぶりです。」
店の奥に「S」の店長の年輩の男が、陳列している商品をいじっていた。
ファレアの声に気づく店長。
「おお、あんたか。久しぶりに来てくれたな、ファーラ。」
店長はファレアという発音が出来なかった。だからいつも、彼女のことをファーラと呼ぶ。ファレアは別にそれを気にしてなどいなかった。
「ここは変わりませんね。いつ来てもこの店はこの店ですね。」
「ああ、この店は時間の止まっている魔法の店だからな。もちろん知ってるだろ?」
「そうですね。」
「今もまだ軍隊に?」
「ええ、います。」
「位は?」
「今は曹長です。この冬があける頃には空母に乗って出兵するでしょう。」
「なんだ、まだ両親の死を引きずっているのか。復讐とは甘美なものというのはこの事だな。わたしは止めはせんよ。戦争に勝っても負けても、わたしには何の利にもならないからな。復讐も同じだよ。心配なのは徴兵されたわたしの甥のことだけさ。まだ生きてるらしいからな。それだけわかっただけでもホッとするよ。」
「戦闘機パイロットのレイブズ・クレスターのことですね。武勲は聞いています。若きエース・パイロットですものね。」
「そんなに自慢できるようなことでもないのだがな。今度の配属先はタユタポール基地だそうだ。何日か前に手紙が届いてな。」
「そうなんですか。」
「ああ。あんたもだ。今はまだ生きてる、それだけでも嬉しいことだよな。」
「生きてる・・・ですか。」
「ああそうだ、聞こうと思っていたのだが、あんたとどこかの喫茶店で知り合ったとかいうエイジス・セナ?彼も戦闘機のパイロットだって話じゃないか。そいつとは今、どうなってるんだ?軍の中では会えてないのか?」
突然、会話が弾まなくなった。
「あ、いえ。彼とはもう、二年近く会っていません。配属先がバラバラになったので。」
「そうか。あんたは今も彼を愛しているのか?」
ファレアは視線を落とす。
「たぶん・・・。」
「そうか。なら、その男もあんたのことをまだ愛しているだろうな。」
「戦争に勝って、お互い無事ならきっとどこかで・・・。」
「うむ、だろうな。しかし、そろそろこの戦いも終盤にさしかかっているだろうな。最近はノードランドの奴らも堂々と戦地以外にも、町に艦砲射撃したり、戦えない者を狙って攻撃したりしているくらいだからな。ラジオで言ってたよ。この間、イリナス市で大規模な艦砲射撃があって、死傷者千二百人も出たそうだ。ノードランド軍による無差別攻撃が始まっている。早く奴らを降伏させなければ被害はもっと増えるだろう。あんたら軍人も、おそらく今後、いつか大決戦が行われるんじゃないのか?」
「はい、わたしは覚悟はできています。必ず奴らを、ノードランド皇国軍に勝って見せます。」
うなずく店長。
「ああ、それと前に頼まれてた品だが、届いたぞ。かなり危ない橋を渡ったから値は張るが。」
「あ、手に入ったんですね?」
「手に入ったぞ。」
「ありがとうございます。」
そういうと、店長は店のカウンターに手のひらサイズの機械を置いた。
「最新の通信装置だ。出所は言わない約束だからな。これにいくら出す?」
ファレアはカウンターに紙幣を置く。
「いいだろう。それと、この件に関してはどんなことがあってもこの店のことは誰にも言うな。」
「わかっています。」
ファレアは最新通信機を手に持った。
「これが手に入れたかったんです。そろそろわたし、基地に戻らないと。」
「ああ、またな。死ぬなよ!」
笑いながらファレアは店を出た。
ファレアは帰り道を急いだ。このままの足だと、街から基地までかなり時間がかかる。基地へ戻るのが遅くなることを覚悟した。歩いて街を出ると、郊外の道を早足で歩く。しばらく農村地帯が続く。
その途中、通信機を使って基地へ連絡してみようとイサラ基地への周波数に合わせてみた。
連絡ができるだろう。
案の定、基地の通信施設につながった。
「もしもし、こちらファレア・K・ブラッカイマー曹長です。イサラ基地へ応答します。」
『はい、こちらイサラ基地。曹長、聞こえますか?』
「聞こえます。戻るのが遅れてしまいそうなのです。大佐にそう伝えてくれませんか?」
『理由は何ですか、曹長?』
「ちょっとした足止めを食っただけです。夜九時過ぎには到着の予定です。」
『わかりました、大佐にはそう伝えます。』
「助かります、ではこれで。」
通信はここで一旦途絶えた。
でも、これでいい。通信テストはバッチリだった。これで遠出した甲斐があった。ファレアは先を急いだ。
と、突然暗い雲の中から飛行機の爆音が聞こえる。
この音は・・・。
雲をよく見てみると、敵国のハルジオン重爆撃機が二十機ほど編隊をつくって飛んでいるのが見えた。かなりの高々度である。
爆撃機の群れは、さっき行ったダポール市を目指していくのがわかった。
信号弾の音がして、街の上空が明るくなる。
そして、爆弾が空気を切るほどの音を立てて何百もばらまかれるのが見えた。
花火の音のように爆発音がたくさん街の方から聞こえてくる。
爆撃機は街の上空を旋回しながら、重たい爆弾が落下していくのを広範囲に渡って行った。ファレアはそれを遠くから見ている。
慌てて通信機のチャンネルを回す。
あるチャンネルで、ノードランド軍の会話がノイズ混じりに聞こえるのを聞いた。おそらく爆撃機同士の無線会話だろう。
ファレアはノードランド語を少しだけ知っていた。会話を聞いてみる。
ノードランドが語での会話だったが、内容はこうだ。
「この街は本当に、ただの街に見せかけた軍需工場と兵器の製造工場なんですか?」
「そうだ。武装したインデアル帝国軍も多数いる模様。我々の任務はその兵器と敵兵の破壊そして抹殺だ。このまま街の回りから順に爆撃して敵を逃げられないようにしろ。そのあとの編隊でナパーム弾を都市部に流し込むようにばらまけ!敵は逃げられずに火に囲まれて焼け死ぬだろうよ。作戦の遂行を手順通りに続けろ。全機いいな?」
ファレアはその会話にゾッとした。わたしたちは一体どんな相手と戦っていたのかまるでわかっていない気がした。
通信機械の周波数を変えると、基地に再び通信を送る。
「こちらファレア・K・ブラッカイマー曹長!今現在ダポール市が空爆を受けている。夜なのに街は火の海のせいで赤々と燃えている。重爆撃機が多数で空襲を行っている。攻撃部隊を要請する!」
しばらくして返信が返ってきた。
『曹長、そこまで行くにはもう間に合いません!』
「どうしてこんなことに?こっちは非戦闘員たちが住んでいる街なのよ!これじゃ国際法にも違反する虐殺行為だわ!」
また通信が途絶えた。
爆撃機が帰投し始める頃、また通信機から返事が返ってくる。
『ブラッカイマー曹長。昨日の夜、一時頃にインデアル帝国軍の爆撃部隊がノードランドのブラボン市に対して大規模な爆撃を行ったんですよ。それが引き金となって、今回報復爆撃としてノードランド軍の爆撃機の編隊がそちらの街を、同じように爆撃したのだと思われます。』
「なんですって?こっちが先に都市への爆撃行為を行ったというの?」
『はい、軍部の命令でして。詳しくは作戦本部にしかわからないようで・・・。』
「わかった、通信を終了します。」
ファレアは無線通信機を切った。
彼女は人間の醜い汚い部分を見た気がした。戦火の不安と恐怖が人を愚行に走らせるということだ。それを見るのには、あの焼けていくダポール市を見ればすぐにわかった。彼女に出来ることはもう何もない。ファレアは火に包まれるその街の光景をずっと眺めていた。




