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61.迷える仔羊は神の存在を知る


「…………ふーん……やっぱり、美華ちゃんってモテるのね」

「それはもうッ! 可愛すぎて誰も告白できない状況でござる!」

「プフッ、ござるだってー。面白いねー」

「ご、ござ……」


 いい人オーラ全開の紅葉と、そんな彼女から笑われてショックを受けるリーダー。名前は知らないけど、彼は村上というらしい。


 二人の話から察するに、あまりにも可愛いと誰からも告白されないらしい。

 たしかに一理ある。勝ち目のない勝負はする意味がない。やる前から結果は分かっているのだから、立ち向かっても仕方がない。


 俺の中では結論が出てしまったけれど、人によって考えも違うし、後学こうがくのために聞いておくのもいいだろう。


「告白されないのにモテるって、なんだか矛盾してないかな」


 後学のためだと自分に言い聞かせながら、ポツリと呟く。告白された事がないことへの、救いを求めているわけでは決してない。


「まあ、たしかに。言われてみれば、そうよね」紅葉が相槌を打つ。

「それでも、水無月美華様のファンは沢山いるし、実際モテるんでござるよぅ」

「ござるよぅ……プフッ……」

「……たしかに、告白できないし話しかけもできないくらい遠い存在でござるが……」

「ご、ござ……ププッ」

「わ、笑わないでほしい。秋名さんはSでござる……」

「ごめんごめん。でも、私、こう見えても蓮ちゃんに負けないくらいSなのよ?」


 いやいや、俺はそんなにSじゃないし……。っていうか、紅葉もこんな話するんだな。SとかMとか。


「……ていうかね、蓮ちゃん。お弁当食べてよ」

「ん? ああ、そうだな、いただきます」

「沢山作ってきたから、たーんとめしあがれー」


 フォークを差し出される。それを受け取る。リーダーの視線がフォークを伝って俺の方に向いている。

 紅葉の華奢な指が弁当箱を押す。すすす、と弁当箱がこちらに寄せられる。

 紅葉の一挙手一投足を、リーダーはなにも言わずに見ている。何も言っちゃいないが、なんとなく物悲しい雰囲気を感じる。


 明らかに二人分の量だ。なんか違和感あるけど、まあ、いいか……。


 弁当箱に腕を伸ばす。

 茹でたブロッコリーをフォークでひと刺しする。見たところ、なんの変哲も無いブロッコリーだ。

 味の予想を立ててから口に運ぶ。リーダーの視線も一緒に口の中に放り込む。


 食感は茹でたブロッコリーそのものだ。


 ……ふむ……これは……軽く塩味がついている……いや、それだけではない。昆布や椎茸の旨味がある。

 な、なんだこれは……! うんまい……! 噛めば噛むほど味が湧いてくる! どういうカラクリなんだ、このブロッコリーは!

 出汁か……!? ブロッコリーを煮た後冷水にさらすかわりに、出汁で冷やしたのか? なんにせよ、うんまい!


「ふぅ……。紅葉、料理上手くなったな……」

「そう? 最近ね、お出汁の使い方覚えたのよ」

「やっぱり。昆布と椎茸の風味がシンプルながらも奥深い」

「えへへ……蓮ちゃんのそういうところ好きよ」


「は?」

「ご、ござ!」


 俺もリーダーも、多分同じことで驚いている。言われたのが本人かそうでないかの違いだけだ。


「あ、あのさ、急に好きって言われても心の準備があるというか、なんというか……」

「目の前で、コ、コクハクゥ……」


「え? 告白じゃないよ? そういう回りくどい感想好きだよってことだよ?」

「あ、なんだ、そんなことか」

「あふっ、安心したでござる……あ、定食買ってこよ」


 素の状態に戻ったのか、リーダーはござる口調をやめて、ただの村上に戻る。村上はスッと席を立つと、食堂ラウンジの入り口近くの券売機に向かっていった。

 その背中はどこか寂しそうでもあり、同時に、淡い期待を裏切られたような、そういう背中にも見える。理由はわからないが、肌で感じとれる。

 紅葉のようないい人こそ、本当は一番残忍であり、無邪気なのが一番残酷なのだ、ということだ。


「村上くんも食べればいいのに、私のお弁当」

「酷なこと言うなよ……。あいつにとって、この弁当は……毒だ……」

「は? 毒なんて入れてないよ。……もしかしてアレルギー持ち?」

「分からないだろうよ。女子には」

「なにそれー。まあ、いっか。…………んん〜! 唐揚げ美味しい〜! ……ふへへ、私ったらどんどん料理上手になっちゃうわ」


 ニタニタ笑う紅葉。こいつのことは他の人よりは知っているつもりだけど、俺の知らない一面も、当たり前だけどあるんだよな……。


「蓮ちゃんも唐揚げ食べてみてよ。隠し味入れてるから当ててごらん?」

「ほーう……その挑戦、受けて立つぜ。……見た目は普通の唐揚げだな」

「フッフッフッ……隠し味当てられたらジュース買ってあげる。でも、当てられなかったら私がジュース奢ってもらうからね」

「いいだろう……」



 ……うん、美味い。……美味すぎる。柔らかい。とってもジューシー。俺の知ってる唐揚げの味じゃない。紅葉のやつ相当腕を上げている。

 しかもこの唐揚げ、隠し包丁が入っている。高校生の小娘が自分のためにお弁当をこしらえるってレベルの代物じゃあない!

 それになんだ、この香ばしさは! 揚げたてじゃあないんだよな……鼻の奥のずっと奥、脳にピンポイントで響くような、この芳醇な香りはどう説明したらいいんだッ!


「分かんねえ……もう一個いただけるだろうか……?」

「どうぞどうぞ。んまあ、分かんないと思うけどねぇ」

「それはどうかな」


 ……クッ、強がってはみたが唐揚げを食べるのが、こわい! 俺は今まで、自分の舌には絶対の自信を持ってきた! それがッ! 今ッ! 揺らいでいるッ……!

 ビビッてんじゃねえ……食うぞ……食う、俺は食ってやる……唐揚げを食ってやるッ!


 柔らかな歯ごたえ! ……これではない。

 とめどなく溢れる肉汁! ……これでもない。

 襲いかかる芳醇な香り! 香ばしさ! ……これかッ! これは……!


「分かった! これは『味噌』だッ! 大豆の香ばしさを感じたッ! 麹の香りを確かに感じたッ!」

「えっ、すごい、あたり」


 紅葉は驚いたように目を丸くして答える。それと同時に、悔しそうな表情を見せる。


「この勝負、俺の勝ちだ」

「うんー、そうねー。……分からないと思ったんだけどなぁ〜……」

「もう一度、たっぷりと言わせてもらう。……この勝負、俺の勝ちだ!」

「はいはい、ドドドドド〜って効果音ね」

「うん、そう。よく知ってるな」

「蓮ちゃん家で全巻読んだからね」


 ……サラッと言うけど、それってかなり入り浸ってるってことだよな。当たり前のように俺ん家に居るときあるもんな……。


「この唐揚げは自信あったのになぁ〜」と、紅葉は声を上げる。誰が見ても分かるくらい悔しそうだ。


 隣の席のテーブルからガチャリと音がする。村上が戻ってきたらしい。眼鏡の奥は険しい表情をしている。なよなよとした態度をとらなければ、わりと凛々しい顔をしている……かもしれない。

 一瞬の間を置いた後、村上は「お邪魔しに来たでござる〜」と明るい調子で話す。

 リーダーの様子を知ってか知らずか、紅葉は項垂れたまま「おかえり」と言う。

「ただいまでござる〜」とリーダーが言うと、紅葉は小さく笑い、こらえている。リーダーもそれに赤面しつつ、注文した蕎麦をすすっていく。



「まあ、なんていうか、自信持っていいぞ。この唐揚げは震えるほど美味い。紅葉がこんなに料理上手になっていたなんてな」


「いやなに……フッフッフッ……何を隠そう、その唐揚げは愛華さんから教わった秘伝のレシピを参考にしてるからね……!」

「つまり、お前の努力の賜物ではない、と」

「でもでも、私にやる気がなかったらそもそも蓮ちゃん食べれてないからね? あ、村上くんも食べてみて!」


「……え、ええと……良いのでござるか?」

 口調だけリーダー、声の質は村上。俺と紅葉のやりとりを気にしないように振舞っているけど、素が出てしまった様子だ。

 村上の視線は紅葉の顔と俺の顔を行き来している。


「食ってみろ。うめぇぞ」

「で、では……いただきます……」

「めしあがれー」


 村上は割り箸を伸ばす。割り箸の先についた蕎麦の汁が唐揚げに触れ、衣に吸収されて見えなくなる。

 その唐揚げも、村上の口の中に入って見えなくなった。



「ごっ!? な、なんでござるかこの唐揚げ! 美味いでござる……!」

「えへへ、ありがとう」

「いやほんと、今まで食べた中で一番かもしれない」と、村上はござるをつけるのも忘れて捲し立てる。

「早く結婚して幸せな家庭を作りたいから、その練習の賜物なのよ。ねー、蓮ちゃん」

「あ?」

「ごっ! ござる!」

「お?」


 二人の視線がこちらを突き刺す。紅葉の視線は今までにないくらい強烈な輝きを発しているし、リーダーの視線は嫉妬の炎で燃えている。


「んー、まー、そうだなー」

「んもー、なによその反応」

「立花氏はクールでござる。嫌なやつでござる……」


「まぁな。軽く受け流せなきゃ、美華とか愛華と一緒に暮らせないし、紅葉とも仲良くできないしな」


「……? 愛華氏とは、誰でござる?」

「ん? 美華の姉だけど」

「んんん? み、美華様のお姉様でござるか? どんなお方でござるかッ!」


「んー、なんでもできるし、なんでも知ってるって言ってたな」

「うんうん、この唐揚げも愛華さんから教えてもらったし、なんでも知ってるよね」と紅葉も便乗する。

 リーダーはプルプルと震えながら、口をパクパクさせている。いつもの気持ち悪さが蘇った。


「なんと……天使の次は……神でござるか……!」と、村上はなんか呟いていた。

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