思い出はそのままにしておくほうが綺麗だと思う 中篇
幼馴染モノ。
前篇と雰囲気激変注意。脳内独り言炸裂。
で、だ。
なんであんまり思い出したくない影虎のことを思い出したかといえば、我が家の愛するしーちゃん(本名:シナモン 種別:うさぎ)のために学校帰りにホームセンターによって主食であるラビットフードとおやつにするドライフルーツを買って帰ろうとしたところに目の前のペットコートのガラスにべったりとへばりついてうさぎをにまにまと見続けている某有名私立高校の制服を着た男の子を見つけたからだ。
似ているのだ、影虎に。
小学校の卒業以来、同じ町内だというのに一度も彼に遭遇していない私が言うのもなんだけど、子供だった影虎が成長期ににょきにょきと大きくなってちょっと顔がしゅっとなって髪の毛伸ばしてスタイリング剤で固めたらきっとこうなるだろーなー、なんて思える人がいるのだ。昔を懐かしんでもいいってもんでしょ。
ただねー、一瞬でそこまで判別してしまっている自分がなー、ちょっとどうなのとか思うけどもそれは横っちょに置いておく。
それにしてもずっと見ている。もうちょっとで鼻の頭がガラスにくっつく。それほど気に入っているなら家で飼えばいいのに。
それとも家にはすでにいて、もう一匹なんて考えているとか?
いやいやそれはないなー。うささんって意外に凶暴だから、同性で二匹とか飼えないし。あ、それともお嫁さんかお婿さんをさがしているとか? それならわかるけど、それならそれでもちょっとこうなんていうか、他のうささんを見てもいいんでないの?ずっと同じうささんばかり見ているよ。ロップランドイヤーの黒うさぎ。まだ赤ちゃんだから手のひらに乗りそうなほどなのにもふもふで、めっちゃかわいい。でもさ。だからその気持ちもよくわかるけどさ、高校生ともあろうものが周りの眼も気にせずガラスにべったりとくっつくって、どうなの。そろそろその高い鼻の頭がガラスに突き刺さって割れるんでないの?
とかいいつつ、自分も影虎(仮)をガン見しているんだから人のことはあまり言えない。
だいたい本当に影虎だったからって、どうだっての。最後にあったのは4年前の小学校の卒業式だし、その後、メンバーの誰も影虎と連絡取れたって話をきかない。っていうことは、向こうは向こうで「結束」とかいいながらそうでもなかったってことだろうし。その程度ってことだったわけで。
―――――ま、いっか。見なかったことにして。
ペットコートのうささんもちょっとは見たかったなあとか思ったけれど、あそこには見てはいけないものがいるようなのでくるんと体を180度回転させて、お目当てのペットフード(推定8kg)をよいしょと肩に担ぎ、ドライフルーツをあほほど入れたカゴを片手に持ち、すたすたとその場を歩み去った。
背中に悪寒を感じたのは気のせいだろう。
その日を境に、某幼馴染(仮)と妙に出会うようになった。
滅多に足を運ばない図書館のSF小説がずらりと並んだ棚の向こう側に妙に見たことのあるふっさふさな髪が揺れていたり、駅前の全国展開なカフェの前で高校生にはちょっと高価なドリンクを注文しようかどうか悩んでいるときにすっと横を通り過ぎる影が(仮)だったり、ホームセンター横にある世界的に有名な良品安価で土日が激安な服屋さんでホームウェアを籠に入れようとしたとたんに下着売り場でぽいぽいと商品を籠に入れている(仮)を見つけてしまったり。
正面切って顔を見ることはないものの、なぜか目の端に入ってくるように(仮)が日常的に現れるようになった気がする。
逆に今まで全く出会わなかったのが不思議なくらいだ。
でもまあ、声はかけない。
向こうが私を認識しているかどうかわからないし、だいたい今さらなんて声を掛ければいいのかもわからない。声をかけたとして「は? お前なんて知らねーし」なんて言われてしまったらどうよ。たかだか小学生の時の同級生のうちの一人にすぎず、名前も顔も記憶に残らない程度の奴だったってことなのに、こっちは覚えてもらっていて当然だとばかりに声をかけてしまった自信過剰女扱い。いやだー。そんなの恥ずかしすぎて悶え死ぬ。即死だ、即死。だからしない。絶対しない。
(仮)を見つけたら速やかに回避し、逃げることにしたって誰も攻めはしないだろう。
そんな日々が過ぎていく、ある日のこと。
「江麻? 神川 江麻だろ? 久しぶり」
(仮)から影虎に戻った幼馴染に声を掛けられた。
持ち上げようとしていたラビットフードをどさっと足の上に落としたのはご愛嬌だ。ちなみに痛くはない。ちょっと重いなっていう程度。落としたのは仕方がない、持ち直そうとしゃがむと、足から重みがすっとなくなったというか、パッケージが目の前からなくなったというか。なんとなく状況がわかってしまったのでどうしようかと恐る恐る顔を上げると、そこには照れたような困ったような複雑な顔をした影虎がそっぽを向いていたわけで。
「足、大丈夫か?俺が声をかけたせいだよな。すまん」
「……ええっと。大丈夫。全然、大丈夫なんだけど……それ、返してもらえたら」
影虎の腕の中にはお約束のように私が落としたはずのラビットフードが抱えられている。困った。これは困った。これではその場ではいさようならとはできないではないの。
「あー、うん。落とさせたお詫びにレジまで運んでやるよ。もう買い物はこれで終わりか?」
「い、いやいやいや。結構ですから。まだ買いたいものあるし、返してくれるだけでいいから!」
「そんなわけにもいかないだろ。だいたい荷物、持ちすぎなんだよ。カートを持ってきた方がいいんじゃないか?」
そういいながら目線をきょろきょろとさせた影虎は、目当てのものを見つけたようでスタスタと歩き去り、あっという間にカートを押して戻ってきた。
……なんで私、この間に逃げなかった。
「ほら。さっさと入れる」
「いやいやいやいや、結構ですから。こんなのいつものことだから慣れてるし。だいたい羽柴君も用事があってここに来てるんでしょう? 自分の用事、しなよ」
そうだ、影虎だって用事があるからホームセンターに来ているはずなんだから、私に構わず自分の用事を済ませてください。そうしてください。
ところが影虎ときたら、きょんとして、その後目線を彷徨わせて焦るというありえない行動にでた。これが漫画だったら頭の右上らへんで汗の粒が三つほどとびでていることだろう。それとも『あせあせ』という文字が躍るかのどちらかだ。
「……なに、どうしたの?」
「……」
「なぜに無言? ……まあ別にどうでもいいけど。それじゃ」
「あっ! あの、な?」
「なに?」
「あの。えーっと。その」
……影虎って、こんなにうだうだする奴だったっけ?
それともヒーローだった部分だけ美化しまくってて、記憶が適当になってるとか。
ちらちらと後ろにあるペットコートに目をやりつつ、私に何かを言いたげにしているが、全く訳が分からない。
どんどん時間だけが立っていくこの無駄加減にそろそろイラついたっていいと思う。
「「あのっ」」
ハモったし。
「……どうぞ」
「いや、江麻が先に」
「羽柴君が先にどうぞ。だいたい羽柴君が挙動不審だったからどうしたのって私が聞いたのが先でしょ」
「あー……そだな」
そう言って微動だにしない影虎を心の中で蹴り飛ばして、身体をそろーりと横移動。気が付くかなー、気が付かなかったらいいなー。そしたらこのままとんずらだ。
「あのなっ!江麻ん家、うさぎを飼ってるか?!」
「そりゃあ、ラビットフード買うくらいだから、うさぎいるけど」
それがどうしたって……ああ、そっか。自分家のうさぎと掛け合わせでもしたいとか?
えー、うちのしーちゃん、お婿にいくのー? 困るなあ。でも赤ちゃんとかできたら可愛いだろうなあ。そんな場合って一緒に飼えるのかなあ。それともゲージを別にしなくちゃいけないのかな。うーん、わからん。家に帰ったら飼育本で確認しなくちゃ!
「やっぱり! そうだと思ってたんだ。じゃあ、今から江麻ん家行くから!」
「……は?」
意味がわかんない。
前後篇予定をぶっちぎってしまいました……冗長癖が治りません。




