結ぶ手
花瓶に飾られた花々の様子を丁寧に見ている第二王子を眺めていたら、ふと、アデイラは聞いてみたくなった。
以前ならきっと口を噤んだこと。でも、生まれ変わったような今ならば、許されるのではないだろうか。
「殿下」
「なんだい」
「わたくしと婚姻していただけませんか」
沈黙が落ちた。躊躇っているというより、驚いている。
目をいっぱいに見開く第二王子に小さく笑みをこぼし、アデイラは肩を竦めた。
「瑕疵ありの公爵令嬢ですが、もしよろしければ」
「……きみに瑕疵などないよ」
そうは言っても、お腹の傷は残ると聞いた。美しさが令嬢の価値なのは間違いない。
けれど、第二王子は呆れたように笑って首を振る。
「きみの傷は勲章だ。王族の盾となり、隣国との軋轢を一歩手前で食い止めている。誇っていい」
「……ありがとうございます」
「本当は、私が言うつもりだったんだ」
呆れたように、ほんの少し照れくさそうに笑った第二王子が、ベッドに置いたアデイラの手を取る。
────あ。この手を、わたくしは知っているわ。
現実と自身とが乖離しそうな時、痛みと熱に苛まれた時、アデイラをここにつなぎ止めたぬくもり。
戻っておいでと、心地よい闇の中までも確かに届いていた。
「アデイラ嬢、きみの声が呼ぶ最初の名が、私のものであればと願う」
婚約者とは不仲で、名前で呼ぶ許可すらもらえなかった。五年もの間。
だから、第二王子は乞う。もしも機会が来たら、必ず言おうと決めていた。
「きみはひたむきで、一途で、勇敢な女性だ。その相手が私であればと、何度思ったか知れない。ずっと憧れていた」
「…………」
「叶うなら、私の隣で、歩みを共に」
受け取ってほしかった。せめて、受け止めてほしかった。
アデイラの忘れてしまった記憶の欠片が、バラバラに散った恋心の破片が、胸の奥底で叫んでいる。
王甥への恋情は、一方的に与えるばかりで、きっと枯渇してしまった。
限界まで与え過ぎて、それでも受け止められることも返ってくることもなく。燃え尽きて、消えたのだ。
そっと包み込むだけのぬくもりを握り返すと、嬉しそうに微笑むから、それだけで、もう。
「……フランシス様」
呼ぶ声は、震えてしまったけれど。照れて耳を赤らめながら、彼は頷いてくれる。
「わたくし、あなたの隣に、今、憧れております」
どうしてだろう。社交界では、どんな話題でも次々と浮かぶのに、どうしようもなく喉が詰まる。
とん、とん、と手の甲で柔らかく跳ねる手つきが、傷つき砕けた心を慰める。
「フランシス様と、ダンスがしたいです。ずっと」
軽やかに流れるように踊る彼を眺めては、アデイラはうずうずと弾む鼓動を抑えていたように思う。
きっと、一緒に踊ったら楽しいだろう。まるで二人の身体が一つのように。そんな想像をしていた。
「もちろん。約束は果たすよ」
嬉しそうに微笑んだフランシスが、そっと手の甲にキスを落とす。
アデイラは言動が強めだから、あまり気遣われたことがない。
けれど、この人はいつも、怯えないように和やかにと、心を砕いて接してくれる。
────心地よい。フランシス様の隣は、心の音が澄む。
こんな風に、ずっと一緒にいられるとしたら、どれほどの幸福か。
もう手を離そう。
何度も機会はあるのに、二人ともその言葉を遠ざけ続けて、長くそのままでいた。
お粗末様でございましたm(*_ _)m




