9.エマ婦人
二人は荷物を背負い、いばら森へと出発した。
村から少し歩き、けもの道のような暗い細道に入る。
二人で木の根っこが張り出したところを慎重に飛び越え、苔で湿ってぬかるんだ道や今にも崩れそうな橋のかかった沢を進む。
コウモリの住むトンネルや蜘蛛の巣のかかった狭い道をくぐり、ようやくユジとレゼフィーヌはエマ婦人の家にたどり着いた。
「ついたぞ、ここだ」
ユジが足を止める。
「ここがエマ婦人の家?」
レゼフィーヌは目の前の灰色の城をじっと見つめた。
石でできた灰色の壁に、ねじ曲がって尖った屋根。壁にはツタが絡まっており、蜘蛛の巣も張っている。
それに何より、城の周りをぐるりと鉄格子のようにいばらが這っているのが不気味だ。
「怖いか?」
ユジが振り向いてレゼフィーヌに聞いてくる。
「ううん、全っ然。むしろすごく素敵だわ!」
レゼフィーヌは大きな声で答えた。
(な……なんて素敵なお城なの。何だかいかにも魔女が住んでいそうじゃないの!)
キラキラした瞳でエマ婦人の城を見つめたるレゼフィーヌを見て、ユジは苦笑する。
「そ、そうか。なんだかあんた、変わった子だな」
ユジはコホンと咳ばらいをして城に向かって呼びかけた。
「おーい、薔薇魔女、いるか? ユジだよ」
「こんにちは、魔女さん。いますか?」
レゼフィーヌもここぞとばかりに大声を張り上げた。
「こんにちは、魔女さん。いますか?」
「おーい、魔女、出てこい!」
レゼフィーヌがユジと一緒に叫んでいると、不意に後ろから声がした。
「そんなに叫ばなくても、私ならここにいるよ」
振り返ると、そこには黒い服を着た金髪の綺麗な女性が立っていた。
(えっ、この人がエマ婦人なの?)
レゼフィーヌが目を丸くする。
年は二十代後半くらいだろうか。エマ婦人はレゼフィーヌが想像していたよりずっと若くて美人だった。
(魔女って呼ばれてるくらいだから、てっきりもっとお婆さんかと思っていたわ……)
しかもエマ婦人は、ただ若くて美人なだけではない。
彼女の波打つような美しい金髪と海のように深い蒼の瞳は、亡くなったレゼフィーヌの母親に瓜二つだったのだ。
レゼフィーヌはエマ婦人の顔をまじまじと見つめてしまった。いくら親戚だからって、こんなに似ていることがあるのだろうか。
「レゼ、どうした?」
レゼフィーヌがぼうっとしていると、ユジに背中をつつかれる。
(はっ、いけないいけない)
レゼフィーヌは慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして。レゼフィーヌと申します! 今日からここでお世話になります!」
エマ婦人はレゼフィーヌの顔を見ると少し目を細めた。
「知ってるよ。あんたの父親からの手紙が来ていたからね」
「そ、そうですよね」
下を向くレゼフィーヌの頭を、エマ婦人はポンポンと撫でた。
「よくこんな遠いところまで来たね、さ、おあがり」
「は、はい。でもこのお城、どこから入るんですか?」
レゼフィーヌがいばらの壁を指さすと、エマ婦人はクスリと笑った。
「何、簡単さ」
エマ婦人がパチンと指を鳴らすと、たちまち荊の壁が左右に開き、道が現れた。
「す、すごい」
「最近は野生動物やら魔物やらが来て畑を荒らすからね。防御壁がわりさ」
口をあんぐりと開けているレゼフィーヌに、エマ婦人は教えてくれる。
「そうなんですね」
レゼフィーヌは胸がわくわくしてきた。こんなに大がかりな魔法を使えるだなんて、エマ婦人ってすごいな。
「それじゃ、俺はこれで」
ユジがお土産の薬草とパンを置いて家に帰る。
レゼフィーヌは蒼い瞳をきらきらと輝かせ、エマ婦人の家の中を見渡した。
綺麗な小瓶に入った薬に乾燥した薬草。七色に輝く虹色の宝石。
乾燥したイモリやマンドラゴラ。妖しい匂いのお線香。
毒々しい色のスープが入った妖しいお鍋。
エマ婦人の家は、よく分からないけどちょっとワクワクするようなもので溢れていた。
「すっごーーい! 本当に魔女の家なのね!?」
レゼフィーヌが感激していると、エマ婦人があきれたような顔でつぶやいた。
「あんた、本当に変わった子だね」
「そうかしら?」
レゼフィーヌがはてと首を傾げた。
側から見るとれっきとした「変な子」なのだが、レゼフィーヌにはその自覚は一切なかったのであった。




