7.侯爵令嬢、追放される
城の石壁に昇ったばかりの朝日が差しこむ。
質素なワンピースを着こんだ腕に吹く風はまだ冷たく、レゼフィーヌは思わず身を震わせた。
旅立ちの朝。
レゼフィーヌは最小限の荷物だけをまとめた小さな鞄ひとつで、お城の入り口に立っていた。
まだ朝の早い時間だからだろう。門の前には門兵の他に、レゼフィーヌを見送るためにアリシア侯爵と侯爵夫人、リリア、そしてお世話になった侍女たちしか立っていない。
御者が馬車の装具を点検する音が響く中、アリシア侯爵が眉ひとつ動かさずに言った。
「荷物はそれだけか?」
「はい」
レゼフィーヌは静かにうなずいた。
それを見た侯爵夫人が眉をひそめる。
「まあ、生まれ育った城を追い出されるというのに、悲しい顔一つもしないのね。なんて薄情な子なのかしら」
レゼフィーヌはポリポリと頭をかいた。
そんなことを言われても、城を出るのはレゼフィーヌの長年の夢だった。
まさかこんなに早くその妄想が実現するとは思ってもみなかったけれど。
「それでは行ってまいります」
レゼフィーヌが馬車に乗り込み出発しようとすると、メイドのハンナが駆け寄って来た。
「お嬢様、森は危険も多いかと存じますが、くれぐれもお体にお気を付けくださいね」
目に浮かんだ涙をぬぐいながら言うハンナに、レゼフィーヌは胸を張った。
「ありがとう、ハンナ。でも私なら大丈夫。例え森の中で熊が出ても私なら魔法で倒せるもの!」
胸を張るレゼフィーヌ。
「くくく、熊ですって!?」
リリアが笑いを堪えきれず噴き出す。
「まあ、聞きました? お母様! 熊を倒す魔法ですって。なんて野蛮なの。そんな田舎に行かされるなんて可哀想」
リリアの言葉に、侯爵夫人もクスリと口の端を上げて笑った。
「あら、こんな子の心配をするなんてリリアは優しいのね。でも当然の報いよ、わたくしの可愛い娘に呪いの言葉をかけるなんて、死刑にならないだけでもありがたいと思わなくちゃ」
「そうね、でもなんて馬鹿なんでしょう。おおかたお父様やお母様に愛されている赤ちゃんに嫉妬したのでしょうけど、本当に愚かだわ」
「でも魔女に憧れていたようだし、これでよかったんじゃないの? エマ婦人は高名な魔女ですから」
侯爵夫人の言葉に、レゼフィーヌは驚いて目を見開いた。
「エマ婦人は魔女なんですか!?」
「ええ、そうよ。知らなかったの?」
侯爵夫人が眉を顰めながら答える。
「まあ、可哀想。お姉様はきっと魔女に食べられてしまうわ」
リリアはわざとらしく身を震わせた。
クスクス笑う二人を尻目に、レゼフィーヌは荷物と共に馬車に乗りこんだ。
「それでは行ってまいります」
バタンとドアが閉まり、馬車が出発する。
それと同時に、レゼフィーヌは両手のこぶしを握り締めてニヤニヤ笑った。
「フフ……フフフ」
自分の遠縁にあたるエマ婦人が魔女。
ということは、自分は魔女の血を引いていたのだということになる。
(ああ、なんてことなの)
レゼフィーヌは踊り出したいほど嬉しかった。
魔法の才能はほぼ遺伝で決まる。
親類に魔女がいる。しかも高名な魔女だなんて、自分も魔女の器確定ではないか。
こうなるのはきっと運命だったに違いない!
これからは森の中でエマ婦人に魔法を教わって、自分も魔女になって――そしてゆくゆくはこの王国一の大魔女になるんだ。
「ふっふっふっふ……イーヒヒヒヒ」
レゼフィーヌが妄想を膨らませニヤニヤほくそ笑んでいると、馬を操っていた御者のおじさんがギョッとした顔で振り返る。
「どうしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
レゼフィーヌは慌てて侯爵令嬢らしい笑みを浮かべ、オホホホと愛想笑いを浮かべて見せた。
「そ、そうかい。変わったお嬢様だな」
ブツブツ言う御者を横目に、レゼフィーヌは額の汗をぬぐった。
(ふう、危ない危ない)
レゼフィーヌ余計なことを言わないようにと、窓の外に視線を移した。
生まれ育った城の高い塔がどんどん小さくなっていく。
にぎやかな王都も城下町ももう足を踏み入れることはないだろう。そう思うとほんの少しだけ胸が痛んだ。
(なんだか不思議な気分。あんなにお城での暮らしが嫌だったのに)
レゼフィーヌは、これで最後だとお城と王都の風景を目に焼き付けた。
さようなら、私の暮らした都とお城。
さようなら、私の短かった侯爵令嬢としての暮らし。
――そして、ようこそ魔女としての暮らし!




