11.いばらの城の魔女姫
――そして、レゼフィーヌが森に追放されてから七年が経った。
十七歳になったレゼフィーヌは、いばら城の畑で夏野菜とハーブの収穫に励んでいた。
「エマおばさま、見て見て、こんなにお野菜が採れたわ!」
レゼフィーヌが籠いっぱいに入った野菜をエマ婦人に見せる。
エマ婦人は料理をする手を止めると、優しく目を細めた。
「おやまあ、夏野菜ももう終わりかと思ったけど、随分たくさん採れたね」
「ええ、まだ残暑も厳しいから」
レゼフィーヌは採れたばかりの野菜を台所に運ぶと、小さく呪文を唱えて指を振った。
「カット」
見る見るうちに野菜たちが一口大に切り刻まれていく。
野菜を切り終えたレゼフィーヌは、今度はお鍋に向かうと、炎魔法の呪文を唱える。
竈に火がついたかと思うと、あっという間に鶏肉を煮込んでおいたスープが沸いた。
次にレゼフィーヌは人差し指をくいっと動かした。先ほど切った野菜がお鍋へ軽やかな音とともに落ちていく。
後は味付けをすればあっという間に夏野菜のスープの完成だ。
「ふう」
竈の側は火を使うので外よりもずっと熱い。レゼフィーヌが額の汗をぬぐっていると、城の外から声が聞こえてきた。
「おーい、レゼ、いるか?」
「はい」
今の声は――ユジだろうか。
最近、ユジの薬屋では、レゼフィーヌの調合した鎮痛のハーブティーが村人に人気だというので、その仕入れかもしれない。
「ちょっと待ってね。今行くわ」
レゼフィーヌは返事をすると、保冷庫に残った野菜をしまい、急いで城の外へ出た。
「おう、久しぶりだな」
立っていたのは、すっかり背が高くなり精悍な顔立ちになったユジだった。
「どうしたの。薬草の仕入れ?」
レゼフィーヌがエプロンで手を拭きながら尋ねると、ユジはチラリと後ろに視線をやった。
「それもあるんだけどさ、この子が占いをしてほしいんだとよ。そのために隣町から来たって」」
見ると、ユジの横には十四、五歳くらいの赤毛の女の子が恥ずかしそうに立っている。
ユジは女の子の背中を押した。
「まあ、本当?」
背の高いレゼフィーヌが少し腰をかがめ少女に目線を合わせると、赤毛の少女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「あっ、あのっ、あなたがかの有名な『いばら姫』様ですか?」
『いばら姫』というのはレゼフィーヌの二つ名だ。
この国では魔女は本名ではなく二つ名で呼ばれる慣習がある。
レゼフィーヌの場合は、村の誰かが勝手に『魔女姫』と呼び始め、そこに城のある『いばら森』が付き『いばら森の魔女姫』と呼ばれ始めた。
しかしそれでは長いのでいつの間にか省略され『いばら姫』と言う二つ名になったのだった。
レゼフィーヌは少女の夢を壊さぬよう、精一杯に姫っぽい笑みを浮かべて答えた。
「ええ、みんなからはそう呼ばれているけれど」
赤毛の少女は目をキラキラと輝かせる。
「そうなんですか。姫というくらいだからまだお若い魔女だとは思っていましたが、こんなにお綺麗な方だなんて、びっくりしてしまいました」
「あらそう? ありがとう」
レゼフィーヌが輝く長い金髪をかき上げ、オホホホと姫スマイルを浮かべていると、ユジは呆れたように苦笑した。
「それじゃ、頼むぜ」
「ええ。こちらへどうぞ」
レゼフィーヌは女の子を応接室に通すと、棚から占いに使うカードを取り出した。
薄暗い部屋の中、テーブルの上の蝋燭とお香に火を灯す。少女を椅子に座らせたレゼフィーヌは、その目の前に腰かけるとカードをテーブルに並べ占いを始めた。
「悩みと言うのは、恋の悩みかしら」
「はい。幼馴染で、とても優しい人なんです。でも私のことを好きなのか、ただ友達として優しいだけなのか分からなくて」
「なるほど」
レゼフィーヌはゆっくりと一枚のカードをめくる。カードには夜空に光り輝く大きな星と青く澄んだ湖が描かれていた。
「これは良いカードだわ。彼はあなたと会うことで癒され、日々の仕事を頑張るための生きる希望や活力を得ているようね」
「そうなんですか?」
女の子は目を輝かせる。
「ええ。でも彼に愛されるように躍起になっては駄目。彼を試すような言動をしたり、しつこく付きまとっては逆効果になるわ。あくまでさりげないアプローチを心がけて」
「わ、分かりました」
最後にレゼフィーヌは、引き出しから小さなピンク色のサシェを取り出した。
「これは癒しと魅惑のハーブよ。これを常に身に着けておいて。そうすればこの香りがあなたの魅力を引き立て良い結果を導いてくれるわ」
「ありがとうございます」
女の子はお守りを大事そうに握りしめ、幸せそうな顔でうなずいた。
レゼフィーヌもそれを受け、満面の笑みを浮かべた。
(はーっ、人の役に立つって、最高!)
レゼフィーヌは、魔女として人の役に立つ日々に、生きる喜びとやりがいを感じていた。
自分が侯爵令嬢で王太子の許嫁であったことなど、綺麗さっぱり忘れていたのであった。




