表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/95

第50話「完璧なマクロ経済政策」

 【Side: Mia】

 エリザベート様が高台に立ち、恐ろしい演説を始めた時、私は背後で血の気が引くのを感じた。


 (ぜ、税率八割!? 流通の独占!? パンがなければお菓子を食べろ!?)

 なんてことを言うの!?


 いくら悪役令嬢でも、それは一線を越えている。領民の生活を脅かす暴言。民衆の怒りが爆発すれば、暴動が起きてもおかしくない。彼女はわざと民衆を煽り、自分にヘイトを向けさせようとしているのだ。


 (させない! 飛んでくる石もトマトも、私が全部シールドで弾き落とす!)


 私はいつでも防御魔法を発動できるよう、杖を強く握りしめた。広場は静まり返っている。暴風雨の前の静けさだ。農民たちの怒りが頂点に達し、今まさに爆発しようとしている──。


 ……はずだった。


 「……うぅっ」


「おおお……」


 広場のあちこちから、声が聞こえ始めた。それは、怒号ではなかった。すすり泣く声だ。


 「え?」


 私は目を疑った。農民たちは怒りに震えているのではなく、感極まって涙を流し、エリザベート様を拝むように手を合わせているのだ。さっき「パンがなくなってしまう」と言った女の子でさえ、目をキラキラさせてエリザベート様を見上げている。


 「ど、どういうこと……?」


 私は近くにいた初老の村長に、小声で尋ねた。


「あの、皆さん、怒っていないのですか? 税率八割なんて……」


 すると村長は、涙をハンカチで拭いながら、私に信じられない事実を告げた。


 「聖女様、ご存知ないのですか? エリザベートお嬢様は、ああしてわざと悪ぶっておられますが……実はこの春、お嬢様のポケットマネーで、村を流れる川に立派な『治水堤防』を作ってくださったのです。おかげで今年は、例年の五倍という大豊作が約束されております」


 「五倍の豊作……! でも、それなら逆に小麦が余って値崩れ(豊作貧乏)を起こすのでは……?」


 平民出身の私でも、それくらいの経済の基本は分かる。


 「おっしゃる通りです。各農家が市場に小麦を溢れさせれば、単価は暴落し、我々は豊作なのに首を括ることになっていたでしょう」


 村長は深く頷いた。


「そこで、お嬢様は『税率八割』を打ち出されたのです。つまり、市場に出回るはずの過剰な小麦を、公爵家がごっそりと『現物徴収』してくださる。これにより、市場の小麦の価格は見事に維持されるのです!(※第一次産業の保護)」


 私は愕然とした。「税」という名の、公爵家による価格調整(買い上げ)システム!


 「で、でも、徴収された八割の小麦はどうするんですか? 農民の皆さんの食べる分は……」


「そこで、先ほどの『お菓子を食べればいい』というお言葉に繋がるのです」


 村長が指差した先には、村のはずれに最近建てられたという、巨大な水車と魔力オーブンを備えた立派な加工場(パン屋)があった。


 「お嬢様は、徴収した大量の小麦をあの加工場で、日持ちする軍用・輸出用の『硬焼き菓子ビスコッティ』として付加価値をつけ、高値で売り捌くのです。あの加工場ができたことで、農閑期の農民や次男三男に新たな雇用が生まれました!(※第二次産業の創出)」


 「ひえっ……」


「さらに! 先ほどの『私が指定した商人にしか卸さない』というお言葉!」


 村長の興奮は最高潮に達していた。


「あれは王都の巨大商会による中抜きを防ぎ、我々地元の小さな商業ギルドにのみ『専売権』を与えてくださったということです! おかげで馬車引きや仲買人の仕事が激増し、さらに商品を買い付けに来る外部の商人たちのために、村の宿屋や酒場も連日満員の大繁盛なのです!(※第三次産業の振興)」


 (な、なんという完璧なマクロ経済政策……!)


 私は頭を抱えた。エリザベート様は、悪役として「搾取し、独占し、私腹を肥やす」悪の専売制を敷いたつもりなのだろう。


 しかし、その実態は「第一次(農業の価格統制)、第二次(加工による雇用創出)、第三次(地元商人の保護とサービス業の振興)」という、全ての産業を網羅し村を経済特区へと押し上げる、非の打ち所がない名君の所業だったのだ。


 「ですから、『パンがなければ、私が作った保存食(お菓子)を安く配給してやるからそれを食べなさい』という、ツンデレ領主様なりの最大限の慈悲なのです……! ああ、一生ついていきます、エリザベート様!」


 村長が、わあっと声を上げて泣き崩れた。それに同調するように、広場の領民たちから割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。私は、高台で目を閉じ、両手を広げて「さあ、トマトを投げなさい!」というポーズで待ち構えているエリザベート様を見上げた。


 (……ごめんなさい、お姉様。貴女の元に飛んでくるのは、トマトじゃなくて、万雷の拍手と感謝の花束みたいです)


 私は杖を下ろし、そっと拍手を始めた。彼女の「私腹を肥やす悪の計画」は、またしても彼女自身の「前世の論理的思考(有能さ)」によって、完璧な善政へとすり替わってしまったのだった。


エリザベートの悪徳演説を聞いた農民たちの反応は……まさかの「感動の涙」と「万雷の拍手」!

なんと彼女が打ち出した悪の政策は、事前に自腹で作った治水堤防(大豊作)と組み合わさることで、「第一次産業の保護」「第二次産業の創出」「第三次産業の振興」を網羅した、完璧なマクロ経済政策(経済特区化)として機能していたのです。

「パンがなければお菓子を食べろ」=「私が作った保存食を安く配給してあげる」という究極のツンデレ翻訳まで飛び出し、悪徳領主は一瞬にして名君へとクラスチェンジ! トマトの代わりに感謝の花束が飛んできそうです。


※「マクロ経済学のお勉強になった(笑)」「有能すぎるポンコツ検察官最高!」と楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークや下部の評価(☆☆☆)で応援をよろしくお願いいたします! 毎日の更新の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ