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幕間4「英雄の凱旋、あるいは……」

【Side: Christopher】

 王立学園の生徒会室。 私は執務机に積まれた書類の最後の一枚に、羽ペンで流麗なサインを走らせた。 インクが乾くのを待ってから、傍らに控えていた側近のアレクサンダーに手渡す。


「これで、ダンジョン実習での『魔物暴走スタンピード事件』の事後処理はひと段落だな」


 私がそう告げると、アレクサンダーは恭しく一礼し、安堵の息を吐いた。


「はい。建物の破損は広場の一部のみ。生徒に重傷者は出たものの、死者はゼロ。あの規模の暴走が起きたことを考えれば、まさに奇跡と言ってよいでしょう。……すべては、あの方のおかげです」


「ああ。本当に、彼女は……」


 私は羽ペンを置き、窓の外へと視線を向けた。 事件から数日。学園内は、私の婚約者であるエリザベート・フォン・ローゼンの話題で持ちきりだった。


『公爵令嬢が、自らを囮にして魔物を一箇所に集めたらしい』


『たった一人で群れを殲滅したんだろ?』


『平民のミア様を守るために、自分の体を犠牲にして禁術を使ったって噂だぜ……』


 それが、今の彼女の評価だ。 当初、彼女が『魔物寄せの香』を使ったのではないかという疑惑も浮上したが、私はアレクサンダーの推論を聞いてすべてを理解した。


『殿下。考えてもみてください。あのまま魔物が森に散らばっていれば、パニックに陥った生徒たちが各個撃破されていたかもしれません。エリザベート様はそれを防ぐため、あえて危険な香を焚き、自分と、実力者であるミア嬢がいる広場へ魔物を誘導したのではないでしょうか』


 その通りだ。 彼女は、自分が「悪役」という泥を被ってでも、被害を最小限に食い止めようとしたのだ。 そして、才能ある平民の少女ミアを鍛えるため、あえて憎まれ役を買って出ていた。 最後は、自分の命を削るほどの闇魔法(禁術)を使ってまで、彼女を守り抜いた。


(なんて不器用で、高潔な魂なのだろう)


 私は胸の奥が熱くなるのを感じた。 彼女が時折見せていた冷たい態度も、傲慢な振る舞いも、すべては自身を孤独に追い込み、他者を守るための「偽悪」だったのだ。 そう考えると、彼女のすべてが愛おしく、そして痛々しく思えてくる。


「殿下、窓の外を」


 アレクサンダーの声に促され、私は中庭を見下ろした。 そこには、ちょうどその噂の主である二人の姿があった。


 木陰のベンチに、エリザベートが座っている。 そしてその隣には、ミア嬢がピタリと張り付くように座っていた。 ミア嬢は手作りのバスケットから何かを取り出し(おそらく栄養満点の野菜がたっぷり入ったサンドイッチだろう)、エリザベートの口元に運んでいる。


 エリザベートは顔を真っ赤にして、何かをまくし立てて抗議しているようだ。手足をバタバタさせて抵抗の素振りを見せている。 しかし、ミア嬢は慈愛に満ちた(そしてどこか有無を言わさない圧力のある)笑顔でそれを躱し、最終的にはエリザベートが渋々といった様子でサンドイッチを口に含んでいる。


「……微笑ましい光景ですね」


 アレクサンダーが目を細めた。


「死線を共に潜り抜けたことで、強固な絆が生まれたのでしょう。ミア嬢は命の恩人に甲斐甲斐しく尽くし、エリザベート様も照れ隠しをしながらそれを受け入れている。……美しい姉妹愛です」


「そうだな」


 私は深く頷いた。 美しい姉妹愛。確かにその通りだ。 彼女たちの間には、今や誰にも入り込めないほどの絶対的な信頼関係が築かれている。 (※実際は「絶対に逃がさない」という常時密着監視体制であり、エリザベートが抵抗しているのは「青汁並みに不味い栄養食」を無理やり食べさせられそうになっているからなのだが、窓から見下ろす王子たちにその真実は伝わらない)


 私は、婚約者として少しの嫉妬を覚えつつも、孤高を気取っていた彼女の心が癒やされたことに深い安堵を覚えていた。 彼女はもう、一人で戦わなくてもいいのだ。 あんな風に、彼女を本気で怒らせ、本気で心配してくれる友人ができたのだから。


「彼女のああいった人間らしい表情を見るのは、久しぶりかもしれないな」


「ええ。ミア嬢の存在が、エリザベート様の氷の心を溶かしたのでしょう。これもまた、聖女の奇跡ですね」


「ああ。二人には、これからも良き友人でいてほしいものだ」


 私は窓枠から離れ、再び執務机に向き直った。 ダンジョンの騒動が収束し、学園には再び平穏な日常が戻ってきている。 だが、立ち止まっている暇はない。間もなく、長い夏休みが始まるのだ。


「さて、アレクサンダー。来月からの夏季休暇だが、エリザベートの予定はどうなっている?」


「はい。ローゼン公爵家の領地にある別荘にて、一人で療養を兼ねた休暇を過ごされる予定とのことです」


 領地の別荘での、孤独なバカンス。 普段から気を張っている彼女には、ゆっくりと羽を伸ばす時間が必要だろう。 だが、あの不器用な彼女のことだ。一人で思い詰め、また無茶な修行(自傷行為)に走らないとも限らない。


「……エリザベートには、優秀な『監視役』兼『友人』が必要だな。例えば、ミア嬢のような」


「左様ですね。しかし、平民であるミア嬢が公爵家の別荘に同行するには、身分上の壁が……」


「ならば、私が『王家からの特別許可証』を発行しよう。名目は……そうだな、『先の事件における心のケアおよび、特別護衛任務』といったところか」


「素晴らしいお気遣いです、殿下。ミア嬢も喜んで同行されるでしょう」


 アレクサンダーが有能な手つきで、許可証の手配書類を書き留めていく。 私は窓の外、まだ押し問答を続けている(ように見える)二人の少女を思い浮かべ、小さく笑った。


お馴染みのクリストファー殿下視点です。

「あえて囮になって生徒を守った」「自己犠牲の偽悪」……殿下とアレクサンダーの推論は、今日も絶好調に明後日の方向へ爆走しています!

中庭で「不味い青汁を無理やり飲まされて暴れているエリザベート」を見て、「美しい姉妹愛(尊い)」と目を細めるポンコツっぷり。

挙句の果てには、夏休みの別荘にミアを送り込むための「特別許可証」まで発行してしまうという、見事すぎるアシスト(エリザベートにとっては絶望)を決めてくれました。殿下、いい仕事してます!

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