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第28話「静寂の違和感」

【Side: Mia】

 森の中は、不気味なほど静かだった。 鳥のさえずりも、虫の音も聞こえない。 ただ、私たちの足音と、エリザベート様の荒い呼吸音だけが響いている。


 私は、前を歩く(といっても私が手を引いているのだが)エリザベート様の様子を、背中の感覚を通してモニタリングしていた。


(手掌の発汗、冷感。微細な振戦。頻脈)


 繋いだ手から伝わってくるバイタルサインは、彼女が極限状態にあることを示していた。 ただの遠足で、これほど緊張するはずがない。 彼女は今、何か重大な決断を迫られている。 あるいは、何か恐ろしいことを実行しようとして、その恐怖と戦っているのだ。


「……着きましたわ」


 彼女が足を止めた。 視界が開ける。 そこは、森の奥深くに隠された円形の広場だった。 崩れかけた石柱が墓標のように並び、地面には奇妙な紋様のような苔が生えている。


(ここだ……)


 私の背筋に悪寒が走る。 ゲーム『聖女と薔薇の騎士たち』における屈指のトラウマポイント。 悪役令嬢が魔物を呼び寄せ、ヒロインを嬲り殺しにしようとする断罪の広場。 ゲーム画面で見た光景そのままだ。


「素敵な場所でしょう? 誰も来ない、私たちだけの秘密の場所ですわ」


 エリザベート様が、私の手を離して数歩下がった。 その声は震えていたが、努めて明るく、そして残酷に響くように演じられていた。


「ええ、そうですね……とても静かで」


 私は警戒レベルを最大に引き上げながら、周囲を見回した。 静かすぎる。 この静寂は、平和なものではない。 肉食獣が獲物を狙って息を潜めている時の、張り詰めた緊張感だ。 私の「聖女としての感知能力」が、周囲の森から漂う濃密な瘴気を捉えている。 すでに、魔物たちは集まりつつあるのだ。


(彼女は……どうするつもり?)


 私はエリザベート様を見つめた。 彼女は私から距離を取り、広場の中央にある祭壇のような石段に背を向けて立っている。 その右手は、ドレスのポケットに深く突っ込まれたままだ。


 何を持っているの? 私は前世の記憶にあるゲームの攻略情報を高速で検索する。 『無印』のルートにおけるこのイベントアイテムは、これまでの「悪役令嬢の行動フラグ」によって変化する。 彼女が周囲に圧力をかけて支配していた場合は『支配の笛』。 逆に、陰湿にコソコソと動いていた場合は『魔物寄せの香』だ。


 これまでの彼女の行動を振り返る。 図書室で勉強を教え、温室で植物を救い、ダンスで私を鍛え上げた。 ……どれも悪役としては中途半端、というか善行に近い。 つまり、明確な「悪のカリスマ」としてのフラグは立っていない。 だとしたら、消去法で『香(隠密ルート用アイテム)』の可能性が高い。


 でも、それはあくまでここが『無印』の世界だった場合の話だ。 もし彼女が『真実版』の犠牲者として、自分の命を絶とうとしているなら? そのポケットの中にあるのは、他人を傷つける道具ではなく、「自害用の毒薬」か、あるいは「魔力炉を暴走させる起爆剤」かもしれない。


「ミアさん」


 彼女が私を呼んだ。 逆光で表情が見えない。 ただ、その立ち姿だけが、悲しいほど凛として美しかった。


「貴女には、ここで消えてもらいます」


 決定的な言葉。 それは宣戦布告か、それとも別れの言葉か。


「……どういう意味ですか、お姉様」


 私はわざと、いつもの呼び名で問いかけた。 彼女の肩がピクリと跳ねる。


「気安くお姉様なんて呼ばないで! 私は……私は貴女が憎いの! 目障りなの! だから、今日ここで……!」


 彼女がポケットから手を抜いた。 握りしめられていたのは、紫色の封蝋がされた小さな包み。 あれは──『魔物寄せの香』だ。 ゲームのアイテムと同じ形状。 私のフラグ読み通り、彼女は『無印』のシナリオをなぞろうとしている。


(でも、手が震えてる)


 彼女は、その包みを地面に叩きつけようとして、躊躇っている。 何度も振り上げては、止めている。 まるで、見えない誰かに「やれ」と命令され、必死に抵抗しているかのように。


「くっ……! ああああっ!」


 彼女が悲鳴のような声を上げて、頭を振った。 その姿は、悪役のそれではない。 強制力システムに操られ、自我を保とうともがく被害者の姿だ。


(やっぱり、乗っ取られかけている!)


 彼女の中の「魔女」が、無理やりシナリオを進めようとしているのだ。 そして、本来の優しいエリザベート様が、それを止めようとしている。 このままでは、彼女の精神が崩壊してしまう。


「ダメです、エリザベート様!」


 私は叫んで、彼女の方へ駆け出した。 魔物を呼ぶなら呼ばせればいい。私が全部浄化してやる。 でも、彼女が自分自身を傷つけることだけは、絶対にさせない!


「来るな! こっちに来るなぁッ!」


 彼女が絶叫し、ついにその手から紫色の包みが放たれた。 カシャン、と乾いた音がして、包みが割れる。 立ち上る紫色の煙。 甘く、そして腐敗したような死の臭いが、広場に充満していく。


 ゴゴゴゴゴ……。


 地面が揺れる。 森の奥から、無数の唸り声と、地響きのような足音が近づいてくる。 開演の合図だ。 世界で一番悲しい、魔女と聖女のダンスパーティが始まった。


【最重要観測イベント「迷宮の暴走ダンジョン・パニック」──発生】


ついにトラウマポイントの広場に到着!

アイテムを取り出して震えるエリザベートを見たミアの「超解釈フィルター」が、ここに来て限界を突破します。

魔女システムに乗っ取られかけて、必死に抗っているんだわ!」

敵意を向けられているのに、すべてを「強制力による悲劇」と変換し、全力で守ろうとするヒロイン。

二人の認識が180度違ったまま、いよいよ最悪のイベントが開幕します!


※「すれ違いが芸術的すぎる」「ミアの深読みが止まらない!」と楽しんでいただけましたら、ぜひ下部の評価(☆☆☆)から応援をよろしくお願いいたします!

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