6話 呪い
塔の最上階へと向かう足音だけが響く。
異様な静寂に包まれた空気が肌をちくちくと刺しているようだ……。
それに、先程から精霊たちの様子がおかしい。
いつもなら、わらわらと多くの精霊が付いてくるが、誰一人として姿が見えなかった。
(なんだろう…………嫌な予感がする)
少しの不安を抱きつつも、動かし続けていた足は私を最上階の一室へと運んだ。
「ここね。………行くわよ、ルーク、イシュア」
ルークとイシュアは更に警戒を強くして、私より先に部屋の中へ入っていった。
部屋……、と言っても、ドア一枚を隔てた先は石の床と壁に鉄格子が打ち付けてある不格好なものだ。
初めて見た鉄格子の先は、簡素なベットと机、椅子が置かれたまさに「牢獄」だった。
その牢獄の中に、虚ろな目をした女が何かを呟きながら椅子に座っている。
「………あれが、元側妃ヴェレーノア」
側妃と言ったところで、ついさっきまで私達に視線も寄越さなかった女がピクリと反応した。
そして、その姿からは信じられないほどの勢いで、グルンッと首をこちらに回すと、私の姿を見るやいなや、こちらに向かって飛びかかってきた。
ガシャンッッ!!という鉄格子を掴む音がするも、直ぐに前に出たイシュアとルークに私は、視界を遮られる。
「貴様ぁぁぁ!!!憎たらしい!憎たらしい、小国の売女めぇぇぇ!!私が殺してやったと思ったのに、まだ図々しく生きていたのかっ!!!」
クソォッ!!と言いながらガシャン!ガシャン!と鉄格子に掴みかかるその姿に一種の狂気を感じる。
幼い頃から戦場に立ってきた私が、感じたこともないような怖さを感じる。
鳥肌が立つ。
女から発せられるその言葉が、私を襲う。
「イシュア!ルーク!!直ぐにその女から離れて!今すぐ、帰るわよ!!」
直ぐに魔法陣を開くと、イシュアとルークが入ったのを確認し、禁忌の塔から宮殿へ戻った。
ドクンドクンと脈打つ心臓に、何かが警鐘を鳴らす。
「ティア様!突然、どうされたんです!?……っ!」
「ティア様、お顔の色が……!」
心配そうに私の顔を覗き込むイシュアとルークを一蹴し、意識を一つに集中させる。
「………あれは、一体なんだったの………?」
「お前は本当にお転婆だな」
聞き慣れたテノールが意識を引き戻す。
「お……とうさ……ま……」
「まったく、何をしたらそんな事になるのか……」
父が私の額に手を当てると、父の手が青い光を発する。
(神力…………これは、精神治癒術?)
神力は術者の力量に応じて、その形を変える。神の血が濃ければ濃いほど能力は高く、あらゆる物に対し神力を使える。
治癒魔法は、傷を直すことだけでも魔法の中では高位の術であり、使える者も限られている。
そして、神力での精神治癒術は、ありとあらゆるものからの精神的攻撃を治癒することができるため、神の血が特別濃ゆく、自身の肉体がそれに耐えられるだけの器でなければならない。
(お父様は神力が多いのね)
「……悪魔の力だ」
「悪魔?どういうことですか?魔物なら聞いたことがありますが、悪魔とはまた………」
おとぎ話のようなものですね………と、言おうとしたが、あぁ、ここはそういう世界だった……、と思い直す。
「どこに行った」
「………禁忌の塔へ」
「あそこには近づくなと言ったはずだが、何故、今日の夕刻まで待てなかった」
「お母様を、お母様を殺した人間を知りたかった」
「知ってどうする。その手で殺すのか?口で責めるのか?……お前は何もできない。いや、やろうと思えばできるだろうが、生粋の【王】であるお前にはできるはずがない」
お父様の目には哀しみが浮かんでいた。
『冷酷王』と名高いあのお父様が、私を見て悲しんでいる。
実母を殺した女をこの手で殺すことは『無理だ』と、断言された。
多くの人間の首をこの手で刈り取ってきたのに、それでも尚、私には無理なのだと。
「………シェリーが『公太女』だったことはもう知っているな?……ファンべルツィアの王………つまりは『精霊の愛し子』と呼ばれる存在は、一度、『精霊の呪い』を受けた者には近づくことすらできない。あの女は『精霊の愛し子』を手にかけた。そのため精霊から呪いを受けたのだ。………お前は塔という同じ空間にいることさえ、辛いだろう」




