2話 花月の4日
ロズマリン王城 ロゼ宮殿大回廊
「ほぅ、流石は俺の娘だ」
私を待っていた父はいつもの調子で遠回しに褒めてきた。
……ついに、この日がやってきた。
この日のために仕立て上げた最高の正装。
真っ白なプリンセスラインのドレスには、金糸で見事な薔薇の刺繍が施され、ふんだんに使われた繊細なレースは、『幻のレース』と名高い一級品。
重い純白のマントには、大きく『淡い黄色の薔薇』の紋章が刺繍されてある。
ドレスやマントに使われている宝石は全て『神石』。王家の森の奥地、その洞窟でしか採掘されない透明な石は、神力をもつ王族が力を注げば、その色は象徴色に染まり、神秘的な輝きを放つ。
透き通った美しい黄色の宝石たちが、純白のドレスとマントを彩る。
侍女たちの手で磨き上げられたプラチナブロンドは、丁寧に結上げられ、神石とルピア・ティア・ローズで華やかに飾られている。
「ありがとう存じます」
「思ったことを言ったまでだ。さっさと神殿へ行くぞ」
「かしこまりました」
この王城には大陸全土で信仰される神教の総本山たる神殿がある。
『王城神殿』と呼ばれるそれは一般人も立ち入ることができ、多くの者が訪れる。
しかし、神教の『本殿』は、王城の奥深く……。そう、王の居住区に存在する。
王以外の立ち入りを固く禁じ、特殊な魔法により扉さえ開けない。
まさに、『神域』
今日のはじめの儀式はまずそこから始まる。
美しい白亜の神殿の前に着くと、私と父の薔薇騎士たちが隊列を揃え、端に並んだ。
「そなたたちはここで待機していよ」
「「「はっ!」」」
「頼みましたよ」
「「「はっ!」」」
薔薇騎士はそれぞれの主に仕えているため、どんな権力者の命令だろうと、主が命じなければ指先一本たりとも動かさない。
それは、絶対王者である父であっても同じ。
父は私の薔薇騎士たちに、命を下すことはできないし、その逆もしかりだ。
「行くぞ」
「はい、陛下」
神殿内は無駄な豪華さなどはなく、荘厳な凄みと緻密な壁細工、天井に広がるのはこの世の物とは思えない美しい宗教画。
その中を真っ直ぐに進み、重厚感のある祈祷台の後ろへと進む。
そして、美しい男神と女神が手を組合い、額をつけている様子が描かれた壁の前へ来ると、父はおもむろに壁に手を当てた。
「この壁には精霊石が使われている。ここへ神力を注げば、扉は開かれる」
眩い光とともに、何か扉が開くような重い音がした。
あまりの眩しさに目をつぶるが、すぐにそれはなくなった。
恐る恐る、目を開く……
「……なんて、綺麗なのかしら……」
温かな光に包まれる空間、美しい群青と薄い桃色の薔薇があたり一面に咲き乱れている。
天井はステンドグラス。リゼアイリア王国の紋章の上に、群青の薔薇と薄い桃色の薔薇が寄り添うようにして描かれている。
「ここは神域だ。リゼアイリア王のみが立ち入りを許される場所。王はここで成人の儀を行い、自分が王に相応しい事を示すのだ。王太子の薔薇があたり一面に咲き、天に王の薔薇が描かれる」
「お父様の薔薇は群青ですので分かりますが、この薄い桃色の薔薇は一体……」
「シェルリアだ」
「……お母様?」
「お前には以前も話したと思うが、代々、リゼアイリア王には、『運命の伴侶』という者がいる。立太子の儀を済ませれば、運命の伴侶はひと目見れば判るようになる。だが、その運命の伴侶はどこにいるかわからないし、もしかしたら死んでいるかもしれない」
「そんな……」
「しかし、その魂は我らに出会うまでこの世を回り続ける。つまり、死んだとしても転生するということだ。我らは運命の伴侶をその隣に迎えるまで時が止まる」
えっ……と思い、父を見上げる。
昔から変わらない父の若々しい容姿、そして、正室に迎えられる前に亡くなった父の『運命の伴侶』。
「そうだ、俺はシェリーを正妃に迎えることができずに彼女を死なせてしまった。このまま、老いることもなく、死ぬこともない。これは報いだ」
「………でも、お母様の魂は」
「あぁ。蘇っているさ。だが、俺にとっての運命の伴侶は、シェリーただ一人だ。お前にとっての母親がシェリーだけであるようにな」
父の目は、その強い意志を雄弁に語っていた。
「この話は終わりだ。さっさと儀式を済ませるぞ」
「はい!お父様」
そして私は、父に手を引かれ、中央にある美しい装飾が施された柱の前に立たされたのだった。
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