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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第二のメロディ「人間不信の諜報部員さんとクララクララ」
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 気が付いたら僕は車を運転していた。目的地も決まっておらず、ただただ車を猛スピードで走らせていた。

 色々な事が僕の頭を巡る。混乱して、何が真実なのか分からなくなってしまっている。そうしているうちに雨が降り出していた。強い雨だ。

 僕は車のワイパーを全開にする。


 マイアー曹長は偽名で軍に入り込んでいた。これはゆゆしき事態である。

 特に僕が所属しているのは情報部だ。他人の秘匿情報を扱う以上は、我々の身分の特定も慎重であるはずなのだ。

「マイアー曹長は、敵国のスパイ? その可能性が高いな――」

 僕は自分で呟いてみて、言葉の意味の重大さに気が付く。キース・キングスコート大佐が敵国「東パヴァリア共和国」と通じているのではないかとの前提条件が狂ってくる。

 僕の直属の部下がスパイであった場合。キース大佐の行動情報を、逐一敵国に報告していたことになる。僕や他の情報部所属の諜報部員がまとめた報告書は、一旦彼女の元に集められ、僕の直属の上司、ゾーゴ・マンハイム情報部少佐に送られるのだ。

 全ての秘匿情報に触れられて、目を通す事が可能なのは、彼女一人なのである。

「ヤバイヤバイ、ヤバイ! クララクララちゃんがヤバイ!!」

 何故、そういう考えに至ったのかは、今の僕には分析できない。

 理性的ではない、何かが僕を突き動かす。


 二日前にクララクララちゃんのマグカップを盗み出した。そこに残された指紋を「国民登録カード」のデータベースで照合したが、ヒットしなかった。

 だが、これは予想された結果だった。

 国民全ての指紋登録は満十二歳になってから開始される。指紋登録に掛かるコストを減らす目的もあるが、子供が成長するにつれて大きさが変化するのでデータの照合が難しくなるのだ。

 登録後は、五年ごとに指紋データが更新される。街の公証役場が窓口となっているので、毎週末にはその週に五年目の誕生日を迎える人々が、長い列を作っている。


 クララクララちゃんの見た目の年齢は十七歳から十九歳ぐらいに感じる。何かしらの問題が発生して、指紋登録と更新がされていないのだと予想する。


 しかし、DNAデータだけは、生まれたての新生児の時に採取される。小さな赤ん坊であっても、口の中の粘膜から細胞を取り、個人のDNA解析データを国家のメインコンピューターに記録させるのだ。


 だから、クララクララちゃんが孤児院や養護施設出身であったとしても、必ず登録作業を受けているはずなのだ。

 そして、ここからは国家の極秘情報に抵触する。


 国民に対しては、個人のDNAデータは身分の照合時や犯罪捜査の時にしか使用しないと広くアナウンスしている。

 だが、国家の諜報組織では、親子関係の鑑定や、遺伝子によって起こりうる将来の精神疾患を未然に予知して、それによる犯罪などを防止するのだ。

 だから、クララクララちゃんのDNAデータが無くとも、その親族に辿り着くことが可能なのだ。


「だが! その前に!」

 僕が叫んだと同時に、ヘッドライトの先に赤白の棒が見えた。僕は慌ててブレーキを踏む。


「どうかしましたか、ヨハン・フェルゼンシュタイン少尉!」

 見慣れた歩哨が車の運転席側に駆け寄ってきた。大雨の中、彼は迷彩柄のフード付きのレインコートを身につけていた。

「いや、忘れ物をしてしまった。それが監視対象者に見つかってしまうと、非常にまずい状況になるんだ。一刻でも早く回収をしないと――」

 僕は窓を少しだけ開け、慌てている様子を現すように精一杯の演技力で行った。


「しかし、訪問者の報告書には何も記載されていないのですが……」

「済まない。報告書には書かないようにお願いしたい。僕の失態が上層部に知られてしまうのは困ってしまうのだ」

「はあ……、それは構わないのですが……」

「キミには迷惑が掛からないようにする。今度、外国製の高級ウィスキーを差し入れに持ってくるよ」

「そうでありますか!」

 彼が敬礼すると、バーが勢いよく上がる。


「お酒、楽しみにしていますよ少尉!」

 彼が見送る中、僕は車のアクセルペダルを強く踏み込む。軽くホイルスピンをして挙動がおかしくなるが、そのまま進んで行く。


   ◆◇◆


「クララクララちゃん!」

 僕は小屋のドアを開け、中に踏み入って大声で叫んだ。


「な、何事ですか? ヨハンさん」

「こんな夜に済まない、クララクララちゃん。一大事なんだ!」

 彼女はベッドの上で半身を起こしていた。

 その時、雷鳴が轟き薄いパジャマの生地を透かして、彼女の身体のシルエットが見えた。


「ヒャ…………」

 彼女は目を閉じ耳を塞ぐ。僕はベッドの彼女まで歩み寄り、細い左手首を掴む。

「良く聞くんだ。気持ちをしっかりと持って欲しい」

「え? 何ですか、ヨハンさん?」

 開かれる目。ランプのオレンジ色の光りで、彼女の青い瞳に映る僕の顔。

「キース大佐が、航空機事故に遭われた――」

「え? 事故?」

「――そうだ。事故で……死んだんだ」

「………」

 クララクララちゃんは言葉を失っていた。


   ◆◇◆


 僕は再び車を走らせていた。先ほどと違うのは、後部の荷物室に女の子を乗せているのだった。

 警備の歩哨に見つからないように、彼女の身体の上に毛布を被せていた。


「……ヨハンさん! 降ろして下さい! クララクララとしては、揺られて気持ちが悪くなってきました……」

「し、静かに!」

 僕が大きな声を出すと、トタンに黙る。


 僕は歩哨と二言三言言葉を交わして、直ぐに車を発進させる。

「少尉! 約束ですよ! 待ってますよ!」

 彼の声が、遥か後方に聞こえる。雨はすっかりと上がってしまっていた。僕は濡れた路面を時速100キロメートルで駆け抜けていく。


   ◆◇◆


 結局、クララクララちゃんは、僕の実家に一時保護した。祖母に預けてきたのだ。

 そうして、僕は深夜の軍オフィスに現れていた。


 任務が残っていると警備の兵士に告げ、誰も居ない陸軍情報部の建物の中に入る。

 鍵は、警備兵から借りた品だ。


「済まないな、イリア・マイアー……いや、エルレンマイヤー曹長」

 僕は彼女のデスクの引き出しを開ける。

 クララクララちゃんのDNA解析の結果が出たならば、デスクの一番大きな引き出しのメールボックスに入れられているはずだからだ。


「まだ結果は出ないか……」

 正確を期すなら、DNAデータの解析には一週間の期間を有する。しかし、簡単な検査とデータベースとの照合結果はもう出ていてもおかしくないはずなのだ。

「この場所は……」

 彼女のデスクの鍵の掛かった場所。僕は、このオフィスの責任者として合い鍵を持っている。

 僕は自分の机に移動して、合い鍵を取りだして彼女の鍵付きの引き出しを開ける。


「ドキドキするな」

 年頃の女性の秘密を覗き見するのだ。緊張する。


「何だこれは?」

 引き出しに収められていたのは、一つのレポートだった。数ページの書類がバインダーにて纏められている。

 僕の目にとまったのは、表紙の部分に描かれているマークだった。

「花?」

 十の細長い花弁が円形に規則正しく並んでいる。雄しべなのだろうか、大きく発達していて幾何学模様のように並んでいる。

 そうして、表紙に書かれた文字は――。

「レディ・マーガレット計画?」

 表紙を捲ろうとしたその時だった。



「それは、時計草なのですよ」

 背後から声がした。

「イリア・エルレンマイヤー曹長!」

 僕はゆっくりと振り返る。

「何をしているんですか? ヨハン・フェルゼンシュタイン少尉」

 僕のオフィスのドアは開かれたままだった。そこに佇む曹長は、ショッピングモールの駐車場で遭ったときと同じ私服姿だった。

「こ、これは…………」

 彼女の手に拳銃が握られているのを見て、僕は言葉を無くす。ゴクリと固唾を飲み込む音が深夜の陸軍情報部の部屋に響く。

 僕の額から大粒の汗が噴き出て流れていく。


「パッシフローラ・レディ・マーガレット。それが、その時計草の名前です」

「パッシフローラ?」

 何処かで聞き覚えのある言葉だった。確かクララクララちゃんが……。


「少尉。私はその『レディ・マーガレット計画』のなれの果てなのですよ」

 悲しそうに垂れ下がる彼女の両方の眉毛。厚いレンズの眼鏡をしているので、表情の全ては読み取れなかった。


「イリア……僕は……」

 彼女をファーストネームだけで呼ぶのは始めてだったかな――そんなことを考える僕だった。だけど次の言葉が出なかった。


 銃声を聞いた。いやに乾いて軽い音だった。

 そうして、オフィスの絨毯の上には拳銃から排出された薬莢がひとつ、コロコロと転がっている。


 彼女が手に持っていた銃は、我が「パヴァリア侯国」が誇る銃器メーカーの作った品だ。樹脂製のボディは小柄でひ弱な女性が持つのにも適している。

「さようなら…………」

 彼女の言葉を聞いた後、僕は腹部に猛烈な熱さを感じた。そして、痛み……。


 僕は分析する。


 このままでは死んでしまうことだろう。僕は、オフィスの床に仰向けに転がっていた。

 足音が近づく。僕の眼前に銃口が見えた。

 僕は強く目をつむった。


次話はしばらくの後に投稿します。

その時は、活動報告にてお知らせします。

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