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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第二のメロディ「人間不信の諜報部員さんとクララクララ」
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 僕は、キース・キングスコート大佐が嫌いだ。最初に直接会った時から嫌いであった。最初の出会い。それは、最初にこの場所に来た時であった。

 それは、五週間前の木曜日の事だ。


 僕が所属するのは、陸軍の情報部。それも、皆から蛇蝎だかつの如く嫌われる内部監査の部門である。周囲からは見下され、仲間からはバカにされ、頭が痛い、胃が痛い。

 我が「パヴァリア侯国」の軍内部には、お隣の国である――通称「東パヴァリア」正式名は「パヴァリア共和国」のスパイが大勢紛れ込んでいる。これは紛れのない事実だ。

 そのスパイの摘発が情報部の主たる仕事なのだ。


 ここで、この国の歴史について簡単に述べていきたい。

 元々は神聖ローマ帝国の流れを汲む、歴史と由緒のある国であった。皇帝を選定する権利を有する諸侯がそれぞれの領地を治める小国だったのが、この国の始まり。

 帝国の消滅後、有力な一人の選帝侯が勝手に国王を名乗りまとめ上げたのが、正式な国家としての成り立ちとなる。

 四十年前、「パヴァリア侯国」と「パヴァリア共和国」の両国は、「パヴァリア王国」という一つの国家だったのだ。

 しかし王家の打倒をスローガンに、国の東半分が勝手に独立を宣言して、紛争が起こった。それは、一度は鎮圧に成功したが、国王は責任を取って退任し、国王代理の摂政である大公が治める国の名は「パヴァリア公国」となった。

 だが、火種はくすぶり続けていた。

 やがて、摂政の統治に不満を感じ、王政への復古を望む集団と、当時も残っていた王家の完全打倒を宣言した集団とが対立を深め、二十年前に再び戦争を始めてしまった。

 そうして、国家は東西二つに完全に分断され、今に至っている。


 国は分かれてしまったが、思想信条の違う人々は自由に横断の出来ない状況が長く続き、お互いの国に多く取り残されてしまったのだ。

 そのほとんどが敵対国のスパイとなり、自分の住む国に対して政治的混乱を引き起こしたり、破壊工作を仕掛けたり、重要な機密情報を相手国に売り渡したりしたのだった。

 軍の内部も例外ではない。噂では、軍全体の一割に敵国のスパイが紛れ込んでいるといわれている。

 疑心暗鬼になった軍の上層部は、一番の嫌疑の目を、国家の英雄であるはずのキース・キングスコート大佐に向けた。彼は、貴族の家柄の出身であるので、王家の復活を望んでいると思われていたのだ。

 ここで、複雑な状況が発生する。「パヴァリア侯国」内部の王政復古派と「東パヴァリア」内部の国家再統一を望む一派とが手を結んだのだ。

 両者共に、お互いの国家で弾圧を受けていたので、弱者が連合する形となった。

 そこで担ぎ上げられているのが、キース大佐だった。だから、軍上層部は彼を監視せざるを得ないのだった。



 僕はやがて、森の中の道に側道を認める。

 運転の方に意識を戻し、集中する。速度を緩めてから、ウィンカーも出さずに左に曲がる。

 完全舗装された道から、赤茶けた表土が剥き出しの荒れた小道に移行した。車体が大きく上下に揺れる。数日前に降った雨が、窪みに水たまりを作っていた。綺麗に磨き上げた車体を泥跳ねで汚すが、今は構ってはいられない。

 キース大佐との契約では、二人の対面中は森を離れ、定刻になって迎えに行く約束であった。だが、その契約を破り僕は森の中の裏道を進んで行く。

 元々は、森の木々を手入れするために木こり達が作った小道だ。細くて蛇行をしている。ゆっくりと車を進めると、過去に切り出した木を集積していたと思わせる開けた場所に出た。

 この場所は、森の中央の湧水池を直接に見渡せるやや高い地点に位置している。僕は車を停めて、右側の助手席に置いたバッグからラジオレシーバーと双眼鏡を取りだし、祖母の作ってくれたサンドイッチの入った籐を編み込んで作られたバスケットなどを両手に抱え持ち出した。運転席のドアを右腰で押して閉め、偵察用の定位置まで進む。

 木立の隙間の草むらにバスケットから出したブランケットを敷いて、腹這いになる。ラジオレシーバーのダイヤルを調整し、周波数を合わせ、イヤホンを右耳に入れる。

 そうして、両肘を付いて双眼鏡を構えのぞき込む。この位置からは、池のほとりのログハウスの窓を望めるのだ。

 イヤホンからは二人の会話が聞こえて来た。国産の高級レンズを使った高性能の双眼鏡。そのピントを合わせると、ハッキリとした画像が僕の両目に入ってきた。向かって右に座るのがキース大佐で、左側に座っているのが、僕だけの妖精――クララクララちゃんなのだ。


「クララクララちゃん」

 彼女の名前をポツリと呟く。

 始めて彼女を見たときには、僕の脳天から足元まで電撃が走った。

 今まで経験した事の無い感覚だった。五週間前の木曜日。僕があの小屋のドアを叩き、彼女を呼び出した。傍らにいるキース・キングスコート大佐が、面会して話がしたい――との旨を一生懸命説明する僕。そんな僕の要領を得ない話に対して真剣に耳を傾けてくれたのが、彼女だった。

 その時の光景がありありと脳内に蘇ってくる。


 クララクララちゃんのサラサラの金色の前髪は、森を抜ける涼しげな風を受けて揺れていた。そのしなやかな髪の毛からのぞくのは、少し長めで先の尖った耳だった。それが彼女をエルフに思わせるのだった。

 真っ直ぐに僕に向けてくる両目の色は、宝石のサファイヤを想像させる綺麗な青であった。僕はしばし、彼女の顔を観察する。

 その宝石のように透き通り輝く青い目の下にあるのは、小ぶりだが可愛らしくツンと上を向いた高めの鼻だ。そして、化粧をしていないのに、鮮やかなピンク色の小さな口。顔も少女を思わせるあどけない顔立ちであるのだが、身長は割と高く、170センチメートル丁度の僕よりも、拳一つ低い程度だった。

 この子は、僕を森に迷わせる妖精なのだ。


 可愛らしい淡い花柄のワンピースの上に、白いエプロンドレスを羽織っているのだった。そのエプロンドレスは、肩口と裾に大きめのフリルを付けている。そして、大きく開いた胸元ではあったが、下に着るワンピースが彼女の素肌を隠していた。

 まあ、彼女の胸の方はそれほど大きくは無かったが、僕は女性の魅力を押し出して来るタイプよりは、そちらの方に遥かに好感を持てるのだった。

 僕は、五週間前その時の会話をありありと思い出す――。



「クララクララが、そちらのキースさんとお話をすれば良いのですね」

 彼女は自分自身の事を「クララクララ」と言う。それも可愛いと感じた。

 快活そうな表情の彼女は、僕の話の内容を理解してくれた様子だった。僕は女性との会話は苦手だ。少しどもりながらも、何とかコチラの意思を伝えたのだった。

 そうして、次の用件を切り出す。

「そ、そうなんだ。じ、時間は長くは取らせないからさ、た、大佐からの質問に正直に答えて欲しいだけなんだ」

「クララクララは、これまで一度たりとも嘘など吐きませんが。クララクララは、お二人から信用されていないのでしょうか?」

 急にヘソを曲げてしまったのか、そう言った後にホッペをプックリと膨らませ、押し黙ったクララクララちゃんの姿があった。


「そそそ、そんな事は無いよ。た、立ったままでは何だから、キース大佐とそちらのテーブルに向かい合って、話をしてはどうだろうか」

 僕は木製のドアを引いて、小屋の中に踏み入ろうと考えた。

「ダメです! 勝手に入らないで頂きたいのです! クララクララは、おじいさんが亡くなった後は、この家を一人で守ってきました。クララクララの事を信用なさらない人は、一歩たりとも家の中に入って欲しくは無いのです!」

 頑として僕達の侵入を拒み続ける彼女であった。変な所で頑固であるので、僕は途方に暮れて背後にいたキース大佐に助け船を求めた。

 僕が分析して出した結果。

 快活そうな少女――僕の第一印象の希望的観測は無残に打ち砕かれた。そこには、少し飲み込みの悪い、要領を得ない幼い少女の思考があった。


「クララクララ君。私の部下が失礼な物言いであったことは、謝罪する。私達は、決して君のことを疑っているつもりなどないのだ。ありのままのことを、ありのままに話して欲しいだけなんだ。誤解があったとしたら、そこから解きたいと思う。すまなかったクララクララ君」

 大佐は一歩進み寄ると、彼女の右手を取って親愛の意思を表すように、その場でひざまずいた。お姫様に忠誠を誓う騎士の姿を、僕はそこに見た。そして深くこうべを垂れるキース大佐。

 実に絵になる男だ。本当に格好いい。そして、本当に恨めしい。


「そ、そんなつもりでは、クララクララは無いのです」

 彼女は頬を赤らめて体を引き、ドアを押し止めていた力が緩くなる。飛び切りハンサムなキース大佐の口説き文句は効果満点であった。矢張り、男は顔なのか――失意の僕がドアから体を離すと、ゆっくりとドアが開いた。女性の心も、こうやって開いていくのであろうか。

 僕はそう分析した。


「入っても良いかな?」

「どうぞ、クララクララは歓迎します」

 キース大佐の前にアッサリと陥落するクララクララちゃん。ペコリと頭を下げていた。

 大佐は高い背を折り畳むようにして小屋の中に入っていく。そうしてドアが閉じられる。



   ◆◇◆


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