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破戒聖女と処刑聖女のありがたい説法(ざまあ) 〜腹の底から「ごめんなさい」が聞こえませんが、まだ文句あんの?〜  作者: 水藤紗弥
第1章【古井戸の怨霊と豚男爵】 編

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聖女? 義務? あんたらでどうぞ

※本作は「小説家になろう」のほか、

「カクヨム」「アルファポリス(外部登録)」でもマルチ投稿を行っています。

すべて作者本人による投稿です。


 教会の高いアーチ型天井と、どこかひんやりと肌を刺す石造りの冷気――のような、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 大聖堂の内部には、儀式用の香と、蜜蝋の甘くて少しスパイシー……なような匂いが静かに立ち込めている。


 刻限は正午。

 今日という日は特別だった。

 なにせ三十年に一度、太陽が正午きっかりに教会の真上に昇る、夏至。

 この日だけは、普段僅かに中心からそれている太陽も、教会の尖塔の上に位置するのである。

 天に昇った太陽の強い輝きが、窓に嵌め込まれた色鮮やかなステンドグラスを鋭く貫く。

 青、赤、金に紫――聖人たちの受難を物語のように描いた光が、ちり一つなく掃き清められた床へと降り注ぎ、そこに描かれた巨大な魔法陣――聖女召喚のための陣――の輪郭を色鮮やかに照らし出した。


 無数の魔導文字(ルーン)が、光と重なった瞬間、堂内を震わせる。


 召喚陣の前に配置された祭壇。そこに置かれた純銀で作られた鉢。

 底に沈められた深紅と群青の魔石が脈打つような明滅をはじめると、鉢を満たしていた祈祷済の聖水が、静かに小さな泡を立て始めた。

 魔石につく程度だった泡はやがてボコボコと激しい音を立てて水を揺らし、急激に温度を上げ、沸騰していく。


 もうもうと立ち上る湯気。その細かな水煙に、ステンドグラスからの七色の光が乱反射し、召喚陣の上へうっすらと、虹色の幻想的なアーチを描き出した。


 祭壇の前では、金の糸ふんだんにあしらった豪奢な祭服に身を包んだ神官らが左右に分かれて祈りの言葉を捧げ、召喚士とおぼしき老人は額に汗をびっしりと浮かべながら両手を掲げて呪文を唱えていた。

 彼は喉を枯らしつつ、重圧に負けぬよう気力を振り絞って、朗々とした召喚のための呪文を必死に紡ぎ出す。


「――刻は来たれり! 星と空の彼方、混沌より紡がれし運命の糸をたぐり寄せ給え! 悠久の時を越え、此処に顕現せしは白き浄化の導き手! いざ聖なる乙女、世界を照らす光となりてッ! この場に参らん!」


 神官の絶叫とともに、沸騰した聖水がバシュウウッ、と一気に噴き上がりながら蒸発した。

 青白い光が魔導文字を駆け巡り、ステンドグラスの光などすべて呑み込むほどのまばゆい閃光が、大聖堂の中央で炸裂する。


「お、おお……!」

「この目も開けられぬほどの光……もしや成功か!? 召喚の儀が成ったのか!?」


 まぶしさに目を伏せ、あるいは手をかざしながらどよめく人々。

 ローブをまとった高官や騎士たちばかりでなく、教会の高位神官の老人たちすら、期待と興奮に息を呑む。

 立ち込める白い靄が、ゆっくりと晴れていき――。

 光の残滓が落ちる召喚陣の中央には、異邦の女の姿があった。


 それも、二人。


「な、聖女が……二人?」

 本来、聖女が降臨すると記載されている。そこに人数についての記載はなかった。

 そのため、複数人いてもこれが異質なのか、すら分からないのだ。


 召喚された一人は黒髪の女。

 床にへたり込み、腰まである三つ編みを震わせながら自身の肩を抱えて、周囲を見て、状況を把握できないためか怯えたような表情を浮かべている。

そしてもう一人は――。


 気の強そうな茶髪ボブカットの女――トモエが、腰に両手を当てて召喚陣の上に仁王立ちしながら、周囲の神官や、万が一があった場合に備えて待機していた騎士たちへ、ゴミを見るような鋭い視線を向けた。


「なんなのこれ?」

 当然でありながらも、極めて不服そうな声音だった。

「聖女様。ようこそこの国においでなさった」

 トモエは、サラッ……と髪を揺らして、装飾品をじゃらじゃらと首から提げている神官を見やった。

 そのでっぷりとした五十代程度の男の後ろには、数人の若い神官が付き従っている。

 そちらと比べてみても、装飾品に錫杖、法衣の布地すら良質そうに見える。

 この男は教会でも高位の――大神官とか、枢機卿とかそういう立ち位置なのだろう。


「聖女?」

「はい、あなた方――いや、おそらくあなたが、この国を勇者と共に救い、魔王を討伐する使命を天より遣わされた御方なのです」

 大神官はちらりとへたり込んだままの女を一瞥したあと、堂々と仁王立ちしているトモエに視線を定めてそっと頭を下げた。

 おそらく黒髪のほうは、誤差の範囲――近くにいて巻き込まれたものと判断したようだ。


「つまり国を救うために戦えってこと?」

 トモエがそう聞き返すと、大神官はにこりと微笑んだ。

 笑った顔も薄気味悪いな、とトモエは素直に思った。

「さようにございます」

「お断りよ」

 即答だった。


 しぃん……と聖堂に一瞬静寂が広がり、次に困惑のざわめきが起こった。

「そ、そう言われましても、実際世界の危機に聖女が、あなたが現れて――」

「手前勝手な事情を説明されても、嫌なモンは嫌よ。なんで自分らの都合で呼ばれて、そんな世界の命運を勝手に背負わされて使い倒されないといけないわけ? 聖女がなんなのか知らんけどさ、全世界の神官集めて喝(か)っとばしてきなよ」

 なんとも蓮っ葉な口の利き方のトモエは、仁王立ちしたまま大神官とその周囲の聖職者を顎でしゃくる。

「そ、そんなことができるわけがありません!」

 大神官の後ろから、付き従っていた若い神官が反論する。

「なんでできないのよ? 何のために修行してんの? 奇跡を起こすためじゃないの? それとも金儲けのため?」

「無礼な! 我々は世界平和のために祈りを……」

「だから世界平和のために一丸となって聖なる力をぶつけてこいって言ってるじゃん? あたしたちじゃないとできないことがあったとして、説明も中途半端だし、力量も判断しないまま丸投げってことはさ、実力不足でも、任務失敗したら全部責任取ってくれるんだよね? 一筆書いて国の新聞に載せておいてくれる?」


 そうたたみかけると、威勢良く口を開いた神官は視線を背けて口ごもる。


「それは……、わたしの一存ではどうにも」

「じゃあ大神官とかその上の人に」


「……聖女様。あまりわがままを言ってもらっては困ります……」

 召喚士が弱り切った顔で言葉を継ぐが、ふんと鼻を鳴らして、なだめ役に回らざるを得なかった老人の言葉を一蹴する。

 そして未だに横でへたり込んでいる、暗い表情のおさげ女――ユラハへと視線を移した。

 じっと観察するように見ていると、ユラハも自分から逸れない視線を感じたらしく顔を上げてから、ちらっと目を合わせ、すぐに俯いてしまった。

 気が弱そうで、気配も薄そうな人だ。黒い瞳は忙しなく周囲の様子をうかがい、どうしよう、と小声で呟いていた。


 言いたいことが言えない人は一定数いるし、その『言いたいこと』というのは言葉がうまく出ずに頭の中が真っ白になってしまっているのか、それとも自分の言葉に自信がなかったり、意見など言っても無駄だ、と思っているのかもしれなかった。

 良くも悪くも、トモエはズバズバものを言うので、こっちではダメならそっちの弱っちそうな奴を使おう、とターゲットを変更するかもしれない。


(この人は交渉もまともにできなさそうね。すぐに押し切られるか放り出されそう……)


 仁王立ちしているトモエは、瞬時にそう悟った。

 ユラハの服装はグレーのスーツで、白いブラウスというオフィススタイル。

 一応同じ世界から喚ばれたとみていいだろう。


「聖女様。勇者様ご一行がまもなくご到着なさるのです。ですので、一緒に……」

「ご一行ってことは勇者は仲間がいるんでしょ? だったら勝手に仲間と旅を続ければいいじゃない。だいたい聖女の力って一体、討伐の何に使うのよ」

「魔王の封印に……」

「封印? それって、力を込めて『封じるぞー』って念じれば良いの?」


 トモエが周囲の者に問いかける。そこにいるのはおそらく有識者たちだが、結局封印方法はよく分かっていないらしい。


「さぁ……」

「たぶん……」

「聖女様もその瞬間に理解されるものなのでは……」


 そんな声ばかりで、はっきりと『そうです』『違います』『わかりません』と言い切る奴はいない。


「ったく、こんだけ人数いるのに、聖女の力や文献を研究する人とかいないの? 聖女呼べばなんとかなるでしょ、とか、自分たちが日々法力だかなんかを積み重ねてきたのに、ポッと出に頼ってなんとかしてもらおうとかダサすぎない? あんたたちの世界平和ってそんなもんなの? 庶民のほうがまだ真剣に世界の安寧を祈ってるよ」


 言葉のナイフが強すぎて、神官達も怒るべきか同意の形を取るべきか、無視すべきか分からなくなり、神に仕えるものや祈りを愚弄するのではありません、などと見当違いのことまで言い出していた。


「あんた達と話していてもしょうがないわ……あ。なんか、無地の札貸して。何にも書いてないやつね。そこでボーッとしてる聖女のあんた、立てる?」

「えっ……? わ、わた、わたし?」

 声をかけただけでビクついたユラハの手を無造作に握り、トモエは召喚士から札をむしり取るようにして受け取ると、人差し指と中指の間に挟み込んだ。


「もしかしたら、あんたのほうが聖女ってやつかもしれないし、ちょっと力貸してくれる? ここに、封じるぞ~って念をあんたも送ってよ」

「……は、はい……でもわたしなんかにできるかな……」

「何言ってんの? できる『かな』じゃなくて『やる』の。分かった?」

「は、はいぃ……」


 こちらのやる気すら削られてしまいそうな、気の抜ける返答。

 おどおどとしており、小動物然としている彼女も、聖女としてこの異世界に召喚されている、トモエと同じ存在だ。

 もしかしたらトモエとは別の、強い力があるのかもしれなかった。


「い、いきます……」

 ユラハがかざした掌から、札へと青白く光る、もやのようにも見える何かが流れていく。

 その光景に、周囲からは「おおっ」というざわめきが起こった。


 そこで、トモエも念を送るために深く息を吸い――。


「破ァーーーッ!!」


 まるで力を一気に放出させるかのような気合一閃の掛け声と共に、ボワッと、炎のように赤く光る魔力が揺らめき、札へと勢いよく注ぎ込まれる。


「ヒッ……、ちょっと、なに寺生まれみたいな技を……!」


 隣で集中している最中に、いきなりそんな大音量で気合いの声が飛び出せば誰だって腰を抜かすほど驚くに決まっているだろう。

 現にユラハはすぐさま二歩くらい横に移動していた。

 トモエは「そうねえ」と至極当然のように返事をする。


「寺生まれ『みたい』、っていうか……あたし実家が寺なんで、まあそうだよとしか……あ、はい。これ言われたとおりに気合いを込めた封印の札。勇者に渡しといてよ」


 召喚士の手に、黒々とした炭で書かれたかのような梵字が浮かび上がった札が握らされる。

 彼らの国の文字ではないそれを、召喚士は神官らに捧げるように手渡した。


「じゃあ、それであとはよろしく。それで封印できなかったら、ほら、もう明治時代に神仏分離してるからさ? 魔王とかの封印は寺の管轄ではないということで、神様にお頼み申して」

「う、うわあぁ……よくわかんないけど寺生まれってどっしりしてて凄い……」

「メイジ? 魔法使いですか? シンブツ……ブンリ??」


 聞き慣れない単語をオウム返しに呟く召喚士を放置し、トモエは「行くわよ」と謎の感嘆を口にするユラハの手を強引に引っ張って入り口の方へと歩き始めた。


「せっ、聖女様がた! どこに行こうというのです……!」

 狼狽する召喚士や神官らの声を背に、トモエは振り返りもせず言い放った。

「あたしたちが住みよい場所、やりたいことを自分で探しに行くのよ!」

「そのような……勝手なことは困ります! 勇者様が本来の力を発揮できなくなります!」

 背後から響く、甲冑の擦れ合うけたたましい金属音と怒号。


「世の中は思いどおりにならないものよ。それを自覚しなさいな!」

 大聖堂を飛び出したトモエは、白亜の回廊を猛然とダッシュする。


 ユラハは何が何だか分からないまま、この口の減らない女と共にあてのない逃避行へと舵を切ってしまった――ことに気づいたものの、ここで後ろの兵士らに助けを求めるわけにもいかず、ただ足を動かしてトモエと進む状態だった。

お読みいただきありがとうございました!

脳筋聖女のトモエと、修羅場くぐり(むしろ巻き込まれ)のユラハ、教会の言うことを聞く気ゼロの二人の逃避行がここから始まります。


今作は短編を連載用に書いたもので、この一章の流れは大きく変わりませんが、設定や道中、ストーリーに少しだけ厚みを持たせました。

既に短編だった分の更新は終えておりますのでご安心ください。


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本作の続きは明日(10/19)の【18:10】に予定しています。

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