01 葬儀場から、勇者召喚
「あんたはいつもそうやってヘラヘラして! ばあちゃんの葬式なんだよ!? 少しは悲しそうな顔をしなさいよ!」
通夜が終わり、静まり返った葬儀場の親族控室。
母親の鋭い怒鳴り声が、冷たい壁に虚しく響いた。
「少しは真面目な弟を見習いなさい! あんたみたいな出来損ない、うちの息子じゃない!」
実の家族からの冷たい軽蔑の目が向けられる。
金髪にピアス、だらしなく着崩した喪服──どこからどう見ても、不真面目で軽薄だ、
それが家族から見た俺の姿だし、実際、そう思われるように二十年を生きてきた。
「母さん、落ち着けって。ばあちゃんも暗い顔されるより、いつもの俺の方が喜ぶっしょ」
適当なセリフを吐いて、親戚たちの冷ややかな視線から逃げるように控室を飛び出す。
誰もいない。葬儀場の暗い廊下。
自動販売機の明かりに照らされたガラスに映る自分の顔が、ひどくヘラヘラしていて虫唾が走った。
──嘘だ。
悲しくないわけがない。
「真面目に生きろ」なんて説教してくる奴らの言葉は、全部右から左に聞き流してきた人生。
でも、そんな出来損ないの俺の頭を、唯一「ジンは優しい子だよ」と微笑んで撫でてくれたのが、寝たきりのばあちゃんだった。
それなのに、俺は仕事や遊びを言い訳にして、最後の数ヶ月、お見舞いに行くことすらサボった。
その結果、「ありがとう」の一言すら言えずに逝かせてしまった。
──親の言う通りだ。俺はどこまでも「ハズレ」の人間で、最低の孫だ。
夜風にあたろうと、葬儀場の勝手口から寂しい裏手へ出る。
ぽつりと、「ごめんな、ばあちゃん。本当に、ごめん……」と呟いた瞬間、涙で視界がにじんだ。
同時に、ポケットのスマホが異常な熱を帯びてバグり始める。
「……あ? なんだよこれ」
画面に、謎のノイズが走る。テレビに映る砂嵐のような……。
次の瞬間、アスファルトの地面が液体のようにドロリと溶け、俺の身体は重力を失って真っ逆さまに墜落した。
まるで、世界から「お前なんか不要だ」と突き落とされるように──。
♢
「──よし、人数はぴったり百人だな! 儀式の、規定人数は満たした!」
大理石の冷たい床に背中を打ちつけ、激しく咳き込む俺の耳に、そんな傲慢な男の声が飛び込んできた。
視界を覆う眩い光に目を細めながら、なんとか上体を起こす。
そこは、見たこともないほど巨大で、荘厳な大聖堂だった。ステンドグラスから差し込む光のなかに、フードを被った大司教らしき老人と、きらびやかな法衣をまとった神官たちが並んでいる。
(……は? 大聖堂? 神官に、ドレス姿の王族……?)
周囲を見渡せば、俺と同じように床にへたり込み、困惑した表情で辺りを見回す若者たちが大勢いた。
制服姿の高校生、リクルートスーツを着た女子大生、作業着姿の男。年齢も服装もバラバラだ。日本全国からランダムに、強制的に引き抜かれたんだ──と、直感で分かった。
(嘘だろ。これって……俗に言う『異世界召喚』ってやつか?)
チャラチャラと遊びまくっていた俺だが、スマホの無料小説サイトやアニメを嗜む程度のオタク知識はあった。
テンプレ通りの展開に、周囲の奴らは「おい、これマジかよ!?」「チート能力!?」と一気に興奮し始めている。
しかし、俺の心は冷え切っていた。
つい数分前まで、俺はばあちゃんの葬儀場にいたんだ。後悔と、親への怒りと、行き場のない悲しみに暮れていた真っ最中だった。
(ふざけんな。なんで俺が、こんなファンタジーごっこに巻き込まれなきゃいけないんだよ……!)
帰りたい。今すぐ、あの静かな葬儀場に戻してくれ。
どうにか帰る方法はないか。そう思って周りを見渡すと、若者たちの目の前には、SF映画のように青く発光するプレート──ステータス画面のようなものが浮かび上がっていることに気が付いた。
「おおっ! 【聖剣術】に【爆炎魔法】だと!? さすがは勇者候補たちだ!」
「これなら我が国を脅かす魔王軍など、恐るるに足りんぞ!」
神官たちの歓声に、召喚された若者たちが調子づいたようにざわめき始める。
だが、俺の前に浮かび上がったプレートを覗き込んだ瞬間、神官の一人が分かりやすき顔を引き攣らせた。
「……なんだ、これは」
怪訝な声に、俺も自分のステータス画面に視線を落とす。
【名前:ジン】
【戦闘適性:F(測定不可)】
【生活スキル:介護】
「……あの、すみません。これって何すか?」
尋ねる俺に、神官は信じられないものを見るような、徹底的に冷酷な目を向けた。
「【介護】だと……? ふざけるな、誰の世話を焼くつもりだ! 魔法すらまともに使えん、戦闘力ゼロの役立たずではないか!」
「大司教様、どうされますか!? このような不良品、我が国の予算で養う余裕など……」
「ちっ、儀式を起動するための人数さえ揃えば、最後の一人など誰でもよかったのだ。構わん、つまみ出せ」
大司教と呼ばれた老人は、俺を人間とも思っていない様子で、虫ケラを払うように手を振った。
「おい、ちょっと待てよ! 勝手に呼んどいて、ゴミ扱いかよ!? 召喚したなら、責任持って元の世界に帰せって!」
両脇を鎧の騎士たちにガッチリと掴まれ、引きずられながら俺は叫ぶ。
しかし、神官たちは嘲笑を浮かべるだけだった。
「帰還の魔術など、存在するはずなかろう。安心しろ、お前のような無能にも、死に場所くらいは用意してやる。最果ての荒野で、野垂れ死ぬがいい!」
抗う術もなく、俺の身体は光り輝くゲートの中へと乱暴に押し込まれた。
目の前が、真っ白な光に染まっていく。
♢
「ぶはっ……っ!? げほ、げほっ!」
口いっぱいに砂混じりの熱風が入り込み、俺は激しくむせ返った。
なんとか立ち上がり、顔についた土を払って周囲を見渡す。
その光景に、言葉を失った。
そこは、見渡す限りの赤茶けた荒野だった。
まともに水が通っていない乾いた大地の割れ目から、トゲだらけの枯れ草が申し訳程度に生えているだけ。遥か彼方の地平線まで、人影はおろか、動物の気配すら一切ない。
「まじ、かよ……」
貸衣装のブラックスーツは、引きずられた拍子に破け、赤土でドロドロに汚れている。
胸ポケットからスマホを取り出してみたが、画面は激しく明滅する砂嵐を映し出したまま、ぷつりと音を立てて二度と動かなくなった。
あの通夜の夜、ばあちゃんの遺影を前に感じていた──あの世界との繋がりが、文字通り完全に切れた瞬間だった。
家族には「出来損ない」と罵られ、大好きなばあちゃんの死に目にすら立ち会えず、訳も分からず連れてこられた異世界でも「ハズレの数合わせ」として使い捨てにされた。
「はは……ウケるわ。俺の人生、どこまでいっても『ハズレ』なわけ?」
乾いた笑い声が、虚しく風の音に掻き消されていく。
それでも、ここで座り込んで死ぬわけにはいかない。
ボロボロになった革靴を引きずりながら、俺はあてもなく、最果ての荒野を歩き始めた。




