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第36話 エピローグ 【もう一つの施設】


春が来ていた。


グリーンヒルズなごみの桜も咲いている。


春子が亡くなって数か月。


大森は相変わらず主任だった。


美月も辞めていない。


施設長もいる。


何も変わらない。


いや。


何も解決していない。


人手不足も。


低賃金も。


離職も。


看取りも。


相変わらずだった。


それでも職員たちは今日も出勤している。


誰かの人生を支えるために。


その日の昼休み。


大森はスマートフォンを見ていた。


介護職向け求人サイト。


何気なく開いた広告。


そこで指が止まる。


【ホスピス型住宅施設】


【年収650万円以上】


【夜勤回数応相談】


【残業ほぼなし】


【看護師・介護職募集】


大森は思わず苦笑した。


「うちの倍じゃない。」


美月が覗き込む。


「何ですか?」


「求人。」


「えっ。」


美月が固まる。


年収。


休日数。


福利厚生。


全部違う。


別世界だった。


「こんな施設あるんですね。」


「あるみたいね。」


大森は画面を閉じる。


だが。


どこか引っかかっていた。


こんな条件で。


どうやって利益を出しているのだろう。


その頃。


別の街。


真新しい建物。


ホスピス型住宅施設


「リヴェールガーデン」


広い個室。


ホテルのような内装。


利用者の笑顔。


家族の笑顔。


職員の笑顔。


誰も怒鳴らない。


誰も走らない。


誰も疲れていない。


まるで理想郷だった。


食堂。


介護士が利用者の隣で談笑している。


看護師がゆっくりバイタルを測る。


利用者家族が言う。


「ここに入れて本当に良かった。」


職員が笑う。


「ありがとうございます。」


心からの笑顔だった。


その中に一人の男性がいた。


介護職員。


西田健一。


かつての西田とは別人だった。


無精髭はない。


安物の眼鏡もない。


疲れ切った表情もない。


身だしなみも整っている。


笑顔すら増えた。


利用者が言う。


「西田さん。」


「はい。」


「あなたがいてくれて良かった。」


西田は少し照れながら笑う。


「ありがとうございます。」


数年前。


グリーンヒルズなごみで働いていた頃。


そんな余裕はなかった。


利用者と話す時間も。


笑う時間も。


なかった。


今は違う。


給料も良い。


人も足りている。


休みも取れる。


利用者も満足している。


理想の介護だった。


だが。


施設の奥。


職員専用エリア。


一人の看護師がパソコン画面を見つめていた。


険しい表情。


画面には診療報酬明細。


訪問看護記録。


算定記録。


そして。


「おかしい・・・」


小さく呟く。


「こんなはずない。」


何度計算しても。


何度見直しても。


辻褄が合わない。


利用者は満足している。


家族も感謝している。


職員も幸せそうだ。


それなのに。


その幸せを支えている金の流れだけが、


どこか歪んでいた。


看護師はUSBメモリを握る。


迷っていた。


告発するべきか。


見て見ぬふりをするべきか。


その時。


施設の窓から見えた。


利用者と笑う西田。


幸せそうだった。


利用者も。


家族も。


職員も。


みんな。


看護師は目を閉じる。


そして思う。


「この幸せを壊していいのか。」


数日後。


東京。


メディカルリンク本社。


榊真司の机に一通の依頼書が届く。


件名。


『内部告発者対応のご相談』


依頼施設。


ホスピス型住宅施設


リヴェールガーデン


榊は書類を開く。


内容を読む。


そして。


珍しく眉をひそめた。


そこに書かれていたのは、


施設を守るために、


一人の看護師を解任してほしいという依頼だった。


窓の外では桜が散っている。


榊はまだ知らない。


次の依頼が、


これまでで最も難しい案件になることを。




解任請負人 第二部 介護施設編 完

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