第11話 【異常なし】
午前一時二十分。
職員休憩室。
佐藤美月はパソコン画面を見つめていた。
田中義雄死亡当日の記録。
何度見ても違和感が消えない。
死亡確認時刻。
午前〇時四十七分。
巡視記録。
【01:00 訪室 異常なし】
ありえない。
少なくとも自分は書いていない。
発見後は救急要請。
家族連絡。
医師連絡。
事故報告。
そんな余裕はなかった。
誰かが後から入力した。
美月は背筋に冷たいものを感じた。
その時だった。
「何見てるの?」
突然の声。
美月は飛び上がった。
振り返る。
大森だった。
「主任・・・」
画面を見る。
そして。
一瞬だけ。
大森の顔が固まった。
ほんの一瞬。
しかし美月は見逃さなかった。
「その記録。」
「・・・。」
「閉じなさい。」
静かな声だった。
怒鳴っていない。
だからこそ怖かった。
「主任。」
「何。」
「誰が入力したんですか。」
沈黙。
「分かりません。」
「でも私じゃありません。」
「・・・。」
「主任も知ってますよね?」
大森はしばらく黙った。
そして。
ゆっくり椅子に座る。
「美月。」
「はい。」
「介護施設ってね。」
「・・・。」
「正しいことだけでは回らないの。」
美月の心臓が強く鳴った。
聞いたことがある。
田中の件でも。
改善提案でも。
同じ言葉。
「それって。」
「記録を書き換えていい理由になりますか。」
大森は答えなかった。
代わりに。
窓の外を見た。
「五年前。」
突然だった。
「転倒死亡事故があった。」
美月は息を飲む。
「当時。」
「職員は今より少なかった。」
「夜勤は二人。」
「利用者は今とほとんど同じ。」
「転倒が起きた。」
「家族は怒った。」
「訴訟になった。」
大森の声は淡々としていた。
「職員は辞めた。」
「利用者も減った。」
「ボーナスも消えた。」
「施設が潰れかけた。」
「・・・。」
「私は見たの。」
大森の目が揺れる。
「利用者が他施設へ移れなくて困る家族も。」
「行き場を失う高齢者も。」
「職員が生活を失うところも。」
初めてだった。
大森が弱さを見せたのは。
「だから。」
「もうあんなことは起こしたくない。」
美月は聞く。
「だから隠すんですか。」
大森は何も答えない。
その沈黙が答えだった。
その夜。
榊は山下から受け取ったコピーを見ていた。
五年前の原本。
そして施設保管記録。
明らかに違う。
改ざんは事実だ。
問題は誰がやったか。
その時。
スマホが鳴る。
非通知。
榊は出る。
無言。
数秒後。
男の声。
「山下に会ったな。」
榊は表情を変えない。
「誰ですか。」
「余計なことを調べるな。」
通話終了。
ツーツーツー。
榊はスマホを置いた。
施設長ではない。
声が違う。
大森でもない。
もっと若い。
男。
今まで名前も出ていない誰か。
グリーンヒルズなごみには、
まだ表に出ていない人物がいる。
そしてその頃。
美月は更衣室のロッカーを開けた。
中に封筒が入っていた。
差出人なし。
一枚の紙。
そこには、
たった一行だけ書かれていた。
「山下明美の二の舞になりたいのか?」
美月の手が震える。
誰かが見ている。
自分が調べていることを。




