プロローグ
雲ひとつない晴れ渡った空の下、公園では犬の散歩をしてる人や、ブランコを母親に押してもらってる小さな子どもが思いのまま過ごしてる。特に変わったことはない、普通の日常だった。
そんな穏やかな昼下がり、とあるビルの屋上に一人の女性がいた。
思い詰めた顔をしてフェンスを握りしめ、遠くを見ているがどこを見ているかは分からない。
時々思い出したようにそっと腹に手を当て、音が鳴らないスマートフォンの画面を見て、深いため息を着く。
何度かそれを繰り返した後、フェンスに足をかけようとしたその時だった。
「あなた、こんな所で何をしているの?」
突然のことに女性は驚き、びくりと肩を揺らす。
恐る恐る振り向くと、黒いゴシック調のドレスに身を包んだ少女がこちらを見ていた。
「こんな所にずっと居たら冷えて身体に悪いわよ」
「……だ、誰よあなた、あなたには関係ないでしょ……!」
突然現れた少女にどこか異質な物を感じ取り、女性は拒絶の言葉を放つ。しかし少女はそれで気分を害した様子は無く、女性の胸の下の、胴体の部分に視線を落とす。
「まるでこの世の全てが敵になったみたいな顔をしてるわね。まあそうなるのも無理はないかもしれないけど」
妖艶な笑みを浮かべながら少女が女性に向かって歩を進める。かつ、かつ、と黒いパンプスを鳴らして歩くその姿からは、目に見えない何かが発せられてるような錯覚を起こした。
女性はその少女の存在感に圧倒され、足がすくんで身動きが出来なくなる。ガタガタと震えながら拒絶の声を出すのが精一杯だった。
「な……なに、やだ、こっちに来ないで……」
「確かにあなたも可哀想なんだけどー……」
少女の目に同情の色が僅かにこもる。その目を下に向けながら女性の目と鼻の先まで近付くと、
「あなたは、もーっと可哀想だわ」
憐れむような低い声でそう呟きながら、少女が女性にもたれかかるようにして胸の前に自身の手を当てた。
すっと離れた時、女性の胸には黒い物体が埋め込まれていた。
「あ……え……っ?」
それが何なのか女性が確認しようとして、しかしすぐに意識が途絶える。
その場で倒れた女性を、少女が憐れみを含んだ笑みを浮かべながら静かに見下ろしていた。
女性のそばにはスマートフォンが落ちていた。
『ねえ、今度いつ会える?』
『お願い、大事な話があるの』
『私、子供が出来たの。あなたの子よ』
『ねえ、お願い返事をして』
『あなたの子ならとっても可愛いわ。あなたと一緒に育てたいの』
チャット画面には、既読が一切付かない文字の羅列が並び、その画面が動くことはとうとう無かった。




