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プロローグ・第一話【救いに値する罪 】

世界には、心を失った人がいます。


彼らが怪物になるとき、

その心を、誰が拾い上げるのでしょうか。


これは、そんな誰かを“救う側”になった

子どもたちの物語。

 毎日のニュースには、相変わらず誰かの悲鳴と誰かの無関心が並んでいた。

 少しだけ未来になっても、その構図は変わらなかった。

 今日もまた、誰かが気づかぬふりをした“崩れる音”が、私たちのどこかを壊している。


 ある街で、突如として人が暴れ出す。

 ガラスが割れ、車がひっくり返り、誰かが叫ぶ。

 でも、その“誰か”の顔を、ニュースは決して映さない。


 怪物が現れる。

 大きさも姿も違うけれど、その瞳だけは、いつも悲しみを湛えていた。


 人はそれを“災害”と呼び、遠巻きにし、忘れていく。

 けれど、私たちは知っている。

 あれは、心を失くした誰かの、最後の叫びなのだと。


 だから――

 私たちは戦う。


 この手に、心を救う力がある限り。


─────


 夜の住宅街を、一人の男が必死に走っていた。

 背広の裾が風に舞い、足元はつまずきそうなほどもつれている。

 後ろから、何かが追ってくる音がする。

 地面を爪で叩くような、湿った風を巻き込むような、異様な足音。


 振り返ると、そこには――


 人の形をした“それ”がいた。

 しなやかな四肢、爬虫類のような鱗、首元には膨れたフリル状の皮膚。

 まるでエリマキトカゲのような姿の怪物が、喉の奥で低く唸りながら迫ってくる。

 男は悲鳴を飲み込み、再び走った。

 だが、あと数歩。怪物が飛びかかろうと身を低く構え――


 その瞬間だった。


 夜空に、一筋の光が走った。

 それは実体を持たぬ、けれど確かに存在する光の矢。

 矢は怪物の足元を貫き、地面を裂くような閃光を放つ。


「――いた」


 男が顔を上げると、視線の先に一人の少女がいた。

 街灯の陰から姿を現したその少女は、静かに弓を構えている。

 制服の上から黒いジャケットを羽織り、鋭い目で怪物を見据えていた。


「誠司、見つけた?」


 少女が小さな無線機に囁くように呼びかけた。

 その声は男には届かないが、すぐに答える声があるようだった。


 次の瞬間――


 怪物の背後で、乾いた破裂音が響いた。

 銃声だ。静かな住宅街に不釣り合いな、鋭い音。

 撃たれた怪物が咆哮を上げ、苦しげにのたうち、やがて膝をつく。


「――ッは、はあっ……た、助かった……!」


 呆然としていた男が、ようやく言葉を取り戻す。

 駆けつけてきた少年の姿を見て、必死に礼を述べた。


「君たちが……助けてくれたのか。ありがとう、本当にありがとう……!」


 しかし、少年も少女も、言葉を返さない。

 二人はただ、倒れた怪物を静かに見つめていた。

 怪物の身体が、黒いもやのようなものに包まれていく。

 そのもやはゆっくりと形を崩し、やがて空気に溶けるように消えていった。


 そして、もやの中から現れたのは――一人の女性の姿だった。

 ボロボロの服に包まれ、顔は傷と涙で濡れている。

 その姿を見た瞬間、男の表情が強張った。


「……この人に、見覚えはありますか?」


 少女が静かに問いかけた。

 その言葉に、男の顔は見る見るうちに青ざめていく。

 足元が崩れ落ちそうになるのを、どうにかこらえながら、彼は言葉を失っていた。


─────


 壁一面のモニターに、都市の地図と共に「CASE-00987」の文字が浮かんでいる。

 ここは、DSI──正式名称「Dark Symptom Investigation」。

 各地に現れる異形の存在、通称ロストを調査・救出するために設立された、対ロスト対策機関の東京本部だ。

 機密保持のため、表向きには国防関連の研究施設とされている。

 ブリーフィングルームの中央。

 長机の向こうに立つ黒いジャケット姿の男が、資料ファイルを軽く叩きながら言った。

「今回、怪物ロスト化したのは若葉区に住む29歳の女性。襲われた男性とは不倫関係にあったそうだ」

 若葉区──東京都心からやや離れたベッドタウン。どこにでもありそうな静かな住宅街。

 その説明を聞いた瞬間、立っていた少年が小さく顔をしかめた。

「……あのおっさんも、なんか怪しいとは思ってたけどさ。不倫か。ってことは、女性の方も一概に被害者ってわけじゃないってこと?」

 そう尋ねたのは、飛渡誠司ひわたり・せいじ──15歳。

 DSIのセイバーとして、黒曜石から武器を顕現させ、ロストを鎮める力を持つ少年だ。

 その誠司の隣に静かに立っていたのが、白崎明日香しらさき・あすか──同じく15歳。

 無言でファイルに目を落とし、誠司の隣で状況を聞いている。整った顔立ちに冷静な光を宿す瞳。どこか年齢以上の影を感じさせる少女だった。

 報告書を閉じ、向かいの男──DSIの指揮官であり誠司の父でもある飛渡章吾ひわたり・しょうごは、困ったような顔で頭をかいた。

「いや、女性の方は男性に妻子がいることを知らされてなかったんだ。しかも男性との子どもを身ごもってしまってね……。そのことを打ち明けた途端、男は彼女を切り捨てたそうだ」

「……うわあ、最低すぎる……」

 誠司が眉をしかめ、声を落とす。

 DSIが扱うロスト──それは、強い絶望に囚われた人間の中に“黒いモノ”、通称ニードルが入り込み、肉体と精神を歪めて生まれる異形の存在。

 その根本には、必ず“救いきれなかった感情”がある。

 誠司の横で黙って話を聞いていた明日香が、ふと小さく口を開いた。

「……それで、お腹の子は……大丈夫だったんですか?」

 その声は不意を突くほどに静かで、けれど真っ直ぐだった。

 章吾は少し目を細め、頷いた。

「ああ。まだ妊娠初期だったからね。外傷もなく、お腹も目立たない時期だった。どうやら無事のようだよ」

「……そうですか。よかった」

 明日香は小さく息をつき、安心したように瞼を伏せる。

 その横顔をちらりと見て、誠司は何も言わず頷いた。

「まあ、女性も男性も罪を犯したわけじゃないから、警察には連絡しない。ただ、お互いいずれ弁護士を通すことになるだろうな」

 章吾はそう言ってモニターを切る。

「今から、女性の保護先に向かう。面会の許可は取れている。同行できるか?」

「はい。まだケアが済んでませんから」

「もちろん行くよ。放っとけないしな」

 誠司が力強く言い、明日香は静かに頷いた。

 ふたりの足音が、扉の奥へと消えていく。


────


 保護施設の一室──薄いカーテンが引かれた静かな応接室に、若い女性が一人、椅子に座っていた。

 痩せた体に白い毛布をかけ、目元はどこか虚ろで、何かを噛み締めるように唇が震えている。

 部屋には看護師と、DSIの職員である飛渡章吾、そして明日香と誠司がいた。

「この子たちは、君を怪物から救った支援隊だ。少し話をしても構わないか?」

 章吾の問いかけに、女性はわずかに頷いた。

 静かに明日香と誠司が彼女の前に腰を下ろす。

 誠司はどこか気まずそうに視線を彷徨わせ、明日香はまっすぐ女性を見つめた。

 しばし沈黙が流れたのち──女性がぽつりと口を開いた。

「……私は、何も聞いてないんです。あの人に妻子がいたなんて……。信じてたのに……。一緒にいられるって……」

 声は細く、震えていた。

「子どもさえ……子どもさえ出来れば、結婚できると思ってたのに……!」

 その声は一転して感情をあらわにし、掠れながらも吐き捨てるようだった。

 拳を握り締め、涙がこぼれそうな目で、彼女は言葉を続けた。

「私は、間違ってましたか……? 彼を信じたこと、子どもを……その手段にしてでも、繋ぎ止めようとしたこと……」

 その瞬間だった。

 明日香が、はっきりとした声で言った。

「……そのお腹の子は、貴女の道具じゃない!」

 室内の空気が、静かに張り詰めた。

 誠司がわずかに明日香の横顔を見る。章吾は何も言わず、ただ静かに彼女の背中を見守っていた。

 明日香はまっすぐ女性の目を見据えて言葉を紡ぐ。

「貴女が苦しかったことは、分かります。でも……その子は、誰かを繋ぎ止めるための“手段”じゃないんです」

 言葉は冷たくはなかった。ただ、凛としていて、まるで祈るような熱を帯びていた。

「どうすれば、そのお腹の子が“幸せになれるか”……それだけを、考えてください」

 女性の肩が、小さく揺れた。

 握っていた拳がゆるみ、涙が一粒、頬を伝う。

 「……そんなこと、分からない……けど……けど……」

 声にならない嗚咽に、誠司がそっとティッシュの箱を差し出した。

 女性はそれを受け取り、顔を隠すようにして静かに涙をぬぐった。




 「……ああいう時、なんて声かけりゃいいんだろうな……」

 女性との面会が終わった後、通路を歩きながら小さく呟いた誠司の肩を章吾が叩きながら答えた。

「必要なのは、声じゃなくて――“立ち止まって寄り添ってくれる誰か”だよ。……今の明日香みたいにね」

 その言葉に、誠司は明日香の横顔を一瞥し、少しだけ苦笑した。

 明日香は隣で歩きながら一言も発さずに、窓の向こう、薄曇りの空を見つめていた。


────


 DSI本部の休憩フロア──


 薄明かりが灯る静かな一角で、小さな少女が椅子の上で膝を抱えていた。テレビの画面にはゆるいアニメが流れているが、目はそこに向いておらず、扉の方をじっと見つめている。

 ドアが開き、明日香の姿が現れると、少女はぱあっと表情を明るくした。

「お姉ちゃん!」

 小さな身体が勢いよく飛びついてくる。明日香は受け止めながら、柔らかく微笑んだ。

「ただいま、沙夜」

「ねえ、今日は何してたの? 怪物とバンバンってした?」

「うーん、ちょっとだけね。……ちゃんとお利口にしてた?」

「うんっ。さっき、係のおじさんがアイスくれるって言ったけど、お姉ちゃんが帰ってくるまで我慢したの!」

 得意げな笑みを浮かべる少女、明日香の妹である白崎沙夜しらさき・さやの頭を、明日香はそっと撫でる。

 その背後から、飛渡章吾が歩いてきた。

「明日香、これ」

 手渡されたのは、少し厚みのある茶封筒だった。

「今月の分だ」

「ありがとうございます」

 明日香はきちんとお辞儀をして、それを受け取る。

 そのやり取りを、誠司が黙って見つめていた。何か言いたげなまなざしを明日香に向ける。

「……なあ。いつも思うんだけどさ。ロストを助けるのに、それって本当に必要か?」

 明日香はちらりと誠司を見てから、当然のように答える。

「扶養から外れる額は受け取ってないし、私は誠司みたいに慈善事業でやってるつもりはないよ。沙夜も大きくなってきたし、食費もかかるの」

 さらりとした言い方だったが、その裏には、揺るがない現実があった。

 生活のため、妹を守るため──戦わなければならないと思い込んでいるわけではない。

 ただ、“やるなら、その対価は受け取る”──それが彼女の選んだ等価交換だった。

 誠司は言い返すことなく、ただ口を閉ざして明日香を見つめた。

 章吾が、空気を和らげるように口を開いた。

「まあまあ、明日香の家は母子家庭で色々あるからね。今日はもう遅い。送っていくよ」

「ありがとうございます、飛渡さん」

 明日香はぺこりと頭を下げ、沙夜の手を取りながら歩き出す。

 小さな足音と、明日香のローファーの音が、静かな廊下に響く。

「……ねえ、お姉ちゃん。今日のごはん、なに?」

「帰ってからのお楽しみ、かな」

 沙夜が嬉しそうに笑い、明日香も少しだけ表情を緩めた。

 その後ろ姿を、誠司はじっと見送っていた。

 言葉にはしなかった思いが、胸の中に静かに積もっていく。

 明日香が遠ざかる背中を見つめながら、誠司はぽつりと呟いた。

「……あいつ、笑ってるけど……全然、笑ってねえじゃん」

 それは自分の無力さに対する嘆きだったのか、

 それとも、何も変えられない世界への怒りだったのか──

 少年はひとり、その答えを探しながら、夜の廊下に取り残されていた。

人間が怪物になってそれを主人公達が助けるという骨組みを考えたのは小学生の時で、

世界観や設定等を考えたのは主に中学生〜高校生の時です。

当時厨二病真っ只中の頃に考えたのとその時ダークファンタジー物が世間的に流行ってたのもあり、それらが反映されてる可能性があるので最近流行りの作品とは違い、少し時代遅れな作風かもしれません。

ただずっと考えてきた話なので、最後まで頑張って書ききりたいと思ってます。

宜しければお付き合い頂ければ嬉しく思います。

評価や感想お待ちしてます(出来れば甘めの褒め言葉が嬉しいです)

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