第一話【救いに値する罪】(一)
男は走っていた。
夕暮れの赤い空が徐々に群青色に染まる中、電柱のスピーカーからは帰宅を促すアナウンスが流れ外遊びをしていた子ども達がそれぞれの自宅に帰ろうとしている。
自転車に買い物袋を乗せた年配の女性も夕飯を作る為に家路を急いでいる。
そんな穏やかな日常が流れている中、男は走っていた。
切羽詰まった表情を浮かべ額から脇から汗を流しながら、後ろを振り向くことなくただ真っ直ぐに前を見つめて走っていた。
どこに向かっているのか分からなかったが、とにかく男は一心不乱に走っている。しかし角を曲がろうとしたその時足がもつれ、アスファルトの窪みにつま先が取られ体制を崩してしまった。
胸が勢いよくアスファルトに叩きつけられ、一瞬だけ息が詰まる。ぶはあと思いきり酸素を吸い込み荒い呼吸を繰り返しながら、男はどうにか上半身を起こす。その時今まで絶対に見なかった後ろを見てしまった。
男は驚愕し目を見開いたまま身体が硬直する。
そこには今まで見たことがない巨大な怪物がいた。
いつの間にか日が完全に沈み辺りが黒い漆黒の闇に覆われているその場所で、怪物が電柱の無機質な光と月光に照らされて立っていた。
しなやかな四肢、爬虫類のような鱗、首元には膨れたフリル状の皮膚。
まるでエリマキトカゲのような姿の怪物が、喉の奥で低く唸りながらそこに居た。
「く……来るな! あっちいけ!」
腰が抜け立ち上がることが出来なくなった男は、腕の力だけで後ずさりしながら怪物から距離を取ろうとする。
しかし亀の歩行よりも遅いそれでは逃げる事など出来やしない。
怪物が首を持ち上げ、細長い舌を出して威嚇をする。
恐怖に震えた男が情けない悲鳴をあげ、腕で顔を覆ったその時だった。
男の脇を、一筋の光がすり抜ける。
それが怪物の足に、胸に当たり、痛みが怪物を襲ったのかその場で苦しそうにのたうち回る。
男が恐る恐る腕を下ろし後ろを振り返ると、そこには弓を構える一人の少女がいた。
中学生くらいだろうか。制服を着ている様だが紺色のジャケットを羽織っていて、どこの学校の生徒かは分からない。二つに結んだ髪が夜風になびいていて、月明かりに照らされ手に持っている弓がキラリと反射して光った。
妙に大人びて見えたその少女が鋭い眼光で怪物を見つめ、目線を下げて男を見る。
「こっちです」
くるりと踵を返して少女が走り出そうとする。男は我に返ってもつれる足を叱咤しながら立ち上がり、少女と同じように走り出した。
後ろからどしどしと、怪物がアスファルトを蹴る音が響く。それに追いつかれまいと男は必死になって少女の後を追った。
暗い路地の迷路を抜けるように進んでいく。ふと前を走っていた少女が立ち止まり男も少女に追いついて止まる。
そこは行き止まりだった。路地はそこで道が途絶えており、男と少女の前にはブロック塀が立ち塞がっていた。
「お、おいっ! 行き止まりじゃないか!? これじゃああいつにすぐ追いつかれ———っ!」
男が少女に向かって声を荒らげたその時、後ろから響いていた地響きのような音が止まる。
男は腰を抜かし、その場に座り込んで立てなくなってしまった。
「ど、どうすりゃいいんだ! 俺は君を信じて着いてきたんだぞ!?」
追い詰められた男の情けない叫びが路地に響く。大の大人が十代の少女に縋り付くなんてプライドが無いのだろうか疑問が生まれる。しかし少女はそんな男を立ち上がらせようとせず、怪物の前に立ち弓を構えた。
弦を引くと光の矢が現れ、それは怪物に狙いを定めている。
「私は、貴方を助けたのではありません」
熱のこもらない淡々とした口調で、少女がそう言った。
男が信じられんと言わんばかりに目を見開き少女を見上げた時、少女の手から矢が放たれる。
それが怪物に当たった直後、パァンという空気が弾ける音が響いた。
怪物がけたたましい雄叫びを上げ、ずしんという音と共にアスファルトに倒れる。
倒れた怪物の背後から、一人の少年が姿を現した。
少女と同じジャケットを羽織ったその少年は、黒く光る銃を構えていた。
「……な、なんだ、君じゃなくてあの子が助けたって言いたいのか。紛らわしいことを言わないでくれよ」
男はへなへなと力が抜けたような笑いを少女に向けるが、少女は男の方を見ようとはしなかった。
「いいえ。私が助けたのは、あなたではありません」
少女が再度、念を押すようにそう言い放つ。
怪物の横を通り抜け、少年が少女のそばに来た。
「無事に壊した?」
「ああ、月明かりで光ってよく見えたから、外してない」
「そう、分かった」
「お、おい何なんだ一体。話が良く見えな——」
少女達の会話の意図が分からず男が声をかけたその時、怪物の身体を黒いモヤが覆う。
完全に覆ってその姿が見えなくなり男が訝しんでいると、徐々にそのモヤが晴れてくる。
それが完全に晴れたその時、怪物が倒れていた場所には、一人の女性が倒れていた。
汚れた服で、裸足になった足の裏は赤く血が滲んでいる。しかし男性はそんな事には目もくれず、女性を見た瞬間息を飲んだ。
「この女性に、見覚えはありませんか?」
少女が冷たい視線で男を見ながら、淡々とした口調で問う。
はっ、はっ、と呼吸の仕方を忘れてしまった様に男は口を動かし始める。少女の問いには答えなかったが、まるでその女性の事を知っているような、そして会いたくなかったかのような素振りだった。
「な、なんで、いや違う……知らない、俺は知らない! そんな女知らない! こんな勘違い女、俺は知らな……っ!」
男は女性から目を逸らし、首を横に振り続ける。
その情けない男の姿を、少女が少年と共に静かに見つめていた。
人間が怪物になってそれを主人公達が助けるという骨組みを考えたのは小学生の時で、
世界観や設定等を考えたのは主に中学生〜高校生の時です。
当時厨二病真っ只中の頃に考えたのとその時ダークファンタジー物が世間的に流行ってたのもあり、それらが反映されてる可能性があるので最近流行りの作品とは違い、少し時代遅れな作風かもしれません。
ただずっと考えてきた話なので、最後まで頑張って書ききりたいと思ってます。
宜しければお付き合い頂ければ嬉しく思います。
評価や感想お待ちしてます(出来れば甘めの褒め言葉が嬉しいです)




