008 デブ、問う
鉄平がキャンプに来て、何日か経った。
その間、何か起こったかと聞けば、無いとしか言えないだろう。
特に何事も、変化も無く。ただ訓練ばかりの、毎日が過ぎてゆく。
世界の終わりの前なのに。日常はただ、過ぎるだけ。
「――なあそう言えば。リアリの持っている剣も魔道具なのか?」
『うん、魔道具。少し、特別だけど』
いつもの訓練の合間。鉄平はキコに聞いた。
どうってこと無い、ただの疑問。
「特別?」
『そう、特別。一つは、効果が複数ある。例えば、私のナイフは弾くだけ』
「ああ、それはこの間教えてもらった」
程度とかは、調整できるらしいが。
でも、ほんとにそれ以外は出来ないらしい。因みに俺は使えなかった。
『だけど、リアリの剣、異なる剣は違う。あれは、身体能力を上げたり、切れ味を上げたり、何か出したり、相手の攻撃を弱めたり。もっとたくさんある』
「そんなにか。えらいチート臭え武器だな……」
スライムの体を吹き飛ばしたのも、そういうことか。
『二つ目。普通の魔道具は、適性が無いものが使ってもペナルティは無い。効果を発揮できないだけ。でも、異なる剣は拒絶する』
「拒絶? 鞘から引き出せないとか、そういうことか?」
『そんなやさしいものじゃない。触ろうとすれば、焼けただれる。持とうとすれば、指がひしゃげたり、血が吹き出したり。生物なら何でも』
「マジかよ。ちょっとツンデレが過ぎやしませんかね……」
何というか、むごい。
使い手探すだけでも一苦労だな。
『三つ目。そんなだから、異なる剣の使い手は、選ばれたものって言われる。それで、特別扱い』
「まあ、それは予想がつくな」
それだけのものは、応用だってききまくる。戦にも、政治にも。
ならば、余程の待遇をしなければ、自分たちが牙を向かれるだけだ。
「あれ? でも、リアリってそんなに特別扱いされてるか?」
そりゃあ、一般人よか優遇されてるだろうけれど。でも、その程度。
その割には、忠誠心とか高そうだけれど。
『それは、リアリだから。もう、選ばれたもの以外の、何も残ってない抜け殻だから。優遇とかも、必要ない』
「まあ、無欲そうでは有ったけれど……そんな抜け殻って感じじゃなかったけどなあ」
酷い言われようだ。
『取り敢えず。異なる剣は、それだけ恐い。リアリは、もっと恐い。そう思っておけば大丈夫』
「なるほどねえ……」
そんな感じで、質問への回答は終わった。
てきとうに座っていたキコも起き上がり、背を伸ばす。
『テッペイ。そろそろ、休憩終わり』
「あいよっ」
鉄平も起き上がり、木剣を握る。
次は、模擬戦の時間だ。
『あと、明日は森に肉を取りに行く。覚えておいて』
「お、良いな。そろそろマトモなもの食わねえと、痩せるところだった」
『それは大変』
「やっぱ突っ込んではくれないのね……」
そんな悲しみを吐き出しつつ。上段で、木剣を構える。振り抜く速度がある分、威力のあるこれが一番という話だ。
キコも、右手のナイフを前に出した。弾いて、カウンター。キコの、必殺の形。
――ん?
「なあ、キコって右利きだよな?」
『そうだけど、何』
今聞くことかと、非難の目で見られるけれど。
でも、気になったのだ。教えてくれよキコ先生。
「その割には――左側の方が筋肉ついてねえか?」
『……デブの割に、意外と、観察力ある』
「デブは関係ねえだろっ!」
けど、一応褒められた。嬉しい。でも、キコの体をコトある事にチラ見してたからだなんて言えない。
『でも、今は内緒。隠すほどでもないけど』
「そうか、じゃあいつか教えてよねっ!!」
『――!』
さあ、先手必勝。たまには、不意をついてでも勝ちたいのよ。だって、男の子だもん。女の子にあんまりコテンパンにされると、結構傷付くんだもん!
「――げふっ!」
『立って。二回戦』
にも関わらず、一撃で仕留められ。ああ、手段選ばなくてこれとか悲しすぎやしませんかね……
「こんちくしょうがっ。次は勝つ!」
『是非勝って』
完全に舐められてる。ちくしょう。それも、それだけの実力差が有るからだ。
だが、ずっと負け続けるつもりは無い。
いつかは勝つ。それだけ強くなる。鉄平はそう決めて、立ち上がった。
キャンプのある山の、隣の隣の、もう少し先。
生い茂る森。茂る緑。全てを覆い隠すはずのそれの中で、明らかに蠢くものがある。響く音がある。
――征ケ、征ケ。
それは、群れだった。集団だった。
手に槍を取り、昆を取り。百や二百じゃ利かない数が、歩み続ける。
――征ケ、征ケ。
獣の様な顔をした、にも関わらず二足で歩行する異形。
嘗て、この世界の歴史に、幾つも爪痕を残した者達。
――奪エ、奪エ。
彼は、この世界の終わりにも、奮起した。常に人間の外的だった彼らは、この時にもやはり敵だった。
――奪エ、奪エ。
だが、彼らにも理由が有った。彼らは農耕など知らぬ。だから、奪わなくてはならない。山から、野から、人間から。
――殺セ、殺セ。
亜人と呼ばれた彼ら。
でも、言葉を話す。家族を愛す。
人との明確な違いなんて有りやしなくて。だからこそ、敵対する。
――殺セ。
このざわめき。この脅威。
未だ、気づく者はいない。