009 デブ、走る
山林、ヤブを漕ぎながら。草木の中を掻い潜り。
邪魔な枝葉は、払い、払い。大小男女が歩いてく。
鉄平とキコ。その二人である。
「なるほど。左のが筋肉あるの、そういうことか」
前を歩くキコの姿を見て、鉄平が口にした。
左手に抱えた大鉈を振るうには。相応の筋力が要るだろう。
『そういうこと』
キコは短く返事をするだけで。振り返らずに進んでいく。
足取りが軽い。こうも整地されていない場所を歩けるってことは、相当に慣れているのだろう。
「それで、どんどん歩いてくけど、何処に行くの?」
ただ、何も言わずに先に行くものだから。目的地も解らない。理解るのは、肉を取りに行くってことだけ。
もう少し教えてくれたっていいじゃんか、キコ先生……
『あっちに、ギャップがある。若芽を食べに動物が来る。だから、それを殺る』
「おい通訳。お前がなんで俺の知らない言葉を使ってんだ」
『ええー。どっかで聞いたのを忘れてんじゃないのー?』
まあ、動物が集まる場所があるのか。それは、都合の良い狩場だろう。
ただ。
「あの、キコせんせー。お互い弓とか矢とか持ってきて無いんですが、どうやって狩るんでしょうか……?」
キコが持ってるのは、鉈とナイフ。俺が持ってるのは、護身にと持たされたロングソード。因みに初めて触った。
でも、それだけじゃあ、狩りは出来ない気がするんだけど……
『大丈夫、こうする――』
すると、キコが適当な小石を引っ掴んだ。
それを、宙に放り投げて――
『――弾くもの』
思い切り、叩いた。ギィン、と鳴る、金属音。
小石は形を保ったまま、真っ直ぐに飛んでいき。
――ずどん。鈍い音を立てて、気にめり込んだ。
「わお。キコ先生すごい……」
『でしょ』
あ、ちょっと嬉しそう。心なしか自慢げだ。可愛い。無い胸張りつつ、さくさく先へ行ってしまう。
そんなキコに、時折話しかけて。気分はハイキングだ。この山に初めて来たときはもう、寂しくて死ぬかと思った。実際死にかけたけど。
――そんなこんなで、しばらく歩き。また、鉄平が話しかけようとした時。
「ねえ、キ……」
「しっ……」
どうやら、狩場に来たらしい。
確かに目を凝らせば、森の開けた部分が見えた。
(このまま、ゆっくり近づく。鉄平は待ってて)
ヒソヒソと言われる。確かに、デカい図体だ。
下手に近づかない方が、吉だろう。
(りょうかい)
コチラも、ヒソヒソ声で返して。
お留守番だ。キコは気配を殺して、風下から近づいていく。
(獲物、見えんな)
視力の問題じゃ無く。単純に木で隠れている。
気付いたら、キコは随分先に行っている。向こうからは、もう見えるだろうか。それとも、獲物が居なかったか。
(お……?)
キコが構えた。構えつつ……ゆっくり戻ってくる?
何でだ。獲物が居たなら、わざわざ戻る必要は無いはず。
(あ、降ろした)
構えを解いた。そして、しゃがむ。
自分の身を隠すように、茂みに潜りながら帰ってくる。
(俺も、隠れた方が良いのか……)
そう思って、木の後ろに身を隠す。
どうしてもはみ出はするけれど、やらないよりマシだ。
(テッペイ。まずい)
キコが戻ってきた。何か、焦ってる?
(亜人が居た。大隊規模。間違いなく――キャンプに攻めてくる)
(なっ――)
亜人。醜い顔、大きめの体。それだけで、人から外されたもの。
戦争の相手の、一つ。
(急いで、戻る)
そう言ってキコが、全速で走り出した。
「見張りとか、居ないのかよっ!」
走る、走る、走る。落ち葉の積もる斜面を、安全など度外視で走り込む。
息が切れても、疲れても、構わずに走り続ける。
『居るっ! でもサボった! ぶっ殺すッ!』
珍しく怒気を発するキコ。
当たり前だ。亜人が居たのは、キャンプから歩いて三時間ほどの位置。大隊規模で、多少遅いと言えど四時間は掛からない。
つまり、碌な準備も無いままに、衝突することになる。
どう考えても、見張りの戦犯だ。
「くそったれッ!」
鉄平も汚言を吐きながら、必死に着いて行く。――が、足を滑らした。落ち葉の斜面を転げる。
『平気――』
「――があああっ、ショートカットだ、問題ない!」
すぐに起き上がり、走り出す。
此処で足を緩めるわけにはいかない。ことは一刻を争う。
『テッペイ、根性あるっ。ご褒美に、後で見張りぶん殴っていい』
「そいつは最高に魅力的だなっ」
もう、過去最高の一撃を御見舞してやる。
そのためにも先ずは、キャンプに辿り着かねば。
『あ、亜人だって! 本当かっ!?』
『ほ、本当……大隊規模、山のコチラ側には来てるはず……』
息も絶え絶えに、キコが報告をする。相手は、警備の兵だ。
すぐに伝令が周り、緊急の狼煙が上がる。
『取り敢えず、こちらは簡易陣を形成する。そっちは、民間人の誘導をたのむっ』
『分かった……』
警備兵はすぐに走り出して、あちこちに支持を飛ばしていく。下っ端じゃないらしい。
『テッペイ、そんな感じ……』
「ああ、スライムに聞いた……民間人の誘導か……」
『うん。結構パニックになる。気をつけて……』
「了解」
そして、テッペイとキコはまた駆け出す。
少しでも、被害を減らすために。世界の終わりまで、少しでも多く生き残らせるために。
――亜人の思いも、同じだった。
彼らもまた、全速で駆け抜けて。すぐそこにまで、迫っていた。




