6話 枕2つ並べてみるサービス
「初陣にしては中々でしたね。……どうかしましたか。ああ、ヒューマンは初陣で吐いたりする軟弱な種族だと聞いたことがありますね。それならどこかその辺の見えない所でやってください」
「そういうのじゃねえよ」
冒険者カードをいじると、今日の日付で討伐した魔物の欄にゴブリン三体が表示されていた。クエストの方も街道のゴブリン退治が3/15となっている。あと12体倒したら報酬が受け取れるようだ。落とす小銭と合わせれば夕飯代と宿代くらいにはなるか。
「モンスターってみんなこうなのか?」
「?」
「あー、消えんの?」
「それはそうですよ」
そういうものらしい。なに言ってるんだこいつはというような顔をされた。しかしRPGじゃなくてARPG? なんだからもうちょっと血沸き肉踊る感じでもいいんじゃないかと思う。あんまりグロくされても困るが。
「問題ないなら次に行きましょう。あっちの方に5体くらい固まっています。私の装備代をさっさと稼いでもらわなければ」
「まあそうだな。レベルもあげたいし、この辺のゴブリン狩り尽くす勢いでやるか」
「一生かかっても無理ですよそんなこと」
冗談と思われたのかフィリは少し笑う。基本的に無表情で美人系だが、笑うと可愛いな、うん。少しドキッとしてしまった。これがニコポだろうか。ちょろすぎるぞ俺。しかし童貞男子高校生ゆえ致し方なし。
「そんなにいっぱいいるのか?」
「いくらでも湧きますからね」
湧く。虫のようにどこからともなく、文字通りなにもないところからポップするらしい。どこまでもゲームのようだなファンタジー。だがまあ獲物の枯渇を心配する必要が無いのはいいことだ。
都合がいいのだからとりあえずは気にしないでおこう。フィリの誘導に従ってゴブリンを探し、釣りだし、あるいは奇襲をかけて光に還す作業を続けること半日近く。数十体のゴブリンを光の粒子に変えていた。
「あんま疲れて無いけど、そろそろ日も暮れるし戻るか」
「それがいいでしょう。夜はモンスターが活発になります」
装備や傷の具合を確かめる。結構酷使したはずだがロングソードも小楯も特に問題ないようだった。血脂で切れ味がどうのとかいう話も聞くが数十体分のゴブリン殺害の痕跡は光になって消えている。
革鎧も何度か攻撃を受けたが傷などはないようだった。もしかすると装備の耐久度とか言うめんどくさい概念が存在しないという理屈だったりするのだろうか。
「ケガをしていますね」
「ん? ああ、ほんとだ」
かすり傷程度だが腕にケガをしていた。2,3体ならともかく5,6体が相手で、奇襲で数を減らすのに失敗するとさばききれなくもなる。
基本的に一撃頭か胴体にいいのを当てれば倒せるので余裕ぶっこきすぎた面もあるが。傷を洗って布でも巻けばいいだろうかと考えているとフィリが近寄ってきて傷口に手を当てる。痛てえ。
「何すんだよおい……ん?」
「癒しを」
傷口がじんわり温かくなって、モンスターの消える光とはまた違う、しかし似たような感じの緑色の燐光とともに傷はすっかり消えていた。これが回復魔法だろうか。
「すげえな」
「この程度で驚かれては困ります。媒体さえあれば腕がちぎれてもくっつくくらいの魔法が使えますよ」
ふんすと胸を張るロリ。腕がちぎれるような事態に遭遇したくはないが、いざというときには頼りになるだろう。ゴブリン退治でも索敵がなければここまで成果は上がらなかっただろうし、お値段以上の買い物だったかもしれない。しかしあんまり調子に乗られるのは気に食わない。
「……お前の魔法索敵といい治療といい、なんというか、地味だな。もっとこうドカンと敵を吹き飛ばすような魔法は使えねえの?」
「そんな安易な攻撃魔法なんて使いません! 獲物は自らの牙で仕留めるものです! それにフィリが攻撃魔法まで使えたらあなたの存在意義なんて一切ありませんよ!?」
思った通り使えないらしい。顔を真っ赤にして反駁するフィリからは中々のコンプレックスが透けて見える。あんまりいじめるのもあれなのでほどほどにしておく。
「魔法といやあ、火球を飛ばして雑魚敵を一網打尽、みたいなもんだと思ってたけどな~。使えねえのか。まあ回復とか便利そうだしいいんじゃねえの?」
「……フィリが攻撃魔法を使えていたらまずそのニヤけ面を吹き飛ばしていたところです。命拾いしましたね」
ぐるぐる唸りながら睨むフィリの頭をポンポン撫でて街道の方へ歩き出した。尻に蹴りを入れられたので頭頂部に手刀を落す。ローキックの反撃。夕暮れの赤い光に包まれながら街へと向かう。その間ずっと終わりのない暴力の連鎖は続いた。
街に戻るとまずは定食屋で夕飯を食べることにする。出稼ぎ労働者や商人、冒険者らしい客でいっぱいだったがなんとか席を確保し定食メニューを頼む。揚げ物メインで米が付いているそれは普通に日本で食べられるものと同じような感じだった。
美味いし安いので文句はないのだが……。フィリは隣で肉メインの大盛り定食、おかわりまでしてもきゅもきゅと詰め込んでいる。体小さいロリっ子の割にやたらとよく食うな。食べ終わり、お茶を飲んで一息。美味いは美味い。しかしファンタジーが行方不明。
隣で満足気にお腹をさすっている犬耳ロリも、近くの席で食べている柴犬人間も、馬頭の人や鳥頭(物理)の人、誰も彼も特に何の疑問も抱いていない様子だがそれでいいのか。
店員の猫耳おばさんに食い終わったならさっさと出て行けとばかりに食器を片付けられたので素直に店を後にする。すっかり日が落ちてしまったが、街灯のような、家々の軒先に吊るされた魔法のランプっぽいものの光で十分明るい。
昼間の宿に行こうかと思ったが、一階が酒場だし、部屋も寝るだけできれば十分というくらいの簡素なものだった。もう一人いるわけだし別の宿を探す。スマh、もとい冒険者カードで検索し向かう。ちょっと離れていたが中々良さそうなところだった。
「ダブル一部屋で」
「何を寝言言ってるんですか潰しますよ」
ローキックが首輪に急停止され転びかけ、頬を赤くしながらフィリが睨む。体勢を立て直し、何事もなかったかのように咳払いするのをニヤニヤと眺めていたらさらに顔つきが険しくなった。このロリはほんとからかいがいがあるなあ。
「妙なことをしたら犯罪者落ちっていうの忘れてないでしょうね……? 悲惨ですよ? 奴隷のほうがはるかにマシなくらいには」
「冗談だよ。ツイン一部屋で」
「本当なら二部屋とってもらいたいくらいですけど、あまり無駄遣いしても仕方ないですしね。我慢してあげます」
宿の親父さんは目の前で行われたコントに一切リアクションをせず営業スマイルを保っていた。プロだな。部屋に入って装備を解く。それなりに汗をかいていた。
季節は初夏といったところだろうか。冒険者カードのカレンダーを見てもそんなものだが、異世界なのだから地球と同じ気候とも思えないんだが大体似たようなものらしい。
日本と比べれば蒸し暑さはないし、風が涼しいし、中々快適、とはいえ日中ずっと動き回っていたのだ。風呂に入りたい。部屋の中を見て回るとユニットバスがあった。基本木製の建物なのだが、それ以外はビジネスホテルと同じような作りらしい。
「よし、じゃあ俺シャワー浴びるから。覗くなよ」
片方のベッドを陣地と定め、座ってマットの調子なんかを確認していたらしいフィリが枕をぶん投げてくる。空気抵抗で勢いを失ったそれを片手でキャッチして反対側のベッドの枕の隣にセットしてやる。
「今日だけでかなり頻繁に思ったんですけど、あなたほんとに頭わいてるんじゃないですかね」
俺はげんなりした顔で枕を回収するフィリを尻目にふははと笑いながらシャワールームに入った。