伝説なんですけれどもー!
こういう事態には意外と慣れているもので、リリスは何もできることがないと分かるとまた綺麗なベッドに身を預けていた。
というのも打算があったからである。
それなりの処遇を得られているということは、今すぐ大変な目に合わないということ。
こんなお金の掛かる拘束をしている時点で、金持ちの仕業であるということ。
案外お国絡みなのかもしれない。
寝返りを打ってごろごろしていた時。ガシャン、と扉の小さな受け取り口が開いた。
即座に何かトレイが滑り込んできた。そのトレイには食事が乗っている。
硬い黒麦パンと、サクラジャム、温かい紅茶。
動物園にいるランタルモンキーだってもっと丁寧な扱いを受けてるだろうに。
だが食べ物が出てくるだけ恵まれている方か。文句を言うのはやめておこう。
これが朝食なのか、昼食なのか判断に迷うところである。だがどちらにせよお腹は空いていた。
リリスはそのトレイを両手に持ち、ベッドに腰掛けた。
にしてもかなり失礼ね。せめて食卓くらい用意してくれてもいいのに。
サクラジャムを半分紅茶にぺとりと塗りつけ、もう半分はパンと一緒に頂く。
ぺロリと平らげた後に、やることもなくなったリリスは再びベッドで横になった。
……。
…………。
………………。
退屈。
せめて何故自分が囚われているのかの理由が知りたい。
仕方がない。けどやるしかない。
「あのー! 誰かいませんかぁー!」
扉の外に向かって叫んでみる。
しばらく待ってみても、何の返事もない。
「あのー! 何かの間違いだと思うんですけど! 私、一応大僧侶って扱いなんですけれどもー! 伝説なんですけれどもー!」
顔から火が出るというのはこういうことか。
何が悲しくて自分が大僧侶だってアピールしなくてはならないのか。
だがその頑張りむなしく、何も返ってこなかった。
……待てよ。
誰もいないんだったら脱出するチャンスではなかろうか。
ガンガンと扉を蹴ってみる。あわよくば蹴破って出て行こうという算段だ。
いや、分かっている。脚力に自信なんてない。ベズリーシアならまだしも、私の乙女キックで蹴飛ばせる扉なんてこの世にありはしないだろう。
それでもやれることは試していくしかない。
「もしもーし! きいてますー!」
大声で叫んでみて。
「オラァ! あけろぉ!」
怒ってみて。
「開けてよぉ……もうやだよぉ……」
泣き落としを試みて。
「あはーん、えっちなコトしなーい?」
色仕掛けを試みて。
「なんなのよもう!」
最終的にキレていた。
リリスの顔芸もここに極まっていた。
リリスはベッドに飛び込んだ。シーツを頭から被り丸くなっていた。
「何時間経った? いつまでここにいればいいの?」
いけない。涙が零れそうである。
勇者が居てくれれば平気なのに。
ベズリーシアがいてくれれば打開してくれたというのに。
ユーミルもなんだかんだで頼りになる男だ。
サンダラも……。
いや、サンダラは……まぁいいや。
もうどうにでもなれ。
そんなことを思いながら不貞寝をしようとした。
…………。
だが。
そうもいかない事態となっていることに気付いた。
身体の一部から警告というか、それに近しいものが送られている。
尿意である。
しまった。さっきの紅茶のせいなのか……。
部屋の隅を見れば、しれーっと用意されている便器。
恐らくこの便器に顔があったならば、何食わぬ顔でそっぽを向いているに違いない。
恥を捨てて大声で叫んだり喘いだりもした。
だけど。コレは。ない。
こんな広い空間の中でどうして用を足さなければならないのか。
人間としての自尊心が揺らいでしまう。
だが同時に限界も押し寄せてくる。クソ! あの紅茶め!
……。
取り敢えず出すか出さないかは保留するとして、あの便器に座ってみよう。
座り心地を確認しないことには何も始まらない。
……いや! 駄目だ! 座ってしまうともう後戻りができない。
でも他に策がないというのも事実だ。
やむを……えないのか。
リリスは一歩一歩と、ゆっくり踏みしめながらトイレに向かって歩いていった。
力なくリリスはそのトイレに腰掛け、着ていた布切れを捲り上げた。
なんだろう。
冒険時代でもこういうことがあったけど、それとは違う、何か大切なものを無くしている気がする。
今だけは誰も扉を開けませんように。
そしてあわよくば、この部屋を監視する魔法が敷かれていませんように。
あはは。なんで私泣いてるんだろう。
部屋の片隅で、視界を遮られることなくするトイレというのは、何か感慨深いものがあったということか。
…………。
何とも情けない音が部屋に響く。
その時間は体感的に何分間、何時間も続いていたような気もする。
勿論、リリスとしては恥ずかしさで顔を上げられない。
耳も塞いで、丸くなって座っていた。
その長すぎる時間を経て。
リリスは誰かの気配を感じて顔をあげた。
「やっほーリリス。ご機嫌いかが?」
そこに立っていたのは女性だった。
赤いフードにモモまで伸びているコートを着込んでいる。
その内側はブラジャーだと言っても過言ではない、布の胸当てだけを身につけ、下半身は短パンに黒のタイツを着込んでいる。
そのコートの内ポケットには様々な道具があることをリリスは知っている。
元ジェラスジェラスの雑貨屋。
魔王を討伐したパーティに所属する伝説の元マスターシーフ。
そして今はどこかの城下町で、知らない男と結婚生活を送っている。
「……サンダラ、どうしてここにいるの」
誰かに助けに来て欲しかったと思っていた。
それでも。
このタイミングで、この女かよ……。
これ以上の屈辱があるだろうか。
もうなんだかここまで底辺を味わったら、むしろ笑えてくる。
リリスはなんとも言えない表情で、にへら、と笑って応えた。
「……アンタ大丈夫なの?」
…………。
もう放って置いて。




