3-7.真紅の猟団1
帝都西部の騒動が起きて18時間が経過した。
現場の清掃・管理は都市警察に任せ、礼二たち特殊部隊の面々は、基地にて現在起きている事件の数々の対策や調査報告を含めたミーティングを行っていた。
「最近頻繁に発生している唐突な爆発と魔獣の出現事件についてまとめよう」
クロードは全体をまとめるように司会・進行役を進めた。彼の言葉を聞くと、遠藤が進んで今の状況を説明しようと立ち上がる。
「現在起きている事件は6件。5件は魔獣の出現と事故で起きたように見せた爆弾を使った爆発事故で、内1件は先日起きた魔獣と所属不明の魔術師を見つけたとの内容になります」
「では、昨日発生した1件で何か分かったことなどはあるか?」
遠藤の説明を聞くと、クロードは先日起きた事件について気になっている様子だ。
これについての説明を、アイラは進んで自分から話し始める。
「昨日確認した事件について分かった点としましては、組織による犯行の可能性がございます」
「理由は?」
「理由につきましては遭遇した際に交戦をし、その時に分かった情報が組織のシンボルマークのように思えました」
「シンボルか…どういう感じのものだ?」
彼女が話すシンボル。そんなものはあっただろうかと礼二は思い出そうと、その時の記憶を振り返る。
しかし、それらしきものを見た覚えは無かった。
「そうですね…動物の豹のようなタトゥーを見つけています。奴の趣味かもしれませんが」
アイラは顎の付近に手を添えるように考え始めた。
一方の礼二は、彼女の言っている豹のようなタトゥーの存在に見覚えが無い。そもそも、そこを見る余裕が無い。
「神原は見覚えあるか?」
「無いです」
「じゃあ、フラッドはどうだ」
「あったわよ。赤い豹のタトゥー」
レイチェルの発言から、礼二とアイラは彼女に視線を向けた。彼女は唐突に視線を向けられ、頭の上にはてなマークを浮かべながら首を傾げる。
いつ見たんだろう…
礼二はレイチェルの洞察力の鋭さに驚いた。
「フラッド、どうやって見た?」
「普通に見えたわ。あなた達が相手のマントを斬った時、腕に書かれているのが見えたわよ」
レイチェルはあの時目の前にいたはずの2人を見下すようにしながら言った。確かにあの時は相手が目の前にいたが、相手がどう動くかは体全体を見て判断していたため、腕の細かい部分まではあまり見切れていなかった。
「赤い豹のタトゥーか……」
タトゥーの詳細を確認したクロードは何かを思い出そうとしながら頭をまさぐった。すると、思い出したように顔を上げた。
「思い出した。これは『真紅の猟団』の印じゃないか」
クリムゾンジャガー? 紅い豹?
クロードの一声で礼二はさらに混乱する。頭の中でどういう意味かを考えていると、遠藤が口を開き始める。
「真紅の猟団。各地で様々な争いに関わる魔術師中心の傭兵団か」
魔術師の傭兵団。魔術を戦闘に扱って金を稼ぐ集団。
まさか世界に少ないと言われる魔術師を中心とした集団が傭兵業をやっていると知り驚愕する。
それでいて、未だ魔術師の存在が表沙汰になっていないところからすると、裏の世界の人間であることを思い知らされる。
「その傭兵団って、裏の世界ではどれだけ有名なんですか?」
「確か、大体の事は解決するらしいぞ。ただ、やり方は教えないみたいだけど」
やり方は教えない。それは魔術の存在を知らせないためだと思われる。傭兵団の存在について疑問を抱いた礼二に対してミハエルが回答する。
要は、魔術行使も踏まえての何でも屋(万屋)的なものか。
礼二は傭兵団のことについて、何となく理解が出来た。
「まぁ…これで傭兵団が各種事件に関わっているかも知れないということが分かったわけだ。次は傭兵団を加えた上で状況の確認を行うぞ」
新たな集団の存在を認識したクロードは、状況の確認をしようと全体に話しかけた瞬間、警報が鳴り始めた。
[緊急事態発生。帝都北部にて魔術による破壊工作と魔獣の出現アリ。出動予定の魔術師は直ちに現場へ直行をお願いします]
警報が鳴り響く中、オペレーターが現場の状態を淡々と語る。
最近の事故と一緒に破壊工作?
昨日発生した爆発事故から今日は破壊工作。「事故やテロは連続して発生するものなのか」と思うと、礼二はオペレーターが語る破壊工作について疑問を抱いた。
「今日の当番の者は出撃準備。他の者はここで引き続き調べ物を行ってくれ」
「「了解!」」
「そして今回の出動は、昨日いたメンバーに遠藤を含めた上で行動してくれ」
クロードは周囲に行動指示を与え、部隊の面々はどう動くかを確認した後に各自の持ち場へと戻っていく。
関連性が無いといいな……
連続して発生する事故と破壊工作。「これら一連の出来事に何も関連性があるのではないか」と嫌な予感がする。詳細は調査して分かることだと思うが、礼二の中ではどうしても別の出来事として扱うことはできないでいた。
◇ ◇
帝都北部。質の良い食料品を取り扱った店の多い区域である。魔術師の存在は区域のシンボルとなる大月商店街にて確認したと報告を受けている。
現地に到着した特殊部隊の面々は商店街前に辿り着き、突撃準備を整えていた。
「シュー、神原、フラッド、準備はいいか?」
「問題無いわ」
「いつでも大丈夫です」
「いつでもいいわ」
部隊の装甲車前で遠藤に心の準備を問われた礼二とレイチェル、アイラの3人は答える。4人は突入準備を整え終えると、装甲車から離れて商店街の中へと走って行った。
◇ ◇
商店街の道は魔獣の襲撃によって辺りは、人間だった肉塊と血の海で溢れていた。
普段は賑やかな道も歩いていた人々の声が聞こえなくなり、周辺はシーンと静まり返っている。
「これは酷いな……」
「テロどころか只の虐殺だな」
無惨な光景にアイラは1度奥歯を噛み締めて口を開く。隣にいた遠藤は周囲を冷静な目で見ていた。
レイチェルも彼と同様にあまり動じていない様子であったが、礼二だけはグロテスクな光景にあまり目を向けられなかった。
「どうしたの? 特別訓練の時にいっぱい見ていると思うけど、まだ慣れない?」
レイチェルは顔を向けず、そのまま礼二に尋ねる。
顔を見せない彼女を見ていると、「まだ慣れていなかったのか」と頭の中で言っているような気がした。
「あぁ…あの時はまだ人が少なくて、ほとんどの人が生き残ったから良かったものの、今回は商店街に集まっている人たちが全員奴らの胃袋の中だぞ? あれとは人数と規模が違う」
礼二は顔を地面に向けながら吐き捨てた。
人数の違いというものは割りと大きい。残虐な目に遭った人が少なければ見る量も少なくて済む。逆を言えば、人が多ければ見る量も多くなりインパクトに差が出るのだ。
ある程度死体を見ている礼二であっても、山が出来そうな程に転がっている人間の死体の数に驚いていた。
「それはともかくとして3人共、どこから魔獣が出てくるかわからない状況だ。警戒しながら前に進むぞ」
「「了解」」
遠藤は後ろに控えている3人に対して注意を払う。
彼が3人に向かって顔を向けている間に、何らかの爆発に巻き込まれたことを思わせる建物の崩壊跡が見えた。
「何だこの様は…爆発するにしても、こんな壊れかたは無いでしょ…」
まるで爆散したかのような崩壊跡。辺りに散らばったと思われる瓦礫は粉々になっており、原型を止めていない様子だ。
レイチェルは少しだけ瓦礫の欠片に目を向けると、何かが分かったのか、一瞥して次へと進もうとしていた。
何か分かったのかな……?
何も言わずに次へと進もうとするのだから意味が分からない。
礼二はレイチェルの行動に少し疑問を抱いていた。
現在、帝都北部は曇りかけた空の真下にあるせいか、商店街は世紀末な雰囲気を醸し出していた。
気配を感じないな……
西部に行った時は、傭兵らしきマントの人物の周辺に居なければ魔力の気配は感じなかったが、まだ近くには居ないのだろうか。
3人は周囲を警戒しながら商店街の中を歩く。区域の中心へ向かうたびに魔力の気配が周囲からビンビンと感じられた。
「この感じ…魔力の気配がするな……」
「えぇ…辺りは爆弾とかではなくて魔術で破壊して回ったのでしょうか…」
魔術行使を行った場所には、周囲に魔力の気配が残る。
この理論が通るならば傭兵たちはここら一帯で暴れまわっていたのかもしれない。
頭の中でそう考えていると、商店街内で開催していたと思われるりんご物産展の会場にあるベンチに座る1つの人影があった。
「うーん、さすがは食料の保管庫と呼ばれるだけはあるね」
人影との距離が近づくにつれ、シルエットはどんどん見えるようになってくる。中性的な雰囲気を醸し出した白いスーツを纏った金髪の少年だった。彼は近くにあったと思われるりんごを片手に辺りを眺めている。
この男から魔力を感じる……
周囲に漂う魔力の中心に1人の子供。「あの子が騒動を起こした張本人では無いだろうか」と3人は感じ取った。
「君らも食べるかい? 一仕事終えた後の一杯とは言えないけど、普段の疲れの労いになるんじゃないかな?」
一緒にりんごを食べようと唐突に話しかける少年の行動に3人は警戒を抱いていた。数秒程の沈黙を得て、彼は再び口を開く。
「おや…盗品は受け取るつもりは無いということかい? 日本帝国軍特殊部隊所属の遠藤俊介、アイラ・シュー、レイチェル・フラッド、神原礼二」
4人は彼の言葉を聞いて驚いた。なぜならば、機密事項にあたる特殊部隊に所属する魔術師の名前が知られているからだ。
「何故知っている?」と少し考えたが、軍内部の人間と何らかの繋がりがあるかもしれないと推測することによってそれは解決した。
しかし、この推測が当たっているならば、今までの情報は全てダダ漏れとなっている可能性が高い。
「なんでアンタらは私達の名前を知っているんだ?」
「それは守秘義務で教えられないかなー」
睨み付けるアイラに対し、少年は何も動じていない。むしろ、彼女を舐めきっているようにも見えた。
彼は立ち上がり、無邪気に振舞うように手を広げながら辺りを歩き回った。
「ねぇ、君らって何で人間達のために戦うの?」
「どういうことだ?」
空を見上げながら唐突な質問をする少年にアイラは疑問を抱いた。彼は彼女の反応を見て溜息を付きながらくるりと振り返る。
「僕ら魔術師は人間からは嫌な目で見られている。けど君たちはそんあ目で見られながらもアイツらを守ってるんでしょ? 嫌々やっていないかなーっと思って」
少年は小悪魔のような笑みを浮かばせながら4人に言った。それはまるで、正義から悪への道へと誘おうとしているように見えた。
無邪気で考えが読めない表情の変化に、少年の真意が読み取れない。
「ふざけたことを言わないで欲しいな。我らは帝都民を守るために設計された部隊だ。都民を守るために入ったのだから、復讐を考えるものはいない」
「綺麗事だね~。現に君らのところから裏切り者が出た。それは紛れも無い証拠じゃないか。軍の上層部は魔力を持たない人間たちで、魔術師は自分たちを守るための道具なんだよ。君はそこまで考えられないのかな~?」
「酷い被害妄想だな」
否定のできない現状を言われた遠藤は相手に一言返すだけで、それ以上言うことは出来なかった。
反論出来ないのも確かである。
現在、世間の魔術師に対する扱いが裏切り事件の影響によって更に酷くなっていると風の噂で聞く。特殊部隊の面々でも、魔力を持たない軍の部隊からはあまり良い目で見られていないぐらいだ。
人間を守るためにある特殊部隊の隊長の1人である彼とはいえ、いつもの扱いにうんざりしていないとは否定できないのだろう。
「話にならないよ。認める気が無いなら殺しちゃおうか」
彼の反応を見た少年はバカにするように微笑み、マントの中から一本の短剣を取り出した。姿勢を屈ませると姿を消し、4人の中心から一瞬にして出現。そして遠藤を後ろから斬りかかろうとした。
「フォース1、後ろだ!」
アイラは目の前にいる遠藤に対して叫んだ。彼女の叫びによって後ろにいた敵の存在に気付いた遠藤は、後ろに対して防壁を展開した。
少年の体は、攻撃を防壁で弾かれることによって遠藤の後ろから少し離れた。アイラはすかさず彼に対して剣を縦に振るう。だが少年の体は唐突に消え、先ほどまで立っていた位置までワープしていた。
「くそっ…何だアレは!?」
一瞬にして元いた位置へと移動した少年に対してアイラは苛立った。そんな彼女の顔を見た少年は再びバカにしたような微笑を漏らす。
「ふふ…そんな顔で睨まないでよー。そんな顔してちゃ…自分の弱さを露呈するだけだよ」
「ほざけ!」
「待てっ!」
アイラはあからさまな挑発に耐え切れず、遠藤の制止を振り払って少年の元へと走り始める。彼は獲物が罠に引っ掛かる瞬間を目撃する猟師のように微笑むと、彼女の前を真空波が通り過ぎた。
「ありゃ? 少し早すぎたかな?」
アイラは驚きの表情を浮かべる。
なぜならば殺気や気配、それどころか魔力も感じられずに相手からの攻撃が来たことだ。
いつ、どうやって気配を感じさせないようにしたのだろうか。
彼女だけでなく、礼二たち3人もトリックが分からなかった。しかし、今はもう感じ取れる。見えない相手からの攻撃により魔力が周囲に発散されている。
「アンリ、隠れても意味ないから出ておいで」
「ごめんなさいお兄様。アンリ、あの女を仕留めきれませんでした」
お兄様と呼ばれた少年の横から、紺色のドレスとベールを羽織った1人の金髪少女が姿を現す。
片手にはコンバットナイフらしき物を持っており、着ている物と比べてアンニュイな雰囲気を醸し出していた。
「君たちは何者だ」
「僕は真紅の猟団のクリス」
「私はクリスの妹、アンリと申しますわ」
少女はドレススカートの端を摘み、スッと少し上げて会釈をする。今ここに真紅の猟団の一員が居るということは、この事件の首謀者である可能性が浮上した。
「丁寧に自己紹介どうも。この騒ぎは君らが起こしたものか?」
特殊部隊の4人はそう考え、代表して遠藤が事実確認を行う。警戒する4人を見たアンリは不気味に微笑みながら口を開く。
「そうですわ。私達と周りにいる魔獣|がやりましたわ。この世界に必要の無い無能な人間たち、私達を蔑む奴らを消してあげましたの」
「そうだよ! 僕たちはヒーローなんだ! 魔術師たちのヒーローなんだ!」
高慢な態度を取る少女は満面の笑みを浮かべ、無邪気な少年は「自分たちは魔術師の救世主である」と頭のネジが飛んだようなことを言い出した。
現実を見ず、ただ夢物語を見ているような2人を、4人は目を細めながら見届ける。
「狂ってやがる」
「私達の救世主…ねぇ…」
アイラは蔑み、レイチェルは彼らの発言に対して疑問を抱いている様子だった。一方、礼二は彼らの行動に疑問を抱いていた。
彼らは何故ここまで人間を憎んでいるのか…
真紅の猟団に所属している魔術師は人間に恨みを抱いている者が多いとは聞いていたが、復讐をしたいほど憎んでいるとは想像もしていなかった。
「あなた達は人間を守る者、私達は人間を殺す者。つまり私達は敵同士ということですわね」
アンリはコンバットナイフの切っ先を4人に向けて殺気を放つ。それを感じ取った4人は彼女に向けて武器を構えた。
「戦う気か? できれば君らのような子供は戦わず保護したいところなのだが…」
「保護しちゃうのー!? でも、人間を見かけたら、すぐに殺しちゃうかもなー」
クリスは天然を装った女子のように振る舞い、特殊部隊の4人を小馬鹿にしたような態度を取る。
「やんちゃな餓鬼だな」
「やんちゃどころでは無いと思うんですけど」
4人は目の前にいるアンリとクリスに目で捉え、動きを観察する。2人はクロスを描くように4人の元へと距離を詰める。
動きはとても素早く、目で捉えるのがやっとだ。
全員が相手の素早さに翻弄されていると、アンリが礼二の懐まで移動していた。
速い…!
アンリは礼二の首を狙って横にナイフを振るう。すると本能で反応したのか、魔防壁が一瞬にして展開され、首に届くはずだった刃は弾かれた。
必殺の一撃を防御された彼女はアクロバットに後転を繰り返して距離を取る。
「今の一瞬でダークの前まで接近したのかよ…」
「素早いな…」
アイラと遠藤は、礼二の元まで一瞬に接近したアンリの素早さに驚いた。続けてクリスが遠藤の正面まで近づく。
「ちっ…!」
彼は手に持っていた杖を横に振るう。しかし、クリスは頭を下げ、下からナイフを振り上げた。ナイフは遠藤の腹辺りを左右に裂くかと思われたが、それはアイラの剣によって防がれた。
「あちゃ~…」
「あちゃ~…じゃねぇ!」
彼女は力任せにクリスのナイフを弾く。彼はアンリ同様に距離を取った。2人は4人の反応速度を試したのか、侮蔑の意が感じられる微笑を見せる。
「平和ボケしている帝国軍所属とはいえ、ここまで弱いものかしら? 帝国軍人もその程度なのね」
「一発不意打ちかましただけで分かった気になってんじゃねぇえええ!!」
「ちょっと、フォース3!」
アイラは先程と同様に相手に接近を試みた。礼二は止めようと声を上げたが、彼女は走りを止める様子は無かった。
「リリス、フォース3のサポートに入ろう。俺も距離を詰める」
「分かったわ」
礼二はレイチェルに後方支援をして欲しいと一言話し、アイラの元へと向かった。あのまま直線に進んでしまえば、先ほどと同様に予想外な不意打ちを受けてしまうかもしれない。
アイラはクリスの前に走って両手の剣でクロスを描くように振り下ろす。クリスとアンリは一瞬にしてその場から離れ、彼女の後ろに付いた。
「甘いよ、お姉さん」
「単純ね」
2人はアイラを侮蔑しながら手に持っていたナイフを上に上げた。そのまま彼女の首筋を狙って振り下ろす。
礼二はそれを1本の剣で受け止めた。
「なんて世話のかかる人だ」
「ダーク!?」
「もう少し落ち着いてください。今のあなたは相手の術中に嵌ってますよ」
礼二は2人の剣を弾き、アイラとの距離を取らせるように仕向けた。しかし、2人は距離も取らず身を翻し、息を合わせるように2人の剣は礼二の持つ剣へと一閃浴びせた。
遠心力を含めた2人同時の一撃は重い。予想外な重さに礼二はギシりと奥歯を噛み締めながら耐えた。
「へぇ…お兄さん、力はあるんだねぇ…」
「お兄様、どれだけ耐えられるか試してみませんか?」
「いいねぇ! やっちゃええええ!!!」
アンリとクリスは同時に地面へ着地すると、すぐさま礼二の懐へ飛び出す。間近で見る2人の速さはまるでプロ野球投手の投げるボールのように感じた。
これ以上近づかれるのはマズい…!
礼二はすかさず防壁を展開して進行を食い止める。しかし、それは只の一時凌ぎにしかならず、2人は再び接近し始めた。
彼は自身の足下に魔力で構成した大きな槍を出現させて相手の接近拒否をする。2人はそれをナイフで一閃しながら直進してくる。
ちっ…!?
迫りくる刃は2つ。あまりの速さで襲い掛かる刃を抑えきれるのは1つだけだろう。もう1つはどうしようか…
そう考えている隙に2つの刃が礼二に襲い掛かる。片方は剣で、もう片方は防壁で防ごうとしているところに、1本の剣が片方の刃を弾いた。
何事かと思った礼二は後ろを振り向くと、そこにはアイラの剣があった。
「あたしもいることを忘れてないよね!」
穏やかに見えて何か裏を感じるような声色。彼女はもう片手に持っていた剣を目の前にいたクリス目掛けて横に振った。
少年は後ろへ飛んで避ける。その後、彼の周囲に魔弾が8つ出現して2つずつ発射される。アイラと礼二は正面に防壁を展開して防いだ。
「ふふふ…面白いねぇ…もっと楽しもうよ」
「舐めやがって!」
クリスはまるで戦闘を楽しんでいるようだった。無邪気な子供のように殺し合いを楽しみ、自分が死ぬ、人を殺すことに何も感じていない様子にも思えた。
アイラは彼の元へ走り出そうとすると、アンリが目の前に立ちはだかった。
「お兄様の邪魔はさせませんわ。野蛮なオバサンは退いていただけるかしら」
「てめぇら…喧嘩売ってんのか…」
この殺し合い自体が喧嘩では無いだろうか……
内心そう感じた礼二であったが、何も言わないことにした。
アイラを挑発したアンリは、すかさず彼女に切り込んだ。幼い体から繰り出される素早いナイフ捌きはとても速く、目で追いつくのがやっとだった。
「ほらほら~どうしました~?」
激しい攻撃に苦戦するアイラに対して、アンリは調子付けるように挑発をし始める。
先程までの挑発に引っ掛かっていた彼女であったが、苦しんでいる顔をしている様子から、乗る余裕も無いように思えた。
防御するだけでも必死みたいだ…何とかしないと…
礼二はアンリの元へと走ろうとした瞬間、目の前にクリスが現れた。
「お兄さん、僕も忘れないで欲しいな」
彼は手に持っていたナイフを礼二に振るおうとすると、後ろから魔弾が飛んできた。クリスは咄嗟に反応して後ろへ退く。
「私達も忘れないで欲しいわ!」
魔弾を放ったのはレイチェルだった。続けてクリスの頭上から雷が落ちてくる。
「前の2人だけが戦闘用員だと思うな」
遠藤は杖を構えながら少年に言った。少年は満面の笑みを浮かべながら避ける。するとクリスは一瞬にして距離を詰めようと走り始めるが、小さな魔弾の集まりが進みを阻めた。
「おおっと…危ない危ない」
少年は直進を辞めて迂回する。迂回した先には別の魔弾が飛んでくる。クリスは新たに飛んでくる魔弾から逃げるように避けながら周囲を走り回る。
「速すぎる…!」
彼を追う魔弾の精製主、レイチェルは逃げ回るクリスに狙い定めようと目で追い続ける。
執拗に発射し続ける魔弾に追われるクリスは、アイラと対峙するアンリと合流し、レイチェルの放つ魔弾の照準をアイラに向けるように仕向けた。
「壁にするか…なら…!」
レイチェルは槍の穂先を上に向けると、口を小さく開き始める。
「起動しろ。我の声に起床する刃…剣柱!」
彼女がそう告げると、クリスの足元から魔方陣が展開される。その存在に気付いた彼は、アイラに魔弾を放ちながらアンリを連れて距離を取った。
数秒後、展開された魔方陣から魔力で精製された先の尖った柱が出現した。
「おいリリス! 私まで巻き込む気か!」
「あなたに当てないようにしてはいるわよ」
柱の存在に驚いたアイラはすぐに振り向き、レイチェルに文句を言う。怒られた当人であるレイチェルは反省の色も無く、さらにクリスとアンリの足元に剣柱を発生させた。
「うーん、しつこいなぁ……」
「さすがに4対2では厳しいですか……」
クリスとアンリには、レイチェルが連続して発動する魔術と、適度に遠藤から放たれる魔弾の連携をどうにか避け続けていた。
レイチェルと遠藤の連携に隙が出来た途端、クリスとアンリの2人は魔防壁を正面に展開しながら距離を詰めてきた。この突進に対して礼二はクリスを、アイラはアンリを対応する。
「邪魔だよ~」
「後ろの人たち、無粋なんですけど?」
「悪いけど、ここを通すわけには行かないんでね」
「私らを殺してから行きな」
互いの目的を阻止する為に4人はぶつかる。再び激しい剣戟が重なり、周囲には刃同士がぶつかり合う音で鳴り響いていた。
一閃一閃、互いに剣とナイフを交わらせて凌ぎを削る。
傭兵業で金を稼いでいるぐらいはあるな…強い……!
クリスとアンリ、2人の身のこなし、攻め方、状況判断等どれを見ても素人どころかプロの戦闘員であることが読み取れる。
今この場で1体1になってしまえば簡単に殺されてしまっていただろう。
激しい剣戟の中、礼二は相手に対して畏怖の念を抱いた。
畏怖を抱いている相手だからとはいえ、容易く死ぬわけにはいかない。どうすれば相手に勝てるだろうか……
そう考えると、思いついたように剣に魔力を込めて振るい、クリスの剣にぶつける。すると彼は上半身を後ろに大きく仰け反った。
「えっ…ちょっと…!?」
クリスは一瞬バランスを崩しかける。すぐに立ち直したが、礼二にとってはこれだけでも十分だった。
「そこだ!」
隙を見つけたアイラは、クリスに向けて一筋の刃を浴びせようとする。すると、この一撃を防ぐようにマントを羽織った人物が1人現れて刃を弾いた。
「誰だ…?」
クリスの前に立つ背丈の高いマントの人物は片手に剣を持っていて、礼二たちと対峙するように立っていた。
何だろう…この異様な殺気……
礼二たちはマントの人物から放たれる違和感を避けるように後ろに退く。
「アイン、どうしたの? ここは僕達の管轄内だけど~」
クリスは目の前に立つマントの人物に対して満面の笑みを浮かべながら言う。アインと呼ばれた男は首だけ振り向いた。
「お前らがあまりにも遅いからだ。何をチンタラやっている」
「アイン、お兄様はちゃんとやってくれていますわ。それなのにまだ遅いと?」
「この弱い魔術師たちを相手にどれだけ時間を食っているんだ、と言っているのが分からないのか?」
アインと呼ばれた男は首を礼二たちに向き直しながら言った。
数々の魔獣と戦ってきて実力も付いているはず。それでも「まだ弱い」と言われるのか。
礼二は世界の広さを感じ取った。
または平和ボケしている帝国軍人は腑抜けで力の無い魔術師であると見くびられているのだろうか。
そう考えている間に隣にいたアイラが震えていた。
「へぇ…アンタ、私らを雑魚扱いするんだ…それだけの実力はあるんだろうな!!」
アイラは独断で相手との距離を再び詰める。
この人は何度挑発に乗ってしまうのだろうか。
3人はそう思いながらも彼女のサポートをしようと魔術や魔弾の準備を行った。
「いっけぇ!!」
彼女は突進の勢いに任せて、マントの人物に2本の剣を突き刺そうとする。相手との距離まで数メートルのところで、2本の剣は見えない何かに弾き返された。弾き返されるだけでなく、アイラは体ごと大きく吹き飛ばされた。
「うぉっ!」
アイラは声を漏らしながら3人のところまで吹き飛ばされる。
魔防壁…とは違うよな……
目を凝らして見ても、壁に掛かる光の反射が無い。その点を見ると魔防壁以外の魔術行使が行われたと思われる。
「何だアレは……」
不可解な術に困惑するアイラ。礼二や彼女だけでなく、他の2人も同じように動揺していた。
「他愛ないな。クリス、アンリ、次の作戦に移行する」
「はーい」
「承知しましたわ」
彼らの動揺を他所に、3人はその場から離れる。離れる様子を見掛けた遠藤とアイラは追いかけるように手を伸ばす。
「待て!」
「俺たちは貴様らと関わる暇など無い」
マントを羽織った人物は特殊部隊の4人に告げると、クリスとアンリを連れて、この場から姿を消した。数秒後、全員のPDAバンドに着信が響き渡る。遠藤は4人を代表して通信を受け取った。
「はい、こちらフォース1」
「こちら帝国軍特殊部隊本部。帝都東区にて5人組の魔術師が魔術による街の破壊を行っている模様。ただちに急行お願いします」
「了解した。相手の人数がこちらに比べて多目なため、1人か2人の増員が欲しい」
「了解しました。大佐殿に確認次第、再度ご連絡いたします」
「うむ、よろしく頼む」
遠藤は通信を切ると、他の3人の顔を1人1人見ながら口を開く。
「各自、話は私との通信で聞いているな? これから帝都東区に急行する。恐らく、先ほどの奴らもいるだろう。心して掛かろう」
「「了解!」」
特殊部隊の面々4人は、現場の処理を近くにいた警察に任せて帝都東区へと向かっていった。
先程逃げた傭兵たちのことが気がかりではあるが、相手が逃げた方向にある区で暴れ回っているということは、あの傭兵たちの仕業に違いない。
恐らく…いや、相手と再び交戦するかもしれないから心の準備だけはしておこう。
礼二は彼らと再び戦う可能性を考えながら現場へと向かっていった。




