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…………
脱獄犯襲撃イベントの後始末を終え、日高さんとも一区切りついた。
落ち着いた日常が戻った休日のある日。
私は、話があるとレイちゃんを連れ出した。
そろそろ、学校での奇抜な行動の理由を話す時だろう。
ずっと話せずにいたが、一番大事なことは無事終わった。
これまで、イベントを確定させるために色々奔走してきた。
うまく行った時もあったけど、駄目だった時もあった。
それでも何とか乗り越えることができた。
そうなったのは、沢山の人の協力が得られたからだ。
そして、レイちゃんが今日まで一切追求せずに、黙って受け入れてくれていたからだ。
全てのイベントを終えた今、約束を果たす時だ。
不審な行動の理由を聞かれた時、話せる時期が来たら全部話すと約束した。
それは間違いなく、今だ。
どこで話すか迷ったが、やっぱりあそこだろう。
私はそう考え、レイちゃんと一緒にとある場所へと向かった。
◆雲上院礼香
礼香は、真緒から話があると呼び出された。
そして、とある場所へ連れて行かれた。
水族館だ。
しかし、彼女の足取りが重い。行動の節々から、ためらっていることが窺えた。
中々、館内に入ろうとせず、入口に留まっている。
真緒にしては珍しい。
しかし、この場所でそんな行動をされると、つい言ってしまいたくなる台詞がある。
礼香は意地の悪い顔になり、真緒に話しかけた。
「実はわたくし、暗い所が怖いのです。良かったら手を繋いでいただけませんか」
と言って笑いかける。
すると、真緒は虚を突かれた顔となった後、「参ったな」と、笑って手を繋いでくれた。
そこからは無言で順路を回った。
この水族館にはあれから何度も来ているので、お決まりのコースが出来上がっているのだ。
そして、いつもここで立ち止まる。
巨大な水槽の前だ。
礼香は、真緒が話し出すのを待った。
彼女はどう言い出すか迷っているようで、もにょもにょやっていて中々話し出そうとしない。
「ごめん、どう話せばいいかまとまっていなくて、もう少し待って」
「ええ。いくらでも」
礼香が、そう返事をした瞬間、巨大なマンタが水槽の前を通った。
巨体が光を遮って辺りが一瞬暗くなる。
そしてマンタが通り過ぎると、水面の光が反射して周囲が一気に明るくなった気がした。
真緒の手を握る力が少しだけ増す。
「いや、やめた。どう考えてもうまく話せない。思いついたまま話すよ」
「わかりましたわ」
礼香は静かに頷いて見せた。
真緒は、神妙な顔で一呼吸入れると話し出した。
「私には前世の記憶があったの。といっても、はっきりしたものではなくて、ほとんど何も覚えていなかったの。どちらかというと経験に基づく知識があるって感じかな。計算ができるとか、テレビの使い方が分かるとかね。でも、どこの誰かは思い出せない。そう言ったら信じてくれる?」
真緒が、不安そうな顔で礼香の顔を見た。
礼香は笑顔で頷いた。
「もちろん。マオちゃんの話ですもの。それにミカちゃんのこともあります。彼女の予知能力の亜種と考えれば、それほど非現実的とも思えませんわ」
「ありがとう。それでね、歳を重ねていく過程で、新しく思い出したことがあったの。それが、レイちゃんのことなんだ」
「わたくしですか?」
突然、自分の名前が出て来たことに驚く。
「そう。前世と言っても、こことは違う世界みたいでね。その世界では、この世界の事が書かれた物語があって。その中でレイちゃんが悪役として登場するの」
「それって……」
礼香は、真緒の話を聞いて引っ掛かりを覚えた。
その物語というのは、もしかして……。
こちらの反応を見て、真緒が不思議そうな顔をする。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありませんわ。続けてください」
礼香は、首を振って先を促した。
「その物語では、レイちゃんは酷い性格をしていて、この間の襲撃犯が来た時に撃たれて死んでしまうの。物語は高校での生活だけが描かれていて、他の部分は全く分からない。だから、なるべく物語に沿った進行になるように補助をして、ずっとその時を待っていたの。結局、物語とは全く違う展開になったし、物語でのレイちゃんの役回りは、瀬荷城宝子に代わっちゃったけどね。物凄く不安定で、物語通りに話が進まないから、事情を打ち明けると混乱すると思って今まで伏せていたんだ。ごめんね」
そう言って真緒は深く頭を下げた。
「なるほど、それであのような行動を取っていたのですね」
礼香は、真緒の説明を聞き、この上なく納得していた。
予知めいた行動。日高さんへのこだわり。瀬荷城宝子を野放しにしたこと。
全ての行動理由につじつまが合う。
すんなりとそう思えたのは、その説明を補強する情報を有していたためだ。
だが、そんなものがなくとも、真緒の言葉に違和感を覚えることはなかっただろう。
こちらが動じないのを見て、真緒が驚いた顔になる。
「かなり荒唐無稽なことを言ってると思うんだけど、信じてくれるんだ?」
「もちろん。マオちゃんのお話ですから。それに……」
「それに?」
「いえ……、なんでもありませんわ」
真緒の説明に納得がいった理由は他にもあった。
だが、その話を打ち明けるべきか迷ってしまう。
今その話をすれば、真緒を混乱させることにならないか。
別の場を設けて話した方がいいかもしれない。礼香はそう考えた。
「そっか。それと、もうひとつ」
そう言って、真緒は懐から小ぶりな木箱を取り出した。
「これを返そうと思って」
真緒は木箱の蓋を開けて、中身を見せてくれる。
礼香は木箱の中身を見て、目を見開いた。
「それをどこで……、どこで手に入れたのですか!」
礼香は、我を忘れて真緒の両肩を掴んだ。
「これはね……」
真緒は、ゆっくりと事情を話してくれた。
◆九白真緒
――襲撃犯を取り押さえた翌日。
レイちゃんは、何か用事があるといって北海道へ行っていた。
前から頻繁に行っているが、何なのだろう。
学校襲撃イベントがあって、うやむやになってしまっていたが、レイちゃんの元気がないのは知っていた。
それが北海道へ一人で何度も行くことと関係がありそうではある。
それとなく聞いてみたが、いつもはぐらされてしまう。
どうやら、サプライズにしたいようで、中々話してくれないのだ。
残念だが、向こうから話してくれるのを待つしかないだろう。
というわけで私は、一人で採石場にいるのも寂しかったので実家に帰っていた。
全てのイベントが終わり、修業の意味もなくなった。
やる気が無くなったというわけではないが、大きな目標をやり遂げて少し燃え尽き気味だったのかもしれない。
リビングでボーっとしていたら、母が話しかけてきた。
「どうした、呆けて。腑抜けた顔になってるぞ」
「ちょっと肩の荷が下りたというか、やり遂げたというか。それで、これからどうしようかと思って」
今日まで、私は一つの目標に向かって駆け抜けてきた。
それが一区切りつき、ほっと一息入れたら一気に迷いが出て来た。
そう、今まで一切考えてこなかった将来についてだ。
私は、これからどうすればいいのだろう。
いや、どうしたいのだろう、と。
「やりたいことをやればいい。応援するぞ」
と、母が言う。私からすれば、意外な言葉だった。
「あれ、家を継いでほしいとかじゃないの?」
散々、あれやこれやと訓練を課せられた身としては、てっきり家業を継ぐための試練だと思っていたわけで。
「別にそういうわけじゃない。才能があったから鍛えただけだ。やりたくないなら、やらなくていい」
母は、そう言って笑う。
すると、そこまで黙って話を聞いていた父も会話に加わった。
「迷っているなら相談に乗るよ。こう見えて私も母さんも、人脈は広い。色々協力できると思うよ」
と、私の将来を応援してくれる。
二人の言葉を聞き、なんとも温かい気持ちになった。
本当にうれしい。
そんな笑顔の両親を見ていると、私の迷いは一瞬で晴れた。
そう、私が今日という日を迎えられたのは、両親の助力あってこそ。
霊薬を飲み、訓練を受け、自由を許してもらえたからこそなのだ。
それなら、目標を達成した今、私がやるべきことは両親の手伝いだろう。
両親にそのつもりがなかったとしても、私からすれば大恩があるのと同義。
二人の仕事を手伝いたい。心から、迷いなくそう思えた。
「今思ったんだけどさ。私はやっぱり、父さんと母さんの仕事の手伝いがしたいよ。他の何事でもなく、家の事が一番やりたいって思った」
こう見えて、私は前世の記憶持ち。
だから、家業の手伝いをした挙句、狭い視野しか有せず、選択肢を見いだせなかったわけではない。
色々なものを見知った上で、家の仕事をやりたいと心から思ったのだ。
そんな私の言葉を聞き、嬉しそうにする二人。
すると、母が思い立ったようにプレゼントがあると言って、何かを取りに行った。
そんな母の姿を見た父は、ちょっと苦笑い。
プレゼントに対して並々ならぬ思い入れがあるのか、母は馬鹿にするなと苛立つ。
なんだろう、と思っていると母が小さな木箱を出した。
「これは精霊がくれたお守りだ。真緒が成人したときに渡そうと思っていたが、今が丁度いいタイミングだと思った。家の仕事を手伝うというなら、お前がこのお守りを引き継いでほしい」
「お守り?」
私は首を傾げながら、母が持つ木箱を見る。
そこで父が、やれやれといった感じで事情を話してくれる。
「実はね。真緒は奇跡的に助かったんだよ。母さんは今でも、それは精霊のお陰だと言ってきかないんだ」
という出だしから話された内容は、結構衝撃的なものだった。
実は、母が出産を間近に控えたある日、両親は襲撃を受けた。
身重の母はうまく動けず、父が身を挺して庇った。
結果、父は生死の境をさまよう重傷を負い、集中治療室。
母は、父が庇いきれなかった銃弾を受けた上に、腹部を強打。
命に別状はなかったが、お腹の子供に影響が出てしまったという。
それは、非常に危険な状態で、もう手遅れかもしれないと言われていた。
だけど、奇跡的に一命をとりとめ、無事に出産できた。
父も母も無事回復し、娘の私も健康な状態で生まれてこれた、と。
「それでね、真緒が命を取り留めたのは、精霊のお陰だと母さんは思っているんだ」
と、父が話を締めくくるようにして、精霊について説明してくれる。
父の説明を最後まで黙って聞いていた母は、真剣な顔で深く頷いた。
「もう駄目だと思ったあの時、光の塊が降りてきたんだ。そしたら、持ち直したんだ。そして、みんな元気になれた。あれは絶対精霊に間違いない。そして、精霊が居た証拠がこれだ」
と、木箱を示しながら話を続ける。
「あの時、これが側に落ちていたんだ。だから夢じゃないと分かった。そして、これがあるということが精霊の存在も証明しているんだ」
「へえ、すごい縁起物だね。大事にするね」
木箱を受け取った私は母にお礼を言う。
「きっとお前のことも守ってくれるはずだ」
母は、笑顔でそう言った。
◆雲上院礼香
真緒が木箱の蓋を開けた中には、ナイフ型の霊装があった。
刃渡りが四〇センチほどあるボウイナイフで、全てが真っ黒の霊装だった。
「これはね、母からもらったの。お守りなんだって。病院で拾ったみたい」
真緒は、そう言いながら箱から霊装を取り出した。
そして、受け取った当時の事を思い出し、語ってくれる。
「これに触れた瞬間、少し思い出したんだ。なりきりが凄いコスプレイヤーと北海道旅行をしたことを」
「え」
「急に車道に飛び出してくるから、びっくりしちゃってさ」
「その事は真緒ちゃんには話していません!」
真緒が懐かしそうな顔をして話す内容に衝撃を受ける。
彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、続けた。
「車に轢かれそうになったのに、そんなことは一切気にした様子がなくてね。凄く焦った様子で困っていたの。だから、話を聞いたの」
確信した礼香は感情の高ぶりを覚え、思わず両手を口元に当てていた。
その話は誰にもしていない。知っているのは、当事者だけだ。
「その後も色んな事があってね。何もない草原で、何を探すかも分からず探し物をしたり……」
「あれは妖術の影響で記憶が曖昧になっていたのです」
礼香は、たまらず言い返した。
「コスプレって認めないから、原作マンガの電子書籍を購入して読ませたら、端末を握りつぶされたり」
「今なら、はっきり分かります。マオちゃんが酷い描かれ方をしていたので、頭に来てしまったのですわ」
真緒はあんなことはしない。見た目も因幡エリカのように描かれ、悪意しか感じなかった。
あんなものを見せられたら、今でも同じ反応を返すことになるだろう。
だが、今日聞いた話を思い出すと、最後まで読み切るまでは耐えるべきだったと後悔してしまう。
「でも、凄く優しい子でね。私に友達がいないって言ったら、友達になってくれたんだ。あだ名で呼び合う仲になったんだよ」
「友達になったら、初めからあだ名で呼び合った方がいいと教わったからですわ」
それは、親友からの受け売りだ。
実際、その言葉は今まで様々な場面で役に立った。
だからあの時もそうした。その効果はてき面で、とても仲良くなれた。
「宿に泊まった時も、夜更かしして話し込んだんだ。で、おすすめの水族館を案内してくれるって約束したんだよ」
「会いたくてずっと捜していたんですよ」
いくら捜しても手がかりすら見つからず、焦燥感が募った。
最近では、もう会えないのではないかと落ち込んでいた。
それでも諦めきれず、捜していた。
本当に、ずっと、ずっと捜していたのだ。
礼香は、無意識に恨みがましい視線を向けてしまう。
そんな視線を受けた真緒は、参ったなといった風に頬を掻く。
「ごめんごめん。ほら、天寿を全うしちゃったら、会いたくても会いに行けないじゃん。許して、ね?」
「許しません」
真緒の言葉に奇妙な安堵感を覚えた礼香は、いたずらっぽく頬を膨らませた。
「そんな。そこをなんとか」
真緒が両手を合わせて謝罪してくる。
しかし、その顔は笑顔。
その顔に釣られ、礼香の顔も自然とほころんでしまう。
「一緒に水族館に行くまでは絶対に許しません」
「……何度も一緒に来たよね。ずっと思い出せなくてごめんね」
真緒は今日までの事を思い出しているのか、水槽を見つめて微笑を浮かべながら呟いた。
「ふふ、許しません」
いたずら心が湧いた礼香は、笑みをこぼしながら謝罪を拒否した。
どんなに否定的な言葉を紡ごうとも、上機嫌となった心が顔を緩ませてしまう。
「この通り!」
真緒が深々と頭を下げた。
とうに機嫌を直していた礼香は、いたずらっぽく笑い、口を開く。
「そうですね、北海道旅行で手を打ちましょう」
その位はしてもらわないと自分の機嫌は直らない、とは言ってみたものの、実際は上機嫌。
いつの間にか、いつも二人でいる時の雰囲気そのものとなっていた。
「いいね。前に会った場所にでも行ってみよっか」
乗り気となった真緒が、そんな提案をする。
「今度は車の運転はできませんよ」
「自転車で行けばいいじゃん。長距離を運転したこともあるんでしょ?」
と、自分が自慢げに語ったことを指摘され、恥ずかしさを覚える。
それと同時に、本当に真緒が凛子なのだなと思える瞬間でもあった。
礼香は、思わぬところでの再会に心を躍らせ、会話を楽しむ。
「そうでした。それなら、キャンプにするのも良いかもしれません」
「任せて。今度は一杯道具を持ち込めるから、楽しめるよ」
「それは楽しみですね」
二人、顔を見合わせ笑い合う。
二人で行く北海道旅行。今から楽しみだ。
しかし、ここで真緒が深刻な表情となった。
「そうだね。……でも、一つだけ悩みがあるんだけど……」
「何か憂いでもあるのですか?」
礼香は急な話題の転換に驚くも、真剣に耳を傾ける。
「いや、この事をナナちゃんにも話さないといけないんだけど、どう説明したらいいか分からないんだよね」
という、真緒の告白を聞き、肩透かしを食らった気分になる。
どんな重い話が飛び出すかと思えば、そんなことか。
今まで色々あったせいか、礼香からすれば些事としか思えなかった。
だが、よくよく考えれば難題というのも頷けた。
「残念ですが、それはわたくしにも分かりません」
前世の知識、マンガの世界、そんな話を七海にすれば様々な疑いをかけられることになるだろう。
今の状態でも、真緒の素行に関しては疑っている節があるので、そんな話をすれば決定打となりかねない。
しかし、後に全てを打ち明けると言ったのは真緒だ。
残念だが、こればかりはどうしようもない。
礼香は、首を振った。
「そんなぁ……」
真緒は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「うふふ、良いではありませんか。わたくしだけは全て分かっているのですから」
誰にも理解されない秘密を自分だけが深部に至るまで把握している。
これから先、どこまでいっても自分が第一の理解者として存在し続ける。
礼香にとってこれ以上のことはなかった。
「まあ、レイちゃんがそれでいいならいいけどさ……」
と、真緒も諦めた表情で納得してくれる。
そう、彼女はそういう人なのだ。
そんな彼女に対し、自分も誠実でありたいと思う。
これから先、どこまでも……。




