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 すると、高そうなスーツを纏った矢間田さんが現れた。




「いらっしゃい。話は聞いているわ。さあ、入って」


 と、リビングへ通される。


 そこは一面ガラス張りとなっており、周囲が見渡せるようになっていた。


「どう、私の工場は? 完璧でしょ。霊薬の生産体制も安定化したし、注文通りの数を調達できているわ」


「その節は、ありがとうございます。皆、助かっています。あと、中々お礼を言うタイミングがなかったのですが、解毒薬を作っていただいて、本当にありがとうございました」


「わたくしからもお礼を言わせてください。貴方のお陰で、一命を取り留めました。雲上院として、心からの感謝を」


 と、私たちは深く頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。


 矢間田さんは紛れもない命の恩人。


 彼女がいなければ、レイちゃんは毒で命を失っていたのだ。


 私たちの言葉を聞き、矢間田さんが照れくさそうにする。


「いいって、いいって。色々あったけど、お陰でリッチになったしさ。そうだ! 見てよ、これ! 私の投資の成果を」


 と、矢間田さんが携帯端末の画像を見せながら、自慢げに武勇伝を語ってくれる。


 見せてもらった画像は、数種の不動産、キッチンカー、カフェ、コーヒー豆専門店、からあげ弁当屋、タピオカミルクティ店、マリトッツォ店、アサイーボール店、カレーパン屋、冷凍餃子の無人販売店、コインランドリーと多種多様だった。


 曰く、自分には投資の才能があるらしく、そういったスカウトが後を絶たない。


 仕方ないので、やってやった。そのせいもあって、もうお金には困っていない。


 勝手にお金が振り込まれてくるので、死ぬまで遊んで暮らせる。


 生きる目標がなくなったのが今の悩みだと、誇らしそうな顔で言った。


「ふぅ……、ほら、私って天才だからさ。分かる人には分かっちゃうんだよね?」


 ファサッと髪をかき上げ、流し目でこちらにドヤり顔を披露する矢間田さん。


 しかし、その話を聞いた私は違和感を覚えた。


「あの、この中のどれかをやろうとして迷っているのではなくて、これら全部をやっているんですか?」


 入居者が居ないと収入がゼロになる不動産。


 酒を売っていない飲食店。


 常連客が付きにくい一点物の嗜好品を取り扱う店。


 客数の変動が激しいコインランドリー。


 なんか、無差別に凄い数をやってるんだけど……。


 そのどれもが儲けでローンの返済をするタイプだ。


「そうだよ? 一つ一つの儲けは少額だけど、これだけ集まると大金になるってわけ。分散投資ってやつだよ。やっぱり、リスクは最小限に減らすべきだからね」


「毎月、口座の確認はしていますか? 本当に黒字になってます?」


 本当に、毎月口座にお金が振り込まれているのか気になった私は溜まらず尋ねた。


「ふっふっふ、焦っちゃだめだよ。今はまだ耐える時ってやつ? どれも儲けとローンの支払いで相殺気味かな。ちょっとだけ赤字になってるけど、ローンを払い終われば、全部黒字化するし、持っている物件も自分の物になるから、実質利益二倍みたいなものだよ」


 アカーン!


 今の時点で黒字になっていないと、数年後に来る老朽化した設備の全交換で大幅赤字になる。


 それに、何年ローンなんだろう……。


 普通に考えれば、支払いが終わる頃には全てボロボロ。


 そんなもの、ただの燃えないゴミでしかない。


 そもそも、それまで生き残れるかどうかが、命がけの綱渡り。


 提供するサービスや、商品の品質が良ければ、上手くいくというものではない。


 立地、競合店、設備不良、食中毒、客数、客質、人手、人口の流動、火事、自然災害、数え出したら切りがない。


 中でも一番ヤバいのは山だ。山はまずい……。まずいんだ……!


「……やばい、どうしよう」


 私は思わず呟いた。


「わたくしにも分かります。今の話を聞く限り、仲介が入っている様子。これは、かなりの額を抜き取られた上に、不利な契約を結び、骨まで削り取られている可能性がありますわね」


「レイちゃん、どうしよう。あんなだけど、矢間田さんは一応、命の恩人なんだけど」


 彼女には大恩がある。


 しかも今は、工場で一属性専用霊薬を作っている最重要人物だ。


 レイちゃんも、そのことは把握している。


 私の言葉を聞いたレイちゃんは、しばらく黙って考え込んだ。


 その後、ゆっくりと目を開くと、慎重に言葉を紡ぎ出す。


「……お金を肩代わりするのは、矢間田さんのためにならないので人を紹介します。それで、今どういった状況なのか、理解していただきますわ。それでも、もうどうしようもないとなった場合は、一度だけお金を貸します……」


 私たちは、今も独り言のように投資でボロ勝ちした話を自慢げに語り続ける矢間田さんを差し置いて話を進めていく。


 結果、レイちゃんから専門の人を紹介することとなった。


 というわけで、レイちゃんが後藤さんを通じて専門家に連絡。


 そこから携帯端末でのオンライン相談という形になった。


 専門家から、現状を分かり易く説明された矢間田さんは真っ白になってしまう。


 ただ、その会話を側で聞かせてもらった感じだと、まだ何とかなるらしい。


 それもこれも、この工場の給料が異常に高いからだそうだ。


 相談の結果、少しずつ物件を売却処分していくことになるらしい。


 ただし、売却でプラスマイナスゼロに持っていくことはできず、赤字確定。


 そのため、一気に売ると首が絞まるので、段階的に処理していくとのこと。


 給料が貯まって、処分時に出る赤字分を補填できるようになったら売却するというのを繰り返すわけだ。


 つまり、赤字が出ると分かっていても、手元に置いておかないといけないというジレンマをしばらく味わうことが確定してしまう。


 それを聞いた矢間田さんは、力が抜けてソファに吸い込まれた。


 口から魂が抜けたようになって呆然自失となり、完全停止してしまう。


 見ていられなかった私たちは、そっと辞去した。


 ここは、傷が深くなる前に処置できたと思ってもらうしかないだろう。



 ――そして、社会見学当日を迎える。


 今回は、工場の寮に宿泊させてもらった。


 前日の夜から、爆発原因となるような要素がないか見張るためである。


 見張りの結果は異状なし。非常に管理の行き届いた工場であり、何の問題もない。


 これは、爆発事故が起きないという展開を期待してもよさそうなほど、兆候がない。


 そうこうしている内に、生徒を乗せたバスが到着。


 私とレイちゃんは前日に家の用事があると説明し、現地集合する許可を貰っていた。


 工場前で生徒が集合しているところに赴き、ナナちゃんと合流する。


「ねえ、本当に二人とも行っちゃうの?」


 いつもならあり得ないほど、不安そうな顔をするナナちゃん。


「そんな顔をしないでください。飛び切りのお肉を用意しましたので、頑張りましょう?」


「うん、頑張る」


 レイちゃんの励ましに、しおらしく頷くナナちゃん。


「大丈夫だって。私の探査霊体がいれば、全部うまく行くから」


 と、私が安心させようとして発した言葉が引き金となり、ナナちゃんの表情が激変。


 激おこの様子で、まくしたててきた。


「その探査霊体が不安なの! お願いだから、ちゃんと動かしてよね!」


「あ、はい」


 私は限界まで小さくなって頷くしかなかった。


 そんな縮んだ私をよそに、レイちゃんがナナちゃんに微笑みかける。


「それでは行ってきます。後はよろしくお願いしますね」


「早く帰ってきてね」


 と、まるで、仕事に出かける彼を見送る彼女の様なリアクションをするナナちゃん。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


「お願いしたいのは、こっちだから。本当に頼むからね」


 と、まるで、ミスした新人社員を皮肉るブラック上司の様なリアクションをするナナちゃん。


 く、この対応の差よ。


 私とレイちゃんは集合場所から離れ、物陰に隠れる。


 そこで私は霊術を発動。自分とレイちゃんにそっくりな探査霊体を作り出す。


 そして、それぞれの耳と口に無線機を仕込んだ。


 今回からバージョンアップしたので口元をマスクで隠す必要はない。


 これで、より本物にそっくりとなった。


「それじゃあ、行ってきて」


 と、指示を出すと、探査霊体がこくりと頷き、ナナちゃんの元へ向かった。


「マオちゃん、こちらの準備も整いましたよ」


 レイちゃんがそう言った視線の先にはトレーラーが待機していた。


 乗り込むと、後藤さんが耐熱服を準備してくれていた。


「こちらがご要望された装備になります」


 私が希望を出したのは、消防士が正式採用しているのと同等の性能のものだ。


 耐熱温度は約一〇〇〇度。


 目元は炎の明るさに対応できるようにサングラス仕様。


 背面には、酸素が遮断された環境でも一時間活動できるボンベ。


 この位しておかないと、万が一に備えられない。


 特に今回はレイちゃんが同行する。


 彼女に怪我をさせないためにも、装備は最高水準のものにする必要があった。


「ふむ。昨日の視察と着用する装備から察するに、マオちゃんは工場で火災が発生すると考えているのですね」


「うん、その通り。だけど、昨日の調査結果だと、何事もなく終わりそうなんだけどね」


「そうですね。安全管理はしっかりしていました。そもそも工場が新しいので、防火設備も最新のものですしね」


「そうなんだよね~。だから、ボヤ程度で終わるかも。まあ、そうなるに越したことはないんだけどね」


 と、話しながら、耐熱服の着用を終える。


「あら? 地震でしょうか。最近、多いですわね」


 レイちゃんが揺れを感じて呟く。


 かなりの震度だったが最近頻発しているせいで、慣れた対応となっていた。


「来たね……」




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