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――すると、そこには異質な光景が広がっていた。
立てかけられた教科書。その陰になるように配置されたノート。そして机の中。
正面から死角になるように作られたスペースには、名刺サイズの極小モニターが隙間なくびっしり配置されていた。
モニターは全て稼働中で、校内の風景が映っている。
映し出されている映像は、リアルタイムの物だと分かった。
何の変哲もない学校内の風景が、あらゆる視点で網羅されているのだ。
しかし、校内の様子を見て、何が楽しいのやら。
(あ……、あの時のあれか!)
ここでピンとくる。
真緒は入学式から数日間、学校の至る所に張り付き、ロッカーを開けてまわっていた。
あれらは全て、監視カメラ設置のためだったというわけだ。
いや、待て……。
それで男子トイレに入ろうとしたということは……。
すぅっと、頭が冷えていくのを感じる。
無断でカメラの設置。
授業中に広域で監視。
この調子だと、録画している可能性も捨てきれない
これは満貫。いや、数え役満。
まごうことなき覗き魔。グレーを通り越したブラック。
――完全にガチモンだ。
これは通報すべきか。
もしくは、礼香から自首を勧めてもらうべきか。
七海は頭を悩ませた。
――いや、自分から説得してみよう。
こんな事、礼香には知られたくないはず。
あんなだけど、一応友達だし……。
まだ学校は始まったばかり。つまり、カメラでの覗きも、始めたばかりということになる。
もし、説得して止めてくれるなら、自分の心の中だけにとどめておくことも考えよう。
考えをまとめた七海は、真緒を人気のない場所に呼び出した。
「なに? こんな所に呼び出して」
と、疑問顔の真緒に、早速本題をぶつけることにする。
「マオちゃん、なんで授業中に覗きなんてやってるの」
「監視のこと? そりゃあ、万が一テロリストが侵入してきても、問題ないようにするためだよ」
中二病か!? と、思わず心の中で突っ込んでしまう。
いや、妄想にとどめずに実行している時点でガチ勢だ。非常に怖い。
「どうしたの、顔色が悪いよ」
真緒が、こちらの異変に気付いて心配してくれる。
そう、こういう人なのだ。彼女は良心的で、思いやりもある。
だから、真摯に向き合って説得すれば、きっと分かってくれる。
「覗きはまずいって。止めておいた方がいいよ」
「うーん、でも便利だしなぁ。犯罪者の突入を想定して設置したけど、そのお陰で色々分かったんだよね」
真緒はそう言うと、こちらに背を向けて勝手に歩き始めた。
「ちょっと、どこ行くのよ」
驚いた七海は、慌てて真緒の後を追いかける。
辿り着いた先は、ゴミ捨て場だった。
ゴミ山の前に屈みこんだ真緒は、七海の前でゴミ漁りを始めた。
覗きに、ゴミ漁り。どう見てもストーカーの所業である。
しかし、真緒がゴミの中から取り出したものを見て、違和感を覚える。
シャーペン、消しゴム、筆入れ、上履き、教科書、小物入れ。
どれも新品同然の物ばかり。きっと一年生の私物だろう。
「ねえ、これって……」
察した七海は、真緒に声をかけた。
こちらの視線に首肯を返した真緒は、取り出した私物類を綺麗にした後、布袋に詰めていく。
「色々聞かれると面倒だから、下駄箱に入れておくかな」
そう言って昇降口へと向かい、布袋をとある生徒の下駄箱に入れた。
「で、された相手は、それでいいけど、やった相手はどうするの?」
七海は覗きの事を忘れ、ゴミ捨て場に捨てられた私物のことで頭が一杯になりつつあった。
「ナナちゃん、凄く怖い顔してるよ?」
と、言われ、自身が怒っていることに気づく。
「こういう陰湿なことをする奴は許せないんだよね」
考えるとイライラが収まらない。どうしても腹が立ってしまう。
「とりあえず、行為の瞬間をプリントアウトした画像を犯人の机の上に貼っておいて、見てるぞ、ってメッセージでも付けておけば、やめるでしょ」
「それ、サイコパス犯罪者が、次のターゲットに送り付けるメッセージのやつ」
けん制方法が独特過ぎて、若干引いてしまう。ただ、効果はありそうではある。
拳で解決することが得意な七海からすると、少しまどろっこしく感じる方法でもあった。
やはり、実力行使で黙らせるのが一番ではないか、と思った七海は尋ねた。
「締めないの?」
すると真緒が、こちらに憐れむような視線を向けてくる。
「なんで、こんなに物理で会話するのが最良みたいな価値観が浸透してるんだろう……。私が人のことをとやかく言えないのは分かってるつもりだけど、ナナちゃんも大概だと思う」
「で、やるの、やらないの?」
納得がいかなかった七海は、更に詰め寄った。
「今はやらない。メッセージを読んでも収まらないようなら、考えるよ」
「分かった。今は折れる。気づいたのも、対策したのもマオちゃんだからね。でも、自分が見かけたり、遭遇したら実力行使で止めるから」
現場に直面したら、きっと抑制できない。
我慢できない性質なので体が勝手に動くだろう。
「まあ、それはそれでいいんじゃない?」
と、あっけらかんとした感じで言われてしまう。
「そうなの?」
もっときつく制止されることを想定していただけに、少し拍子抜けしてしまう。
実力行使は何が何でも駄目、というスタンスではないようだ。
その日は、それで話し合いが中断。解散となった。
結局、なんやかんやあって、覗きの事がうやむやとなってしまう。
七海は悩んだ末、真緒が校内を監視していることを礼香に報告しておくことにした。
すると、「まあ、マオちゃんですから」の、一言で終わってしまった。
いくらなんでも、全肯定が過ぎる回答である。
それでいいのかレイちゃんよ、と思ってしまう七海であった。
後日、真緒と話し合って、プライバシーにかかわるような場所のカメラは撤去してもらった。
そこがお互いの妥協ラインだったためだ。
私室を覗いているわけではないし、公の空間に近いからいいか、と自分を納得させた。
そういったわけで七海の前の席は、今日も何やらゴソゴソやっている……。
◆九白真緒
私が入学して初めにやったこと。
それは監視カメラの設置だ。
この高校生活において、最優先されるのは脱獄犯の襲撃を阻止する事。
そのためには、監視カメラの設置は必須だった。
そして、まめな行動が功を奏し、早くも校内に監視体制を敷くことに成功した。
現在は、日高さんと綾小路君を重点的にチェックしている。
この二人の周辺で、マンガのストーリー展開が発生するかを確認するためである。
その上で現在悩んでいるのは、ターゲットにGPSを仕掛けるべきかどうかだ。
調査の結果、綾小路君には護衛がいた。
そのため、発信機や盗聴器の類いを付けると、発見される恐れがあるので断念した。
日高さんは、一般人なので護衛はいない。
発見される可能性は低いと考え、服の中にGPSを縫い込ませて仕込んだ。
これで、制服着用時限定ではあるが、見失っても位置情報を把握できる。
といった感じで、ひとまず準備は整えた。
マンガの主人公に起こるイベントがナナちゃんではなく、日高さんに発生するのであれば、色々考えなければならない。
どうなるか見守っていると、テスト明けから、ついにいじめが始まってしまう。
監視中、瀬荷城宝子とその取り巻きが、日高さんの私物を盗んでいる現場を目撃してしまった。
その行為が行われるのは、日高さんが教室不在で他の生徒もいない時。
周りに誰もいない瞬間に、盗みやすい小さな物を狙っていた。
そのため、発生がランダムで予測が立たない。
クラスが離れているせいで、先手を打って止めることが叶わなかった。
瀬荷城宝子たちはずる賢い。きっと、盗んだ後に指摘しても拾ったと言うだけだ。
行動の瞬間に居合わせないと、誤魔化される。
指摘に失敗すると、冤罪をかけられたと騒ぎ立ててくる可能性もある。
そんなリスキーなことを、日高さんのクラスにいる雲上院派の子たちにお願いするわけにもいかない。
となると、今は消極的行動にとどめるべき。
それに、瀬荷城宝子を追い込みすぎるのもまずい。
かなりプライドが高いタイプなので、下手に刺激すると日高さんへの加害が悪化してしまう恐れもある。
そして、積極的行動に出られない理由は、もう一つあった。




