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 ◆狐坂移蔵



(ふ、呑気なものだな)


 街の雑踏に溶け込んだ狐坂移蔵は、平和な生活を送る人間たちを見て、ほくそ笑む。


 こんな生活を謳歌出来るのも、今の内だけだ。


 もうすぐだ――。もうすぐ全てが反転する。


 とうとう自分の仕事をやり遂げた、狐坂は心地よい疲労感に包まれていた。


 狐坂の役目。それは、王の軍勢の増強。


 各地に時限式の狭間を設置し、王の復活に備えること。


 人間の間では迷宮と呼ばれているそうだが、あれらはまだ真の力を開放していない。


 今はまだ扉を閉じた状態。


 隙間から小物が漏れることはあっても、本来の機能は停止している。


 その時が来ると、全ての門が開かれ大群が召喚される仕組みだ。


 狐坂は、遠くない未来に訪れるこの街の姿を思い描きつつ歩を進め、交差点へ着く。


 信号が赤だったため、そこで立ち止まった。


 ほんの数秒だが、手持ち無沙汰な時間が訪れる。


 狐坂は、軽い気持ちでビルに張り付けられた街頭ビジョンを見た。


 そこでは女性キャスターが、ニュースを読んでいた。


 内容は北海道について。


 北海道は現在、妖怪から全ての土地の奪還に成功し、建設ラッシュが起きている。


 非常に活気づいた状態であり、経済も活発化しているといった内容だった。


「は?」


 思わず声が漏れる。


 北海道の奪還? 一体どうなっている。


 信号待ちをしている周囲の人間の様子を窺うも、ニュースに対して驚いた様子はない。


 ありふれた日常の一部として認識している。


 狐坂からすれば、意味が分からなかった。


 以前、北海道へ訪れた際は何の変化もなかった。


 いや、もっと前から何もない。


 十年以上何もなかったはずなのに、一体何が起きたというのだ。


 ――しかし、これは一大事だ。


 北海道の妖怪が全滅したとなれば、深刻な戦力低下となる。


 と、ここでハッとなる。


 ……この事実を北海道に居する仲間は知っているのだろうか。


 何も知らない状態で行動するのは危険だ。


 すでに認識しているなら、情報のすり合わせを行いたい。


 そう考えた狐坂は、早速、最北端にある迷宮へ向かった。


 その迷宮は王の復活に備えて、精鋭軍が待機する場となっている。


 中では訓練が活発に行われ、日々研鑽に励んでいる。


 狐坂は警備兵に事情を話し、将軍と呼ばれている妖怪の元へ向かった。


 迷宮の最下層最奥の部屋に設置された首座。


 そこに将軍が坐し、部下の様子を窺っていた。


 将軍が入室した狐坂に気づき、口を開く。


「久しいな。急ぎの用件らしいが、どうした?」


「地上の事は聞いているか?」


「何のことだ」


 どうやら、何も知らないようだ。


 狐坂は間に合ったことに安堵し、話を続ける。


「北海道の妖怪が一掃された。全ての土地を人間に奪われてしまったんだ」


「ほう、そうか。で、用件はそれだけか?」


 将軍は全く興味を示さず、気のない返事しか返さない。


 狐坂にとっては、これほど重要な内容はないと自負していた。


 事態の打開を図るため、将軍に助力を求めようと話を切り出す。


「そ、そうだ。事態は急を要する。できれば、腕の立つ高位霊術師だけでも、倒しておきたい。兵を貸してもらえないだろうか」


 今の内に、北海道を奪った主要メンバーだけでも倒しておきたい。


 そうすれば、けん制になる。相手も慎重に行動せざるを得なくなるため、侵攻速度が衰えるはずだ。


 そう思っての発言だった。


 しかし、狐坂の言葉を聞いた将軍は首を振った。


「駄目だな。お前に、その権限はない。兵を動かせるのは王のみ。俺も王から命を受け、ここで研鑽に励んでいる」


 にべもなく断られてしまう。


 だが、そういう性格なのは知っていた。


 そのため、断られる可能性を考え、別の案も用意していた。


 とにかく、精鋭軍だけは死守しなければならない。


 狐坂は、もう一つの案を話した。


「ならば、場所だ。せめて、ここから移動して身を隠してくれ。この迷宮が今も残っているのは、偶然に過ぎない。今なら本州に潜伏する方がまだましだ」


 ここは迷宮としては規模が大きく、位置的にも最北端と分かりやすい。


 北海道の大半が奪還された今となっては悪目立ちする。


 もっと見つかりにくい場所に移動すべきだ。


 地上の妖怪が激減した今、遠くない未来に、この迷宮へ侵入を試みる霊術師が現れるはず。


 王の復活前に、ここの戦力まで消耗してしまっては意味がないのだ。


 そう考え、軍の移動を提案する。


 しかし、狐坂の案を聞いた将軍は笑い出した。


「フハハ、面白いことを言う。なあ、そう思わないか?」


 将軍に水を向けられ、周りで聞いていた側近たちも笑う。


 嘲笑の声が渦巻く中、狐坂は身を縮めて耐えた。


「地上の妖怪を全滅させた戦力が、いずれここにも来る。だから早い方がいい」


「移動はしない。狐坂よ、臆しすぎだ。我々は地上にいる雑魚どもとは違う。王直属の精鋭だ。どのような者が相手であろうと、何の問題もない」


「……いや、そういうことではなく」


 伝わっていない。


 将軍は己と自軍の力に絶対の自信を持っているのだろう。


 しかし、そういう問題ではないのだ。


 短期間で地上の妖怪を一掃するというのは、相手が実力者だったからという言葉で片づけられるようなものではない。


 明らかに異常事態なのだ。


 そのことが全く理解されていなかった。


 ……残念だが、これ以上話しても無駄だろう。


 これだけ言葉を並べても、全く相手に響いていない。


 狐坂は自分の無力さを痛感した。


 なんとか、彼らの助けになればと思って訪れたのだが……。


 そんなこちらの思いとは裏腹に、将軍は狐坂を睥睨する。


「そもそも地上の準備は、お前たちの仕事ではないか。胃根や鬼谷はどうした? そこは、お前たち三人でどうにかしなければならないところだぞ」


 将軍は、わざとらしくため息を吐くと続けた。


「まあ、お前たちの力量が不足しているのは、理解しているつもりだ。だが、いつまでもここで油を売っていないで、今すぐにでも仕事に戻り、不足部分を補うべきだ。違うか?」


 将軍の言いように、狐坂は怒りを覚えた。


 胃根も鬼谷も今はもういない。


 彼らは王のために命を懸け、散っていった。


 こんな穴倉にこもって何もしない奴らに、愚弄される筋合いはない。


「本当にまずい状況なんだ。どうなっても知らんぞ!」


「その程度、どうもならん。我々が健在であれば、王と共に人間を根絶やしにしてしまうことなど容易い。安心せよ」


 そう言い切った将軍は豪快に笑う。


 ……これは駄目だ。


 狐坂は悟った。


「……そうか。訓練の邪魔をして悪かったな。共有したかったのは、それだけだ。失礼する」


「うむ。貴殿も励め」


 狐坂は迷宮を出た後、深い溜息を吐き、こめかみを押さえた。


「諦めるしかないか……」


 と、少し離れた場所から迷宮を見下ろし、項垂れる。


 このまま行けば、いずれ霊術師が攻め入ってくる。


 さすがに全滅することはないと思うが、それなりの打撃を受けるだろう。


「いや、だめだ……。もう一度説得すべきだ」


 精鋭軍は何としても温存すべきだ。


 そう考えなおした狐坂が、再度迷宮へ向かおうとした瞬間、それは起きた。


 突然、大量の軍隊が現れ、それらが迷宮へなだれ込んで行ったのだ。


 ――ついさっきまで、あんな人数はどこにもいなかった。


 自分が襲われる可能性を考え、索敵は充分に行っていたのだ。


 一体どこから、現れた……。


 しかし、あんな人数が攻め込んだとなれば、迷宮へ赴くのは不可能だ。


 どうやっても、一対多の状況となってしまう。


 それは自殺行為に等しい。


 残念だが、戦いが終わるのをここで待つしかなかった。


 ――頼む、奴らを返り討ちにしていてくれ……。


 狐坂は祈る様な気持ちで、迷宮を見守り続けた。


 しかし、それ以降何の反応もない。


 将軍たちが外に出てくることもない。


 ――そして数時間後、最悪の光景を目にすることになる。


 迷宮から出てきたのは、突入していった軍隊だった。


 兵が出入り口に到着すると、背嚢に詰めた凶石を降ろしている。


 狐坂の視線の先で、瞬く間に凶石が積み上がり、山となる。


 ……駄目だ、全滅だ。


 山積された凶石の頂上に、ひと際大きな石が積まれたのを見て確信する。


 狐坂の心中が絶望の感情に支配される中、驚きの出来事が発生する。


 なんと、軍隊が消えてしまったのだ。


 まるで砂で出来ていたかのように、塵となって消えた。


「……もしかしてあれは、霊術なのか?」


 信じられない規模だったが、あれが人でないなら、霊術ということになる。


 それなら、あの術を使っていた人物が、どこかにいるはずだ。


 そう思って、注意深く観察していると、凶石を回収しに来る者が現れた。


 その者が、どこからともなく取りだした黒い布のようなものに、凶石の山を包んで消し去ってしまう。


 ――やっていることが滅茶苦茶だ。


 なんなんだ、あれは……。


 もしかすると、あれが北海道の奪還に貢献した人物なのかもしれない。


 ……駄目だ。あれだけは、確実に仕留めておかないと駄目だ。


 そう、狐坂の直感が告げる。


 ――顔は覚えた。


 一見子供に見えるが、油断してはいけない。


 それだけの実力を、この目で見たのだから。


 件の人物は、同行していた者と合流し話し込んでいた。


 その立ち位置から、中心的存在ということが分かる。


 やはり、あの子供は重要人物で間違いない。


 顔が分かっていれば、後で身元を調べることも出来るだろう。


 そう思って、じっと見ていると、急にこちらを振り向いてきた。


 突然の事に驚く。


 まさか、これだけ距離が離れているのに気づいたのか。


 そう考えたが、こちらが見えているというわけではなさそうだった。


 攻撃してくる気配はない。


 ただ、気持ちが悪い。


 念のため、退くか。


 狐坂は、その場を離れた。




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