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 ◆雲上院咲耶



 先日、雲上院咲耶は、北海道での活動を引退した。


 元々、引退は予定していたが、本来は引継ぎを終えて後方支援に回る予定だった。


 が、その前に北海道が奪還できてしまった。


 当初の予定とは、余りに違う展開だった。


 戸惑いを覚えたのは自分だけではなく、共闘してきたメンバー全員だった。


 事態が急変したのは、この一年ほど。


 孫と、その友人たちが、前線に参加してからだ。


 そこからは、あっという間だった。


 一瞬で奪還エリアを記した地図が塗り替わっていく。


 最後はあっけなかった。


 休憩中に食事をとっていた時に、奪還の報を聞いたのだ。


 そこから、あれよあれよという間に引継ぎと後処理が終了。


 完全に自由な身となってしまった。


 突然、やることが何一つなくなってしまったのだ。


 だが、体に刻まれた習慣は、その変化に付いて行けず、決まった時間に目が覚める。


 そんな、何もしない時間を得て、気持ちの整理が追い付いてくる。


 そして、思い出す。


 自身が生きている間に、こんな未来が訪れたらどうしたかったかを。


 気が付けば、自然と足が向いていた。


 咲耶は立っていた。念願の場所に。


 ――何もない平坦な大地。


 だが、ここで間違いない。


 ここが始まりであり、目的の地。


 この場所を取り戻すために、戦い続けてきた。


 じっと眺めていると過去の景色が重なり、何もない場所が昔の姿に戻って見える。


 その景色を懐かしみ、村の中を歩いて回る。


 あの家には誰が住み、あの畑は誰の物だった。


 そんな記憶の確認作業をしながら、進んでいく。


 記憶に間違いはなく。迷うことはない。


 この道のりを忘れることはない。幾度となく行き来した道だからだ。


 そしてたどり着く。自分が家出した時に、お世話になった家。


 この村との交流が始まるきっかけとなった、始まりの家。


 そこで過去の景色が消え、現在の土地の姿に戻る。


 今は住宅が解体され、畑は荒れ地のまま。


 何も残っていないが、植栽の痕跡から、どこに何があったか想像できた。


 玄関があった場所に立ち、見回す。


 ――とうとう戻って来れた。という強い実感が湧いた。


 充分に家の跡地を見て回った後、次の目的地を目指す。


 そこには目印にしていた木があり、その側で寛いだ記憶がある。


 緩やかな坂となっている道を上り、目的の場所に着く。


 記憶通りに樹木があり、思い出通りの景色がそこにあった。


 木に触れ、周囲を見回す。


 すると、こちらへ近づいてくる沢山の人影が見えた。


 目を凝らすと、先頭に榊の姿があった。


 その後ろには、今日まで前線で共に戦ってきた者たち全員が居た。


 皆が咲耶の眼前で止まり、整列する。


 そして、口々に咲耶の名を呼んだ。


 それに応え、皆の元へ向かう。


 集団の数歩前まで近づくと、盛大な拍手が迎えてくれた。


「咲耶さん、今までありがとうございました」


 と、前に出た榊が咲耶に花束を渡した。


 それを合図に、全員が「ありがとうございました」と、頭を下げる。


 そんな姿を前にすると、恐縮してしまう。


 むしろ、こちらが我がままに付き合わせてしまったという気持ちが強いためだ。


「私は自分のやりたいことをやっただけです。このような扱いを受ける資格はありませんよ」


「そう思っているのは、雲上院さんだけですよ。ここにいる全員、そんな風には思っていません。それより、こっちに来て下さい」


 と、榊が横にずれ、それに倣って皆が左右に分かれる。


 人垣が割れて道ができた。その先には高台が見えた。


 皆に促された咲耶は坂を上り、村が一望できる場所へとたどり着く。


 そして、村があった場所を見下ろした。


 すると、自分が歩いてきたエリアとは反対の場所が見えた。


 そこでは、重機が入って建設ラッシュが始まっていたのだ。


 畑も復元が始まっている。


「雲上院さん」


 呼びかけられて振り向けば、村の出身者たちがいた。


 そう分かったのは、自分の知る人たちと面影が重なったためだ。


 そこに榊たちが加わる。


 気が付けば、沢山の人が自身を見つめていた。


「フフ、どうですか? 皆、雲上院さんに会いたくて集まったんですよ」


 榊はいたずらが成功したような顔で笑う。


 咲耶は、全員の顔を見渡した。


 皆、笑顔だった。


 憂いのない顔で微笑んでいる。


 すると榊が、新たな村の代表者となる人物を紹介してくれた。


 代表者が咲耶の手を両手で握り、深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


 その言葉を合図に、全員が再度頭を下げた。


 皆、心の底から嬉しそうである。


 ――ああ、よかった。


 一時は迷ったが、これでよかったのだ。


 そう思えた。


「そういえば、息子さんとお孫さんが来ていますよ」


 という言葉とともに人垣が割れ、その先に息子の昭一郎と孫の礼香が立っていた。


 二人がこちらへ駆け寄ってくる。


「お祖母様、おめでとうございます。そして、お疲れさまでした」


「礼香がどうしても、ここでお祝いしたいと言ってね」


「そうでしたか」


 駆け寄ってくる二人に笑顔で応える。


「是非、お話を聞かせてください」


「私も、ここに来るのは初めてなんだ。ちょっと案内してよ」


「仕方ないですね」


 という咲耶の顔には自然と笑みがこぼれていた。


「それでは、歩きながら話しますか」


 咲耶は、息子と孫の二人とともに、村へ向けて歩き始めた。



 ◆兎与田七海



 結界がある洞窟の向かいにある山。


 七海は、その山の中腹に墓を建てた。


 両親を含め、結界に関わった人たちを弔う墓だ。


「こんな寂しい所でいいのか? 東京の方がよくないか」


 という兎与田の問いに、頷き返す。


「最終的にはそうするつもり。でも、今はここがいい」


「そうなのか?」


 この場に一時的な墓を建てた理由が分からなかったのか、兎与田が疑問顔になる。


 七海は墓の方を見た状態で立ち上がり、口を開く。


「ここで見ていてもらうの」


 兎与田の方を向いて笑顔を見せ、続ける。


「もうすぐ復活する妖王が、ぶっ飛ばされるところをね」


 という七海の言葉を聞いても、兎与田の顔は晴れなかった。


 納得がいった様子はない。


「……気持ちは分かるが、それは無理だろ。てか、絶対に無茶はするなよ」


 危険なことに手を出すことを心配し、兎与田が七海の身を案じてくれる。


 その言葉を聞いた七海は、笑って首を振った。


「違うって。私がやるわけないじゃん。そうじゃなくてさ、私なんかより適任がいるでしょ?」


 という七海の視線は、麓を見ていた。


 そこには雲上院家の車があり、側で礼香と真緒が七海たちが戻ってくるのを待っていた。


「確かに……、それならぶっとばせるかもしれん」


 二人を見ていると気づいた兎与田が納得の表情となり、ニヤリと笑う。


「みんなが守った結界は無駄じゃなかったって、ここで見ていてもらうの」


「それはいいな」


 兎与田は、「粋じゃねえか」と、理由を聞いて楽しそうに笑う。


「それじゃあ、友達を待たせてるから。また来るね」


 七海は墓の方を見てそう言うと、墓前から離れた。


 すると、兎与田が入れ替わるようにして屈みこみ、両手を合わせる。


「娘さんを危ない目に遭わせないとお約束します。そして、絶対に幸せになってもらいます」


「もう、何言ってるのよ」


 七海は兎与田の突然の行動に動揺し、肩を掴んだ。


 が、兎与田は止まらない。


「こう見えて、真剣に結婚を考えている相手もいるので、ご安心ください」


「ちょっと!」


 思わず肘を入れてしまう。


 さすがに、ここでそれを言うのは反則だ。


 しかし、とうの兎与田は、納得がいかない様子だった。


「なんでだ。いつか挨拶に来るつもりなら、軽く話しておいた方がいいだろ」


「う……、でもタイミングってものが」


「ま、いいじゃねえか」


 こちらが言葉に詰まったのを見て、兎与田が肩をすくめる。


 してやられた気分になった七海は何か言い返せないかと考え、思いついたことを口に出した。


「そういう、タイラはどうなのよ」


「何が」


「そりゃあ、ビッグバンの店長の……」


「うるせえ!」


 途中まで言いかけたところで、大声で遮られてしまう。


 納得のいかない妨害であった。


「私だけ報告するなんて、ずるくない?」


「それとこれとは話が別だ。もう行くぞ」


「ふうん、報告できないくらい不安定な仲なんだ?」


「うっせー!」


 七海と兎与田の二人は、賑やかな雰囲気のまま墓前を後にした。




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