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動揺している間も妖怪は増え続け、確実に距離が詰まっていく。
いくら相手が弱い妖怪といっても、数がおかしい。
とてもじゃないが、倒しきれる数ではない。もう終わりだ……。
「大丈夫なんで、落ち着いてください。それより、これに座ってもらえますか。私は隣に座りますんで」
そう言って、真緒さんが視線を向けた先には、ゲーミングチェアのような黒い椅子が二つあった。
「え、一体いつの間に」
「急いで! 座ったらベルトをしっかり締めてください」
「わ、わかりました」
何が何だか分からなかったが、真緒さんの真剣な口調に逆らえず、言われた通りにする。
ベルトは、カーレースで使われるようなもので、体を完全に固定した。
椅子は座り心地が良いため、ベルトで固定されても体に負担を感じることはない。
私がベルトを締めたのを確認し、真緒さんが口を開く。
「それじゃあ、いきますよ」
という合図とともに、椅子が急スピードで垂直上昇し始めた。
「きゃあああぁっ!?」
椅子という物体からは予測できない挙動に、私は思わず悲鳴を上げてしまう。
何事かと見下ろせば、黒い柱のようなものが下から生えて打ち上げられたのだと分かる。
また、それと同時に、左右にも同様の柱が密集状態で展開し、黒い壁を形成していた。
大量に生えた柱の前後には、平たい円錐状の突起が複数ついている。
見ようによっては、巨大な金棒のようだ。
突然高所に打ち上げられ、訳もわからずにいる間も、妖怪たちが駆け寄って距離を詰めてくる。
「なんて数なの……」
かなりの高所から見下ろす形となったため、どのくらいの数の妖怪がこちらに迫ってきているのか一目瞭然となる。
まるで、国内最大規模のマラソン大会のスタート位置のようだ。
妖怪の群れが密集しているため、地面が見えないほどである
余りの数を目にし、ここが最前線だということを否が応でも思い知らされる
ここが高所でなければ、あの妖怪たちに成す術なく蹂躙されていただろう
「じゃあ、こちらも迎え撃ちますか」
真緒さんが軽い調子でそう言った瞬間、柱に着いた突起から霊気が放出された。
大きさは前腕ほど。そんなサイズの霊気の塊が、高速で連続射出される。
一瞬で弾幕の雨が形成され、片っ端から妖怪を消滅させていく。
霊術を使わず、ただの霊気放出で妖怪たちが蒸発するように消えていった。
「???」
それなりの経験を積んだ自分から見ても、眼前の光景は非常識と言わざるを得ないものだった。
こんな討伐スタイルは初めて見た。
凄まじい速度で妖怪が消滅していく。
それでも迫りくる妖怪の数が多く、勢いが衰えない。
その事実に眩暈を覚えそうだった。
……これが北海道。
これが最前線。
「真緒さん、このままでは接近されてしまいます。いくら高所とはいえ、いつかはここまでやってくる妖怪が現れますよ」
押され気味の展開に危機感を覚えた私は、真緒さんに窮状を訴えずにはいられなかった。
無数の妖怪たちによる攻勢に、不安を覚えずにはいられなかったのだ。
「ああ、大丈夫ですよ。いまから霊術を使いますんで。よっこいしょ」
彼女は、先ほどまでと同じ調子でそう言うと、指揮棒状の霊装を軽く振るった。
途端、どこからともなく、砂を纏った竜巻が大量に発生する。
それらがロボット掃除機の様に、妖怪が多い地帯目掛けて移動を始めた。
竜巻に巻き込まれた妖怪たちは、ことごとく消滅。
霊気放出による弾幕の雨と、自動追尾する大量の竜巻。
その二つによって、攻撃が隅々まで行き渡り、逃げ場を失った妖怪たちが次々と消滅していく。
結果、妖怪の数が目に見えて減っていく。
今まで地面が見えなかったが、それが解消されていく。
たった数分で、残された妖怪がまばらに点在するような状態へと変化していった。
「よし。それじゃあ、次に行きましょうか」
真緒さんがそう言うと同時に、竜巻が全て消えてなくなる。
そして、代わりに姿を現したのは、ガスマスクをつけた軍団。
全身を戦闘服とボディアーマーで身を包み、頭部はヘルメットを着用。
顔はガスマスクで覆われているため、表情は分からない。
数えきれない人数の集団が、どこからともなく現れたのだ。
「え、あの人たちは一体どこから……。いつのまに増援が……」
全く気配がしなかった。
そもそも、ここは妖怪で溢れかえっていたのに、どこに潜伏していたのだろう。
「霊術ですよ。それ、行ってこーい」
真緒さんが発した軽い調子の合図を受け、ガスマスク軍団が統制の取れた動きで妖怪に向かって走り出す。
その先の展開は完全な蹂躙だった。
ガスマスク軍団は、徒手空拳で妖怪を倒していく。
統制の取れた動きで、こちらへ接近しようとしてくる個体を各個撃破。
そんな中、霊気放出も止まない。遠方は霊気放出。接近戦はガスマスク軍団。
完全な役割分担により、妖怪の数がゼロに近づいていく。
「な、なんなのこれは……」
私は複雑な気分に支配されていた。
凄まじい数の妖怪が、たった一人の霊術師によって殲滅されていく。
密集時は一分程度で数百……、いや千は消えていた。
いくらなんでも異常だ。
この規模の霊気放出と霊術を維持しようと思ったら、どれだけの霊気が必要になるのだろうか……。
再現する方法を考えてみるも、不可能という事しか分からない。
あのレベルになると、自分が何百人単位で必要になるだろう。
彼女は一属性。
それでも、霊鎧を消し飛ばすほどの霊力の持ち主ということは理解していた。
だが、それだけ。五属性が使う霊術には劣る。
五属性と一属性なので、実力に明確な隔たりがある。そういう風に考えていた。
だからこそ、自分にも手伝えることがあると思っていた。
……いや、違う。
だからこそ、自分の実力を見せて、五属性との力の違いを見せられると思っていたのだ。
だがそれは、完全な思い違いだった。
この惨状を目撃すれば、嫌でも分かる。
彼女は霊鎧を破壊した時、手加減していたのだ。
そうしないと、周囲に被害を及ぼしてしまうから――。
これが、彼女の本当の実力。
――――――いや、待て。
本当にそうなのだろうか……。
これが全力で間違いないのだろうか?
そんな疑問が湧き上がり、嫌な汗が頬を伝う。
私は自然と真緒さんの方を向き、様子を窺っていた。
そして疑念が深まる。
――なんか、全く疲れてなさそうなんだけど?
けろっとしている。
大量の霊気放出を続けた上に、これだけ大規模な霊術を展開しているのに、平然としているのだ。
むしろ、椅子に座って寛いでいる……。
「どいういうことなの!?」
理不尽さを感じた私は、思わず声に出して叫んでしまった。
「うわっ、ビックリした」
「ご、ごめんなさい。つい……」
う、驚かせてしまった。何をやっているんだ、私は。
全く何もしていない上に、妖怪討伐の邪魔をしてしまうなんて……。
「落ち着いてください。この位なら、いつもやっているんで、絶対大丈夫ですから。もうすぐ終わりますんで、帰ったらご飯にしましょう」
と、妖怪の数に驚いたと勘違いした真緒さんが、私を安心させようと説明してくれる。
が、その説明を聞き、私は益々混乱が深まった。
「このくらいなら……、いつも?」
「はい。初めて未踏破エリアの調査をした時は実感なかったですけど、こうやって討伐をしてみると、やっぱり北海道は妖怪が多いですね」
と、真緒さんが勘違いしたまま軽く笑う。
その言葉を聞いた瞬間、私の身体が震え出した。
恐怖で震えているのではない。
興奮しているのだ。
ついさっきの真緒さんの言葉。
この位の討伐なら、頻繁に行っているという説明。
それはつまり、凄まじい速度で北海道の妖怪が日々減っている、ということになる。
それに加え、妖怪の討伐は真緒さん一人が行っているわけではない。
雲上院グループが全力支援している討伐グループが存在するのだ。
そこに微力ながら、自分も加わる。
「これなら、何とかなってしまうのでは……」
むしろ、父が戻ってくる前に、北海道を奪還できてしまうのでは。
この状態が維持できるのであれば、夢でも何でもない。
実現可能な範囲だ。
短期間での北海道奪還など不可能。
夢物語の類いと一笑に付されるものだったはずなのに――。
「終わりましたよ。全滅させたみたいなので、探査霊体が凶石を回収し終えたら帰りましょうか」
終わったと言うので、眼下を見下ろす。
妖怪は一匹も残っておらず、辺り一帯に凶石がびっしりと敷き詰められていた。
それをガスマスク軍団が熊手を使って回収している。
本当に全滅させてしまったようだ……。
「お、お疲れ様です……」
私はそう言いながら、考え込んでいた。
ここに来てから、どのくらいの時間が経過したのだろう、と。
正直、一時間も経っていない気がするのだけど……。
そんな事をぼうっと考え込んでいる間に、全ての作業が終了し、帰る準備が整っていた。
「それじゃあ、帰りましょうか。今日は出所祝いのパーティーですよ」
「あ、はい」
我に返った私は、慌てて返事を返して自転車に乗る。
「会場には、レイちゃんと雲上院関係の人たちが勢ぞろいしているので、豪華さは折り紙付きなんで期待してください」
「そ、それは楽しみですね」
どうやら、私の出所初日のサプライズは、ここだけで終わりそうにない。
――それから一か月後。
雲上院の妖怪討伐グループは、北海道の四分の三を奪還することに成功した。




