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◆炎泉留美
私、炎泉留美は無事に刑期を終え、本日出所した。
迎えに来てくれた九白真緒さんと共に、その日の内に北海道へ移動。
空港から外に出て大地に両の足をつけると、気分が高揚してくる。
そう、とうとう北海道での活動が始まるのだ。
この日を、どれだけ待ちわびたことか。
これまで耐えてきた同郷の人たちのためにも、故郷を取り戻す。
生活可能エリアを少しでも広げたい。
そんな使命感が私を突き動かそうとするせいか、気持ちが高ぶって落ち着かない。
「真緒さん、私はいつから妖怪討伐に参加できるのでしょうか?」
「え、今日出てきたばかりですよ? 北海道には着きましたけど、活動自体はもう少し休養を取ってからと考えていたんですが」
「いえ、一日でも早く動きたいです。父が帰ってくるまでに、出来るだけ成果を上げておきたいのです」
北海道は広い。
その広大な大地に、大量の妖怪がはびこっている。
そのため、ほんの少しのエリアを奪還しようとしても、凄まじい労力が必要になることは知っていた。
だから、休んでいる暇などないのだ。
父が活動しやすいように環境を整えておけば、合流した際に奪還速度を上げることができる。
私はそう考え、一日でも早く活動したいと告げた。
「分かりました。それなら今日から参加しますか? でも、しばらくの間は補助に回って、慣らしてくださいね」
「ありがとうございます! 是非やらせてください」
こちらの意図を組んで、真緒さんが提案してくれる。
まさか、今日から現場へ向かえるとは。
非常にありがたい話である。
現場の人との連携を考えると、しばらくは後方での支援が主となるのは仕方がないというのも頷ける。
そんなわけで、トントン拍子で話が決まっていく。
私が向かうこととなったのは、すでに奪還が終了しているエリアだった。
ただ、奪還して間もないため、散発的に妖怪が出没するらしい。
そういった妖怪を、現地メンバーと一緒に駆除して欲しいという。
確かに感覚を取り戻すには適しているかもしれない。
が、正直に言えば、物足りなさを感じる配置だった。
できれば、戦闘に参加しなくてもいいので、最前線での戦闘を見てみたいと考えてしまう。
しかも、話を聞くと、その場に真緒さんは同行しないという。
「真緒さんはどちらに?」
「私ですか? 私は最前線の一角ですね」
「それなら私もそちらに同行させてください。お願いします!」
「えぇ~……」
明らかに、しぶった表情になる真緒さん。
「こう見えて、元は十家に名を連ねる五属性霊術師。自分の身は自分で守れます。後方で見学するだけでいいのです、どうかお願いします」
真緒さんは、顔が広い。私や父が雲上院グループでお世話になれるよう、取り計らってくれたのも彼女だ。
ここで何も言わなければ、当分の間、はぐれ妖怪を駆除することが確定してしまう。
そうなると、真緒さんと次に会えるのは、いつになるか分からない。
つまり、なるべく早く最前線を見学したいなら、今が最初で最後のチャンス。
私は深々と頭を下げて頼み込んだ。
「う~ん……、それなら、もう少し前線寄りの場所に変更しますよ」
と、変更を受け入れてくれた。
しかし、真緒さんとは違う場所と言う。
同じ場所だと駄目なのだろうか。
むしろ、前線に立つ真緒さんのことが心配なのだけど……。
私がいれば、彼女の援護もできると思って提案したのだが、うまく伝わっていない気がする……。
ここはもう少しはっきりと言った方が良さそうだ。
「いえ、真緒さんと同じ場所で。こういう言葉をご存じですか、一属性で半人前、二属性で一人前、三属性で十人力、四属性で百人力、五属性で一騎当千。真緒さんのことを過小評価しているわけではありませんが、私もそれだけの力があるということです。絶対に落胆させるようなことはないとお約束します」
私は自分の有用性をアピールし、再度説得を試みた。
「じゃあ、今回は見学だけってことでお願いしますね。手は出さないとお約束されるのであれば、同行を許可しますよ」
ふむ、この辺りが妥協点でしょう。
「仕方ないですね。ですが、危険と判断した場合は加勢させてもらいます。いいですね」
「分かりました、それでいきましょう。それじゃあ、準備しますか」
やりました! これで最前線の戦闘を間近で見ることができる。
私は思わず、ガッツポーズを取ってしまう。
喜びのあまり声を上げそうになるも、何とか堪えて準備を整えた。
そして、集合場所に着くと、真緒さんが一人で待っていた。
他には誰もいない。早く着きすぎたのだろうか。
「あの、他の方は?」
「いませんよ。私と留美さんだけですよ?」
「え」
「それじゃあ、行きますか」
疑問顔の私を放置し、真緒さんが背を向けて歩き出す。
「ど、どうやって移動を? 車は誰が運転するのですか」
まさか、徒歩で向かうのだろうか。
いや、いくら何でも、それでは時間がかかり過ぎる。
そんな事を考えていると、真緒さんがいきなり振り向いた。
「移動はこれです。ヘルメットをどうそ」
そう言ってヘルメットを投げ渡され、胸で受け止める。
そして、真緒さんが指さす先には、自転車が停めてあった。
「え」
自転車は、頑丈そうなオフロード用である。
呆気に取られているまま、真緒さんに倣ってヘルメットを着用する。
「身体強化を使って漕ぐので、ついて来てくださいね」
そう言って、真緒さんは自転車を発進させた。
「ちょ、ちょっと待って」
私は慌てて自転車にまたがり、真緒さんの後を追う。
とうの真緒さんは身体強化を発動しているらしく、意味不明な速度で遠ざかっていく。
いけない! このままでは置いて行かれる。
焦った私は、すぐさま身体強化を発動し、ペダルを漕ぐ力を強める。
そして何とか追いつき、並走状態に持っていく。
すると、隣に来た私に気づいた真緒さんが話しかけてくる。
「日帰りで行く予定だったので、結構きついかもしれないですけど頑張ってくださいね」
そう言った瞬間、真緒さんの自転車が更に加速する。
……え、ちょっと待って。
「は、速いです! 真緒さん、待って!」
私は必死になって食らいついた。
最早なりふり構っていられない。一瞬でも気を抜くと、置いて行かれてしまう。
私はひたすらペダルを漕ぎ続けた。
「付いてきたいと言ったのは留美さんなんですからね。こっちもスケジュールがあるので、手加減できないですよ」
そうだ、我がままを言ったのは自分だった。
向こうの提案を二度蹴った上に、強引について行こうとしたのは他ならない私だ。
余りに恥ずかしい己の行いに気づき、気を引き締めなおす。
――そして数時間後。
「着きましたよ。さっきも言いましたけど、最前線なので、周りに気を付けてくださいね」
「はぁ……、はぁ……、わ、わかりました」
呼吸が乱れた私は、最低限の言葉を返すのがやっとだった。
「戦いやすそうな場所へ移動しますんで、ついて来てください」
息切れで声が出なかったので、首肯で応え、真緒さんの後を追う。
彼女は近所の公園を散策するような、軽い足取りで進んでいく。
しかし、ここは最前線。いつ不意打ちされてもおかしくない。
感覚を研ぎ澄ますと、複数の怪しげな気配がこちらの様子を窺っているのが分かる。
集中しないと危険だ。私は霊装を抜き、奇襲に備える。
そして、慎重に歩を進めた。
「じゃあ、この辺にしますか」
と、こちらに振り返った真緒さんが立ち止まる。
「え、こんな所で大丈夫なんですか?」
そこは、周りに遮蔽物が一切ない広大な荒れ地。
こんな見晴らしの良い場所では、すぐに囲まれてしまう。
戦闘は一対一の状況を維持し、数を減らしていくのが常道だと思うが、ここではそれが難しい。
戦うにはあまりに危険すぎる選択に思えた。
「最適ですね。ちょっと準備しますね」
「えぇ……?」
そんな私の意見を聞き流し、真緒さんが延焼しない開けた場所に、途中で拾い集めた枝を組み上げ始める。
そして着火。締めに、何やら乾燥した草を上から大量に振りかけた。
すると、煙に乗って独特な臭気が周囲に振りまかれ始める。
この匂いは誘魔の香!?
確か……、妖怪を引き寄せる効果のある香だ。
霊術師として押さえておくべき知識の一つとして教わった記憶がある。
非常に危険な効果なため、軽々に使用することが禁じられている物だったはず。
それを最前線で、あんな大量に、キャンプファイヤーのごとく使ったら……。
しかも、霊術を使用して煙を広範囲に展開しているような……。
私は慌てて口を開く。
「ま、真緒さん、それは誘魔の香では?」
「そうですよ。あ、どうやら妖怪が集まってきたみたいですね」
真緒さんが軽い調子で答えるのと、こちらの気配を察知して妖怪が出現するのが同時となる。
現れた妖怪は低位のものが多数。一瞬で大地が妖怪で埋め尽くされていく。
統制が取れていない群れが、三六〇度を囲む形で、延々と湧き出続けた。
「そんな……、なんて数。こ、これでは逃げられない。どうすれば……」
動揺している間も妖怪は増え続け、確実に距離が詰まっていく。




