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主流派――、礼香にも馴染みのない単語であった。
「玄宮家内部での実力者たちの総称じゃな。掃討戦の終了間際に全員行方不明になっておったのじゃが、その後の事はマオちゃんから聞いておる。とまあ、そのせいで玄宮家は絶対数が少ないのじゃ」
「ああ、主流派ってそういうことね。当主が私の事を疑っていたってことは、もしかして結構まずい?」
「ナナちゃんが五属性ということは、誰でも知ることができます。主流派の可能性があるということが、どの程度広まっているかで状況が変わりそうですね」
「うむ。今のところは、大丈夫じゃ。そのことを疑っていたのは当主のみ。そして、殺人が目的だったため、最側近の一人にしか詳しいことは話しておらん。知っているのは、井和倉を含めて三人じゃの」
未花の言葉が事実なら、ひとまずは安心。
七海と玄宮家の話が広まることはない。
「それなら、話が広まるのは避けられそうかな」
「念のために、口を封じましょうか?」
やはり元を断っておけば、安心できる。
そう考えた礼香は片手を頬に当て、呟いた。
その言葉に、未花が過剰な反応を示す。
「レイちゃんが言うと、実力行使しようとしているように聞こえるから、やめてほしいのじゃ!」
「まあ、隔離して物理的に会話できないようにするという意味で言いましたが」
洋扇で口元を隠した礼香が目を細めて言う。
先の発言に他意はない。本当である。
と、ここで七海が思い出したように、口を開く。
「……あ、そうだ。霊獣の事も話しておかないと」
「何かあったのかの?」
七海は、未花に霊獣と契約したことを話した。
玄宮勝邦の暴挙を止める際、結界の修復に失敗。その時に、霊獣と契約することとなったのだ。
「……そうか。名実ともに、正真正銘の玄宮の当主となったというわけじゃな」
未花が感じ入ったような声で、しんみりと呟く。
その言葉に、七海は苦笑を返した。
「うん、そうなっちゃうんだよね」
「できれば、今は知られたくありませんわね」
これからのことを考えた礼香は、その事実の公表をなるべく遅らせるべきと思った。
その発言に、未花が首肯する。
「そうじゃのう。今名乗り出て、新当主になると、前当主の負債を全てしょい込むことになってしまうのじゃ」
何もやっていないどころか暴挙を阻止したのに、結界を破壊した責任を問われる立場になってしまう。
しかも、限界まで弱体化した組織の長を務めることにもなる。
ひどい仕打ちを受けるのは目に見えていた。
それに加え、妖王を封じている結界は霊獣と当主の魂の力を使う。
もし、結界を新しく作り直す話が浮上した場合、七海の身が危険にさらされることとなってしまう。
そういった事態は避けたいというのが、この場に居る全員の総意だった。
軽くため息を吐いた未花が続ける。
「しばらくは黙っておくしかないのう」
「それって、秘密にしていたのがバレたら余計に責められない?」
こちらから打ち明ける前に、誰かに知られれば責められるだろう。
だが、そのリスクを冒しても、今は話すべきではないと礼香は考えた。
「今、事情を話しても、責める人は出てくるでしょう。それなら、事実が露見するまでに裏で味方を増やしていく方が得策かと」
七海は四柱当主の鳳宮未花と友人である。
それに加え、鷹羽雷蔵と縁がある。
そして礼香は、他の四柱当主に対し強く出られる。
そういったことを最大限利用すれば、七海を取り巻く状況を今より改善出来る気がした。
礼香の言葉を聞いた未花が同意の首肯を示し、自身の胸をドンと叩いた。
「安心せい。わらわが味方じゃ。絶対に悪いようにはせん」
「ありがとう」
礼香と未花の言葉に、七海が笑顔を見せる。
「まあ、じっくり行こうぜ。まだ時間はあるんだしな」
と、ここまでじっと黙って話を聞いていた兎与田が七海を励ました。
しかし、七海は浮かない顔で口を開く。
「今回のことで結界の寿命が縮まったの。だから、あんまりのんびりもしてられないかも」
「どのくらいで壊れるか、分からないのですか」
それは聞き逃せない情報だ。詳細が知りたかった礼香は、すぐさま質問した。
それを聞いた七海は、腕組みをして考え込む。
「……今の感じなら、あと四年か五年。でも、内部からの抵抗があるから早まると思う。ごめん、はっきり分からない。定期的に調べた方がいいかも」
七海は自信がなさそうな感じで、期限を曖昧に答えた。
詳細な期間を確定させるのは、判断が難しいようだ。
ただ、結界を構成する要素の一つである前当主の魂の消失と、結界へ行った応急処置方法の弊害により、寿命が縮まったのは確実とのこと。
が、その言葉を聞いた未花は、ほっとしたように笑顔となる。
「なんじゃ。まだ時間があるではないか。それだけの時間があれば、なんとかなるじゃろう」
「わたくしも全力で支援しますので、ご安心ください」
礼香も未花と同意見だった。
今月中にでも事が起きるなら一大事だが、年単位で時間があるなら問題ない。
むしろ、それだけの期間が残された状態で事前に知れたのは僥倖と言える。
未花と礼香の強い励ましを受け、七海も元気を取り戻す。
そんな雰囲気に気をよくしたのか、兎与田が笑顔で口を開いた。
「もう、あれだ。アキラ君と結婚したらどうだ。そしたら問題の大半は解決するぞ」
その言葉を聞いた途端、七海の顔から表情が消える。
次の瞬間、凄まじい速度で兎与田の腹を殴った。
「いてっ」
と、腹を押さえてうずくまる兎与田。
当たり所が悪かったのか、しゃがみこんだまま小刻みに震えている。
しかし、そんな兎与田を見て、未花が可哀そうなものを見るような目で溜息を吐いた。
「今のは殴られて当然なのじゃ」
「少しデリカシーにかけましたわね」
と、未花の言葉に礼香も続く。
「も、もし一緒になるんだったら、そういうのが全部解決したあとだから」
七海が顔を真っ赤にしながら、言葉を詰まらせて反論する。
あら、結婚するというところは否定しないのか、と礼香は密かに思ったが、声には出さずに心の内にとどめておく。
「お、おう」
丸まったままの兎与田は、苦しそうにしながら何とか返事を返した。
と、締まらない形で話し合いは終了。
情報共有が済み、今後の方針がある程度形となった。
◆九白真緒
いつになるか分からないと思って、どっしり構えていたが、出所日が確定した。
それも唐突に。
というわけで、今日が出所当日となる。
一切前置きがなく、いきなり明日出ろと言われたせいで、かなり面食らった。
自分だけが特別扱いなのかと思ったが、そういうわけでもない。
対象となったのは、延期になっていた人たち全員。一気に大放出というわけである。
受刑者の間では、脱獄犯の井和倉慶二が捕まったからではないか、という噂が広まっている。
そんなわけで、施設内は普段より騒がしくなっていた。
私はそんな施設内を回って、お世話になった人たちに挨拶をしていた。
大体の反応は、「お、おう……、頑張れよ」みたいな感じなんだけど……。
皆、私の出所が受け入れられないような反応を返してくる。
私が短期間で出るのが、それほど驚くことなのだろうか。
そんな疑問を覚えながら、最後の人たちに挨拶する。
「それじゃあ、お先に失礼します」
と、炎泉親子に頭を下げる。
炎泉さんたちと知り合えたお陰で、炎泉派と認知され、人付き合いでの面倒ごとが減った。
自分にとっては、非常にありがたい出会いだった。
「そ、そうか。我々も、いずれ出所する。その時はよろしく頼む」
「私は、もうすぐです。時期が確定したらお知らせしますね」
「ええ、お待ちしています。それじゃあ、外でまた会いましょう」
と、挨拶を済ませると、退所手続きを行う。
そこでは一番お世話になった刑務官さんが対応してくれた。
「お世話になりました」
「本当にな。いや、模範的な振る舞いだったとは思うんだが……。とにかく、こんなところにはもう来ないように」
「善処します。その腕の怪我、酷いんですか?」
刑務官は片手にギプスをし、アームホルダーで吊っていた。
「あの時の騒動で折れたんだ。引っ付くまで、しばらくかかりそうだ」
「ちょっと失礼」
私は指揮棒型の霊装を出し、回復霊術を使った。
目の細かい砂がギプスの隙間から内部に侵入。負傷した腕を包み込む。
「うわ、なんだこれは!?」
「はい、終わりましたよ。腕の具合はどうですか?」
「腕? …………痛くないな」
「ギプスを外しても大丈夫だと思います。二~三日は強い負荷をかけないで下さいね」
「そ、そうか、助かる。…………回復術で骨折を治すことなんて不可能なはずなんだが」
「それじゃあ、失礼しますね。お元気で!」
刑務官さんが何かモゴモゴ言っていたが、会話を区切るように頭を下げた後、施設を出る。
すると、強烈な日差しが降り注ぎ、思わず目元を手で覆う。
屋内にいることが多かったから外の明るさに慣れるまでしばらくかかりそうだ。
そんなことを考えながら通路を進み、出入り口となっている門を潜る。
すると、笑顔のレイちゃんとナナちゃんが迎えに来ていた。
「お勤めご苦労様です」
と、ナナちゃんがニヤニヤしながら言って来る。
そんな彼女の今日のいで立ちは、上は花札柄の刺しゅう入りTシャツ。
下はハーフパンツのようになったダメージジーンズ。
足元は雪駄。鼻緒には和柄の刺繍がある。
目元は、薄いブラウンのスクエア型サングラスを着用。
当然、小物入れは本革のセカンドバッグだった……。
「私服なのか、この日のために準備した衣装なのか、判断が難しい……」
パンチを当ててたらチンピラにしか見えない。
どうやら、私が知っているきら☆スピの主人公の因幡七海は、完全にフィクションの存在となってしまったようだ。
そんな感じで、ナナちゃんの私服センスにちょっと引いていると、レイちゃんが一歩前に出て微笑んだ。
「お帰りなさい」
「うん、ただいま。何も無茶なことはしてないよね? 例えば、脱獄犯を捕まえに行ったりとか……、ね?」
私は、なんとなく気になったことを聞いてみた。
施設内での噂が耳に残っていたからだろうか……。
すると、レイちゃんとナナちゃんの挙動が明らかにおかしくなる。
「そ、そのようなことはしていませんわ。ねえ、ナナちゃん?」
「そうだねー、やってないねー」
「ふぅん」
片方は言葉を詰まらせ、片方は棒読み。
――これは、何かやったのかもしれない。
「そ、そんなことより、お祝いの準備が出来ているのです。早く行きましょう」
「そそ、皆待ってるよ」
二人は慌てた様子で、私の背を押して車へ乗せようとする。
「うん。でも、その前に」
私は、レイちゃんとナナちゃんの方へ振り返った。
「なんでしょう」
「どうしたの」
二人は、思い当たることがなかったのか、キョトンとした顔になる。
「……ありがとうね」
何が、とは言わない。
でもまあ、お礼を言っておいた方が良いと思ったのだ。




