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当の礼香は、そんな三人の様子を見ても、特に何も感じなかった。
「あら、お二人ともご苦労様です。助かりましたわ」
「渦中の人物が、一番蚊帳の外みたいなリアクションなんじゃが……」
と、未花が当惑の表情で呟く。
とりあえず、全ての事情が判明したと判断した面々は、拘束した者たちを外に連れ出した。
そして、柱の当主たちの要請で合流してきた霊術師たちに、拘束者たちの移送を引き継いだ。
その後、当主たちが今後の事を話し合い始める。
「それより、どうするんだ。ここまでのことを引き起こしたとなると、隠すわけにもいかん。だが、公にすると問題になるぞ」
「十家が禁則まで作って慎重に事を進めていることを、適当に踏み荒らしたのだから、怒りを買うのは必至だな」
「玄宮勝邦を謹慎。協力者を厳罰に処するだけでは、収まらないということかの?」
玄宮勝邦は、虚偽の報告を行い、井和倉慶二を脱獄させ、結界を破壊しようとした。
その全てにおいて、十家が最重要視する北海道と妖王が絡んでいる。
こうなってくると、拘束した玄宮家の者たちへの今後の処遇が問題になってくる。
単純な罰則だけでは、納得を得られないかもしれないのだ。
「難しいかもしれないな……」
「最低限、当主を辞めてもらうのは確定となるな」
「そうなると困るのう。今の玄宮家は人数が少ない。その上、今回の騒動に上位実力者全員が加担していた。となると、当主に相応しい者がいなくなるのじゃが……」
未花の言葉を聞き、龍宮清正と虎宮楓の眉間にしわが寄る。
今回の騒動で、玄宮勝邦は当主を辞任することが確定。
しかも、次の当主候補となるような者全員が騒動に参加していたため、新たな当主を選出できない。
最悪の状態だった。
「……それどころか、家の存続が危ぶまれる状態になるな。残った人数が少なすぎる」
と、龍宮清正が付け足す。ここに来ていなくても、脱獄に協力した者は全員処分対象になる。
そうなると、玄宮家の血筋が絶えるに等しい状況となってしまうと言うのだ。
その話を立ち聞きしていた礼香と七海は顔を見合わせた。
これは非常にまずい。
もし今、七海が霊獣と契約したことが明るみに出れば、次期当主となることは間違いない。
しかし、当主となってしまった場合、玄宮という名ばかりで何も残っていない上に、汚名を背負った家を運営していくことなる。
――絶対に言ってはいけません。
――了解。
礼香と七海はアイコンタクトで会話し、お互い無言を貫くことに合意した。
「その辺りは立て込んだ話になる。後は戻ってからにしよう」
「それもそうだな。君たちの助力に感謝する、ご苦労だった」
話を切り上げた龍宮清正と虎宮楓が、兎与田と七海に礼を言う。
二人が、今回の騒動においての一番の功労者だったためだ。
兎与田と七海の助力がなければ、甚大な被害が出ていたのは間違いない。
「も、もったいないお言葉で……」
「大事にならずに良かったです」
兎与田と七海が返事を返す。
七海の方は、見知らぬ人に礼を言われた程度の反応だったが、兎与田の方は非常にかしこまっていた。
霊術師としての活動歴が長いため、四柱についても詳しいのだろう。
「あら、わたくしには労いの言葉がないのですね」
そんな様子を見て、礼香がぽつりと漏らす。
すると龍宮清正と虎宮楓の二人は、全身に電流が走ったかのような反応を示した。
突然背筋をピンと伸ばすと、ぎこちない動きで礼香の方を見る。
そして、揉み手でヘラヘラしながら口を開いた。
「そ、そのようなことは決して!」
「最大限の感謝を!」
そう言いながら、何度も直角に腰を折る。
まるでやる気だけはマックスの若手営業マンのような動きだった。
「柱の当主二人が一属性霊術師に最敬礼とか、ネットに流れたら炎上案件なのじゃ……」
その光景を半眼で眺めていた未花がボソッと呟く。
と、ここで礼香が咳払いをして会話に区切りをつけ、話題を変えた。
「さて。これで、わたくしたちの訴えが正当なものだったと、ご理解いただけましたね?」
「ああ。ここまでの事態であれば、強引な手法に出たのも許容できる。むしろ、大事に至る前に手を打てて良かった」
「協会にいた霊術師たちにも、しっかりと説明し後に問題が起きないよう、あらゆる処置を講じておこう」
礼香の確認に、龍宮清正と虎宮楓が深く頷き、一連の騒ぎを全て不問に処することを約束してくれる。
と、ここで未花が前に出て、二人に頭を下げた。
「レイちゃんは北海道で精力的に活動してくれている数少ない霊術師の一人。地元霊術師とのわだかまりはゼロにしておきたいのじゃ。わらわの方からも、よろしくお願いしますのじゃ」
「承知した。全力で対応すると約束しよう」
「今回の一件は、玄宮勝邦の流した誤情報が事の発端。そのことをしっかりと周知し、彼女たちが被害者だったということを理解してもらう必要があるな」
龍宮清正と虎宮楓は、未花の言葉に応えると再度約束してくれる。
というわけで、これからについての話し合いも片付き、今回の事件において礼香たちが関わる部分は、ここで一旦一区切りとなった。
…………
――それから数日後。
礼香の元を訪れた未花から、その後の顛末が語られた。
調査の結果、その大半が事前に予想した通りだったとのこと。
玄宮勝邦は結界の調査で手を抜き、正確な情報を得ることに失敗。
そのことに気づかず、不正確な情報をもとに計画を立案。
結界内部にいる妖怪を倒して、霊獣と契約していない状態でも当主としての地位を確実なものにしようと画策した。
そのために脱獄ほう助を行い、井和倉慶二と共闘したということが分かった。
裁定の結果、玄宮勝邦は当主の座を解任となり、投獄。
また、結界破壊、脱獄の手引きをした玄宮家の者も全員投獄。
そして、脱獄した井和倉も当然再投獄。
という処分が決定した。
改めて確認してみると、処分を受ける人数が膨大なものとなっていた。
その数は、現存する玄宮家の人間の七割を超える。
元々、数が少なかった玄宮家だったが、今回の処分が決定し、大打撃を受けることとなってしまった。
最早、残された者たちだけでは活動不能。何もできない状態だ。
だが、霊獣と関わりのある家のため、御家取り潰しとはならない。
とはいえ、無くなったも同然であるのは確かだった。
――という話を未花から聞き、黙り込む礼香と七海。
あの時、七海は霊獣と契約した。つまり、現在の正式な玄宮の当主なのだ。
そのことが礼香の頭を悩ませる。
処分に対して異論はないが、非常に困ったことになってしまったというのが正直な気持ちであった。
「……と、いうわけなんじゃが、もう一つややこしいことがあっての」
「まだ何かあるのですか」
困り顔の未花が言いよどむのを見て、礼香が首を傾げる。
今聞いた話以上に、ややこしいことなどあるだろうか。
「うむ、実はこっちが本題なのじゃ。ナナちゃんに聞きたいことがあるのじゃが」
「え、私?」
「結界がある場所に行った時、井和倉に襲いかかられたかの?」
「うん、凄く好戦的だったよ。タイラが引き付けてくれたから、結界に行けたんだ」
未花に聞かれ、七海がスラスラと答える。
「そのことじゃ。どうも玄宮勝邦は、ナナちゃんが主流派の生き残りだと思って、殺人を企てておったみたいなのじゃ」
「主流派って何?」
聞いたことのない言葉が気になったのか、七海が尋ねた。
主流派――、礼香にも馴染みのない単語であった。




