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これは霊術なのか?
周囲に展開された黒い壁を見回し、驚愕する。
これだけの規模なのに、発動までの時間が余りにも短い。
こんなものは初めて見た。
そんな風に驚いていたのは自分だけではなかった。
虎宮楓と霊獣たちも、壁を見回して固まっている。
しかし、その中で唯一反応が違う者がいた――
「シ、知ッテイル。我ハ、コレヲ知ッテイル……」
――鳳凰だ。
鳳凰は明らかに怯えていた。
まるで出口を探そうとしているように、激しく頭を左右に動かし、不審な挙動を見せる。
「どうされたのですか? 落ち着いて下さい」
清正は、冷静になるよう呼び掛けた。が、反応がない。
どうやら、こちらの声が届いていないようだ。
「駄目ダ。ココハ危ナイ。危ナインダ!」
鳳凰は錯乱したように叫んだ後、羽ばたいて壁の外へ出ようとする。
「逃がしませんわ」
と、縦巻き女子の声が聞こえた。
次の瞬間、中空が朱色に変色する。
まるで、夕焼けが降りてきたかのような、不思議な光景。
目を凝らせば、魚をかたどった炎が大量に空中に漂っているためだと分かった。
なんだ、あの数は……。無数にいる。異常だ。
夕空と見間違えるような炎魚の群れが、一斉に鳳凰に襲い掛かる。
「嫌ダ! 下ニ行ッタラ、駄目ナンダ」
鳳凰は炎魚に抗おうとしたが、駄目だった。
群れが襲い掛かり、進路を完全に塞がれてしまう。
結果、地面へ落下してしまうこととなる。
「お帰りなさい」
そして、いつの間にか落下地点に移動していた縦巻き髪の女子が、鳳凰を蹴り飛ばした。
無防備な状態で、もろに蹴りを受けた鳳凰は水平方向に吹き飛ばされた。
そのまま黒壁に激突すると思った次の瞬間、真上に現れた女子が両手を握りこんだ状態で振り降ろす。
その攻撃を、まともに受けた鳳凰は地面に急速で接触。
家屋を解体するような巨音が轟き、巨大なクレーターが出来上がった。
土煙が舞う中、ヨロヨロと身を起こそうとする鳳凰。
しかし、縦巻き髪の女子がそれを許さなかった。
瞬間移動のような跳躍で、直上から肉薄。
次の瞬間、残像で千手の様に見える拳が、鳳凰の頭部へ降り注いだ。
全ての拳を受けた鳳凰は完全に沈黙。
一拍の間の後、昏倒した。
「ふぅ」
縦巻き髪の女子は軽く息を吐き、側仕えの方へと振り向いた。
そして、口を開く。
「後藤、時間は」
「一分丁度です」
「及第点ですわね。それでは、残りも片づけましょうか」
満足げな顔を浮かべた縦巻き髪の女子は、取り出した洋扇をパチリと鳴らした。
「お嬢様、拘束して連行し、向こうで戦力として使えば有効活用できるのでは?」
「それは素晴らしい発想ですわ。時間も短縮できますし、そうすることにしましょう」
縦巻き髪の女子がそう言った次の瞬間、朱色に輝く鎖がその手に現れた。
鎖の先端には棘付き鉄球のような何かがあった。
それは溶解した鉄のごとく、禍々しく輝いていた。
あれは、霊装なのか霊術なのか……。
「交渉は決裂いたしましたし、ここは強引にけん引させていただきますね。貴方たちの実力であれば、負傷は最低限で済むでしょうし」
そう言いながら、棘付き鉄球のようなものを投げ縄の様に振り回し、こちらへにじり寄ってくる。
「ま、待て……」
清正は手を前に出し、制止を呼びかけた。
「ウロタエルナ。相手ニ飲マレテイルゾ」
隣にいた青龍がそう言うや否や口を開き、カッと光線を発した。
まさか、それを撃ってしまうのか……!?
清正は、青龍の判断に動揺する。
あれは景色が変わるほどの威力を持った攻撃。こんな至近距離で放っていいものではない。
が、おかしい。光線が途中で止まっているように見えた。
壁に接触したわけでも、地面に接触したわけでもなく、中空で制止しているのだ。
「なっ……」
清正は光線の先を凝視し、驚愕した。
そこには洋扇を前に突き出し、霊気を放出する女子の姿があった。
青龍が放った光線と、女子の霊気放出が拮抗しているのだ。
いや、違う。拮抗していない! 段々押し返されている……。
「今のわたくしが繊細な霊気操作が得意になっていて良かったですね。咄嗟に反応したにしては、ギリギリ抑えることができました。以前のわたくしでしたら、全力で撃ち返して消滅させていましたよ?」
――どう見ても余裕。
青龍の光線に対抗しながら、普通に会話している。
鳳凰を単独で圧倒し、青龍の光線を受け止める。
そんな人類が存在してよいのか……。
清正は、眼前の光景を現実として受け止めきれず、困惑していた。
「虚勢ヲ。ギリギリ耐エテイルダケノクセニ」
そう言って白虎が爪を伸ばして飛びかかった。
が、途中で動きが止まる。
縦巻き髪の女子が投げた鎖が、白虎の首に絡まったためだ。
まさか、青龍の光線に抵抗しながら、白虎の攻撃まで凌ぐとは……。
一体どうなっているんだ。
混乱した清正は、自然と虎宮楓の方を見た。
すると、彼女は直立不動。こんな時でもしっかりいている、と思ったのは一瞬。
なんと虎宮楓は白目をむいていた。
「いけませんね。ちゃんと躾けないと」
縦巻き髪の女子は、手首のスナップだけで鎖を左右に振る。
すると、鎖に連動して白虎が宙を舞う。
縛り付けられた白虎は、半円を描きながら左右の地面に叩きつけられ続けた。
完全に動かなくなるまで……。
その間に、女子の放った霊気が青龍の口まで迫る。そして、口内に近づいた瞬間、爆発。
顔面が黒焦げになった青龍は、口から煙を吐いてその場に倒れた。
――私は、白昼夢でも見ているのか?
鳳凰、白虎、青龍。三体の聖獣が、ものの数分で完封されてしまった。
倒れて動かなくなった霊獣たちを呆然と見つめていると、女子が口を開く。
「これから、結界の破壊を止めに行くのですが、座席に座って移動するのと、縄に縛られて引きずられるのと、どちらが良いですか?」
これほど抗うことが無意味と感じたことはない。
清正の脳内は、晴れ渡るようにスッキリしていた。
投げかけられた選択肢に、迷う部分が一切なかったからだ。
「分かった。これ以上抵抗しない。だから、車に同乗させてくれ。虎宮殿もそれでいいな?」
「え? ええ……」
虎宮楓が夢から覚めたように、一瞬遅れて肯定する。
「よろしい。それでは、行きましょうか」
その言葉を合図に、周囲に展開されていた黒い柱が沈み込んでいく。
まるで、映像を逆回ししたように、全てが縦巻き髪の女子の体に吸い込まれていった。
それを見計らっていたかのように、鳳宮未花が女子に駆け寄っていく。
まさか、今の攻防を見て、一矢報いようと攻撃を!?
いかん、ただでは済まんぞ!
「レイちゃん、凄かったのじゃ!」
「ミカちゃん、お怪我はありませんか」
――と、思ったら、なんか違った。
笑顔の鳳宮未花が、飛びつくようにして抱き着いたのだ。
非常に仲が良さそうである。
その様子から見て、以前から面識があったのだろう。
「もしかして、二人は知り合いなのか」
「友人ですわ」
清正の問いに、縦巻き髪の女子が簡潔に答えた。
「うむ、大の仲良しなのじゃ。だから、レイちゃんの強さも、よぉく知っておった。けど、わらわは柱の中で一番若いから、聞き入れてもらえんと思って、何も言わんかったのじゃ」
――言って欲しかった……。
いや、待て……。
清正は考えた。
もし、事前に鳳宮未花から忠告されて、それを素直に受け入れることが出来ただろうか……。
――無理だな。到底、信じることなんてできない。
結果は同じだっただろう。
などと、懊悩としていると、移動準備が整っていた。
「詳細は車の中で。ナナちゃんが先に行ったので、すぐに追いかけないと」
「承知しておるのじゃ。清正殿と楓殿も早う!」
「う、うむ」
鳳宮未花に急かされ、車へ向かう。
が、虎宮楓は、後ろ髪引かれる思いで、霊獣の方を見ていた。
「霊獣たちは……」
という彼女の問いに、鳳宮未花が首を振る。
「置いていくしかないのじゃ」
「残念だが、やむを得ん。ここで休ませると思えばよい」
清正の言葉に、虎宮楓もようやく体を動かし車に乗り込む。
自分を含め当主三人を乗せた車は、結界へ向けて走り出した。




