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◆兎与田七海
真緒との面会を終えた七海と礼香は、収容施設を後にした。
隣を歩く礼香の顔を見て、苦笑いとなる。
「偉くご機嫌斜めだね」
「当然です。どこの誰かも分からない脱獄犯のせいで、マオちゃんの出所が延期になったんですよ」
礼香は眉間にしわを寄せ、不機嫌をあらわにする。
「それが原因だっていうなら、捕まえてしまえばいいだけじゃん。そうすれば、すぐ出られるよ」
七海は肩をすくめて、笑って見せた。
単純で簡単な解決策。それは捕まえてしまうことだ。
「え、でも先ほどはよくないことだと、思い直していましたよね?」
礼香が少し驚いた様子で、聞き返してくる。
「そりゃあ、脱獄犯を捕まえるって譲らなかったら、心配させちゃうじゃん」
そう、あの時は聞き入れたフリをしただけ。
あそこで強情に言い張っても相手を心配させるだけだから、すぐに引き下がったのだ。
だけど、本心では諦めるつもりはなかった、というだけである。
「それもそうですわね。素晴らしい判断ですわ」
礼香は感心した様子で何度も頷いていた。
その間に七海は携帯端末を取りだし、検索をかける。
「名前で検索してみたけど、本当に有名人みたい。顔写真まであるよ」
軽い気持ちで真緒が言っていた名前を検索してみると、関連項目が見つかる。
かなりの経歴の持ち主らしく、色々な個人情報があっさりと手に入った。
「なるほど、この者ですか。どんな人物なのか詳しいことが知りたいですね」
礼香と七海、二人で体を寄せ合い、小さい携帯端末を覗き込む。
「経歴を見ると元十家らしいから、爺さんにどんな人だったか聞いてみよっか」
そう思い立ち、すぐさま鷹羽雷蔵に連絡を取る。
「あれ、出ないな」
が、不通。しばらく待ってみたが、向こうからかけ直してくることもない。
そんな様子を見て、礼香が口を開く。
「ミカちゃんはどうでしょう。彼女なら面識があるかもしれません」
確かに、と思った七海は、すぐさま未花に連絡を取った。
しかし――
「……うーん、こっちも繋がらないね。二人とも忙しいからなぁ。……もしかして、二人とも、この一件で何か動いているのかも」
――こちらも不通。
件の人物について何か情報が得られるかもしれないと、鷹羽雷蔵と鳳宮未花に連絡を取ってみたが、うまくいかない。
二人とも、色々と忙しくしているので、繋がらないこと自体は珍しくない。
だが、脱獄騒ぎがあった後だと、その騒動に駆り出されているのかもしれないと考えてしまう。
「仕方ありませんわね。まあ、人となりが分からずとも、追跡はできます」
「どこに行ったんだろ。逃げた直後なら、探査霊体で追いかけられるんだけどね」
探査術なら逃げる相手を追うこともできた。
今回はその手が使えないのが、もどかしい。
ここ最近の修業の成果で、様々な霊術を使いこなせるようになった七海でも、痕跡から逃走先を見つけ出す術は持っていなかった。
そのため、一気に手詰まりを感じてしまう。
七海が考え込んでいると、礼香が後方で待機している後藤に尋ねた。
「後藤、うちで捜索は可能ですか?」
「少々お待ちください。もうすぐ、最低限のことは突き止められるかと」
そう言った後藤は、携帯端末で誰かと会話しているようだった。
「はや……。もしかして、私たちが話してる間に調べてたんですか?」
「もちろんです。……分かりました。こちらをご覧ください」
そう言って、携帯端末に画像を表示させる。
画像は二つ。
一つは、この施設付近で井和倉慶二と、もう一人の男が歩いているもの。
一つは、巨大な駐車場で車から降車する井和倉を、複数の男たちが警備しているものだった。
「あ、ここを出ていくところだ。こっちは、高速のサービスエリア?」
「どうやら協力者と共に、車で移動中のようです。方角は北。行き先の詳細までは不明です。複数の車両で移動しているため、見失うことはないと思われます」
七海の問いに、後藤が頷く。
この短時間で、これだけの情報が手に入ってしまうとは。
七海は、雲上院グループの恐ろしさを実感していた。
そんなこちらの感情を気にせず、礼香は平然とした様子で後藤に次を促す。
「ご苦労様。同行している者たちの素性は分かりますか?」
「申し訳ありません。そこまでは……」
「仕方ありませんね。まとめて捕まえるとしましょう」
さすがに同行する者の正体までは分からなかったようだ。
だが、おおよその行き先、それに加えて構成人数が分かっただけでも大手柄である。
ここまで条件が揃えば、後を追うことができる。
そうなると、後は追跡メンバーを選ぶだけとなる。
「メンバーはどうする? うちのタイラなら、すぐ来れるよ」
「では先生にも同行してもらいましょう。マオちゃんに情報が漏れないようにするために、ご両親には秘密にしておきましょうか」
「確かに。捕まえるまでに何日か掛かるかもしれないもんね。そうなっちゃうと、マオちゃんの両親に手伝ってもらったら気づかれそう」
真緒は勘が働く。
両親の動きに違和感を覚えれば、七海たちが井和倉の拘束に動いていることに気づく可能性があった。
そうなると、真緒の両親には何も話さず、助力を得ない方がいいだろう。
「ええ。同行していただけると心強いのですが、今回はやめておきます。それでは出発しましょうか」
「うん。さっさと捕まえちゃおう」
礼香の言葉に同意した七海は、井和倉の追跡を開始した。
◆玄宮勝邦
玄宮勝邦は、車での長時間移動を経て、結界がある場所に到着した。
降車し、洞窟がある山を見上げる。
「意外と時間がかかったな」
井和倉の姿を隠しつつの移動だったため、予想より時間が掛かってしまった。
とはいえ、捜査の手から逃れるためには仕方がない。
しかし、ここまで来れば、もう安心だ。
未踏破エリアは、人の立ち入りが禁じられている。
ここであれば、捜査の手も及ばない。
後は結界を破壊して、中の妖怪を引きずり出して倒すだけ。
と、黙考していると、背後から声が聞こえてくる。
「見張りは黙らせておいたぞ」
振り向けば井和倉がいた。
この場には、結界の状態を監視するために、霊術師が派遣されている。
それらを黙らせる必要があったが、こちらが何も言わずとも勝手にやってくれたようだ。
「助かる。それでは結界に向かおう」
部下たちに気絶させた霊術師たちの拘束を任せ、終わったら合流するよう指示を出す。
勝邦と井和倉は洞窟へ入り、結界の前に到着した。
「これか……、たしかに大きいな」
と、結界を初めて見た井和倉が驚く。
言葉で聞くのと実物で見るのは別。実際に見て、印象が変わったのだろう。
「大きいだけだ。ここに封じられた妖怪程度、我々なら造作もない」
「ふ、それもそうだな。妖王と比較すれば、たかが知れている大きさだ」
勝邦の言葉に、井和倉が同意する。
柱の現当主である自分と、元十家の井和倉がいれば、容易くほふれるだろう。
我々の実力であれば何の懸念もない。
しかし、妖怪を倒すためには、結界の破壊が必要となる。
勝邦は、霊術師の拘束を終えて合流してきた部下たちに指示を出す。
「私は妖怪討伐のために力を温存する。お前たちだけで結界を破壊せよ」
「はっ」
勝邦の指示に、同行した部下たちが声を上げる。
そして、結界に接近。玄宮の力を用いて、結界の破壊を試み始めた。
部下たちの属性数は低い。つまり霊力も低い。
結界に影響が出るのは、当分先になるだろう。
――だが、あとは待つだけ。
勝邦と井和倉は、余裕の表情で事の行く末を見守っていた。




