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 そして、鶴見に顎で指示を出す。




「説明しろ」


「はっ。井和倉様には、これから我々とともに北海道へ赴き、結界に閉じ込められた妖怪を倒していただきます。その後……」


 と、言いよどんだ鶴見の言葉を、井和倉が引き継ぐ。


「確か、女と戦えばいいんだったな」


 こちらが内密に伝えておいた内容を口にする。


「その通りです。その女は次代当主候補。当主の座を奪おうと勝邦様の暗殺を企てているため、先に手を打ちたいのです」


 そういう事情にしておいた。


 こうすれば、憂いなく戦ってくれるだろうという考えだ。


 しかし、井和倉の反応は、こちらの予想とは少し違うものだった


「五属性の霊術師と本気でやり合える機会など稀有。それも柱の当主に名乗り出るほどの猛者なら、こちらとしては願ってもない申し出だ。しかし、本気の立ち合いとなれば、都合よく行動不能に持ち込んで拘束するなど不可能だ。そう……、何かのはずみに取り返しのつかないことになることも考えうる」


 井和倉は、ぎらついた眼で舌なめずりした。


 極上の餌を眼前にぶら下げられ、我慢できない獣と言った感じだ。


「じ、事故であれば、仕方のない事かと」


 井和倉の機嫌を損ねないように気遣った鶴見が、焦って同意する。


 勝邦は井和倉が収容施設に入れられた事情は知っていた。


 だが、ここまで戦闘狂とは……。


 しかし、こちらにとっては好都合。


 殺し屋への依頼は失敗したが、井和倉が暴力狂いで助かった。


「そうだな。で、その後は」


 と、先を促す。


 こちらの視線に気づいた鶴見が頷き、口を開く。


「それが終われば、海外へ移動してもらう手はずとなっています。報酬はその時にお渡しします。何か問題があれば、今仰っていただければ、ある程度は修正可能です」


「問題ない。それで頼む」


 腕組みして話を聞いていた井和倉が同意して深く頷く。


 お互いの利益を追求した互助契約は、双方納得という形で締結した。


 これで、この上なく頼もしい戦力が加わることが約束されたことになる。


 妖怪討伐は勝ったも同然だ。


 勝邦は勝利を確信し、ニヤリと口角を上げた。


 と、ここで部下の一人が「失礼します」と、その場に駆けこんで来る。


 そして勝邦に接近し、耳打ちした。


「柱の当主たちが、未踏破エリアにある結界の視察に行こうとしています」


「どういうことだ。近くで待機して何か起きた場合のみ、結界に近づくことになっていただろう」


 柱の当主たちには、こちらの援護を要請した。


 その中に、結界への接近は含まれていない。


 そうしておかないと、結界の中の妖怪が妖王でないことがバレてしまう可能性がある。


 倒した後の見分時にのみ、結界のあった場所に連れて行く予定だったのだ。


「……それが、鳳宮と虎宮の当主が直に妖王を見たことがないから、結界越しでもいいから見てみたいと……。それに龍宮の当主が承諾したようです」


 まさか、そんな話になるとは。


 子供の野次馬根性にも困ったものだ。


「まずいな。で、もう出立したのか」


「……はい」


「仕方ない。準備は整っているし、こちらもすぐに出るしかない」


 向こうは現地の協会に立ち寄るはず。


 そうなると、接待や手続きで数日は足止めを食らう。


 こちらは協会を素通りして、一気に現地へ向かえば追い越せる。


「こちらの傘下である現地霊術師に連絡を取り、なるべく柱の当主たちを引き留めるように言っておけ」


「はっ」


 これで少しは時間稼ぎになる。


 その間に差を広げるしかない。


 と、ここで部下の一人が、懸念点を口にした。


「当主様、本来の決行は翌日からでした。そのため、隠蔽が甘いです。霊術師には話が通っていますが、警察にはまだです。このまま進行すれば、障害が発生する恐れがあります」


 脱獄犯である井和倉が同行するため、色々と根回しをしていたが、まだ完璧ではないようだ。


「なら、場を混乱させるために、ニセの情報でも流しておくか」


「情報ですか。井和倉様の目撃情報を別の場所で報告させるとかでしょうか?」


「それも悪くないな……。そうだ、こういうのはどうだ……」


 勝邦は思いついた案を部下に告げ、ニセ情報の拡散を指示した。



 ◆九白真緒



 突発的に発生した、乱闘騒ぎも何とか鎮静化した


 公式発表はないが、どうやら一人脱獄したらしい。


 脱獄したと噂されるのは、炎泉さんによく絡んでいた井和倉慶二だ。


 あの男が脱獄した背景には、ちょっと怪しい部分がある。


 だけど、それがどういった意味を持つのかまでは分からない。


 というか、私が考え過ぎなだけかもしれない。


 とにかく、脱獄の一件があって警備が厳重になった。


 厳戒態勢になり、行動制限が厳しくなってしまった。


 だけど、私と炎泉派は、その規制をあまり受けずに済んでいる。


 理由は単純で、妖怪を退治し、暴れている奴を取り押さえるのに協力したから。


 いわゆる、ご褒美というやつである。


 暴れて脱獄を図った受刑者は、謹慎。


 やりすぎちゃった人は、別の収容所に移送という処置になるみたいだ。


 一応落ち着いたとはいえ、後処理が残っているせいか、現在は面会も制限される状態となっている。


 だけど、私は規制の除外対象なので、面会が叶った。


 今日は、レイちゃんとナナちゃんが来ているようだ。


 直に会って今回の騒動の事を伝えたかったし、二人同時に面会させてもらえるという特別待遇は地味に助かる。


「お元気そうですね」


「ちゃんとご飯は食べてる?」


 という、レイちゃんとナナちゃんの言葉に首肯を返す。


「うん、上手くやってるよ。だけど、ちょっとトラブルが起きちゃってさ」


「何かあったのですか?」


 私の言葉を聞き、レイちゃんが心配そうな顔で聞いてくる。


「一部の受刑者が暴れてね。中には脱獄しようとする人まで出たんだよ。そのせいで厳戒態勢になってるの。行動範囲とかも制限されて、面会も一時停止中なんだ」


「え、そうなんだ。普通に面会できちゃったけど」


 私の説明を聞き、ナナちゃんが驚く。


「私は騒ぎを収めるのに協力したから特別なんだ。それで、その騒動のお陰で出所時期が延期になりそうなんだよね。もうちょっと落ち着くまで無理だと思う」


 出所の予定日は三日後だった。


 準備も進めていたが、延期になるのは間違いない。


「マオちゃんには関係ありませんのに」


「仕方ないよ。ニュースでも放送してなかった? 一人外に出ちゃったんだよね。五属性霊術師の井和倉慶二っていうんだけど、話題になってるでしょ」


「今初めて知りました。ナナちゃんはご存じですか」


 私の話を聞いて驚いたレイちゃんが、ナナちゃんに尋ねる。


「ううん、知らない。まだ報道されていないのかな」


「ありゃ、言っちゃまずかったかな。でも、その内発表されると思うよ。それまでは黙っておいてね」


 二人は施設の騒動も知らなかった。どうやら、外部にはまだ何も知らされていないようだ。


 報道規制でも入っているのだろうか。


 いや、昨日の出来事だから、これから報道されるだけなのかもしれない。


「承知いたしましたわ」


「OK」


 と、二人が了承してくれる。


 刑務官からは口外しないように、とは言われていない。


 だけど、報道されるまでは周知しない方がよいだろう。


「そんなわけで、しばらくは今の状態が続くと思う。脱獄した人が捕まれば、出所時期も明確になると思うんだけどねぇ」


 こればっかりは仕方ないね。


 ここでゴネても心証が悪くなるだけだ。


「それでは、わたくしたちで捕まえてしまいましょうか。そうした方が、出所時期を早められますよね」


「それいいじゃん。やっちゃう?」


 と、レイちゃんの提案に、乗り気なナナちゃん。


 ……二人とも何考えてるの。


「ちょっと、危ないことはやめてね。それに、そんなことしなくても、その内捕まるよ」


 脱獄なんて、山にでも籠らない限り、すぐに居場所がバレる。


 井和倉は、顔も体格も特徴的なので、尚更だ。


 手配写真が出回れば、すぐに目撃情報が集まるだろう。


「……そうだね。余計な手出しをして、トラブルが複雑になったら目も当てられないか」


 しばらく黙考した後、ナナちゃんが納得したように同意してくれる。


 ふぅ、理解してくれて助かったよ。


 レイちゃんの方を見れば、ちょっと不服そうな顔をしている。


 ここは我慢しておくれよ……。


「そそ。近いうちに出られるのは確かなんだから、のんびり待っててよ」


「一日千秋の思いですわ」


 と、寂しい顔をするレイちゃん。


 予定日が決まっていたのが延期になったのだから、がっかりさせてしまうのは仕方ない。


 その後、私は面会時間一杯まで雑談を楽しみ、二人と別れた。


 二人と何でもない話で盛り上がったせいか、気持ちがすっきりした。


 どうやら私自身も、もうすぐ出られると思っていたのが延期になってしまったことに、多少なりともストレスを感じていたようだ。


 今回の面会が、リフレッシュに繋がったのは良かった。


 さて、後は出所日が確定するまで、ひたすら待つとしよう。




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