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そんな中で、異彩を放つ存在が一人いた。
「……あいつ」
俺と同時期に、ここに来たマスクの奴だ。
全身を拘束され、口まで固定されていたアイツ……。
あのマスクの奴が、炎泉派に交じって暴れまわっているのだ。
当然、拘束具を付けたままで。
奴は拘束服を着用しているせいで、まともに歩けないくらい体の動きを制限されている。
それなのに、襲い来る井和倉派や妖怪を軽々と処理していた。
人体としては不自然極まりない挙動で、高速かつ的確に倒していく。
拘束服がオレンジの蛍光色のせいか、ここからだと巨大なゆで海老が飛び跳ねまわっているように見えた。
なんだ……、あの人外の動きは……。
マスクの奴の動きに目を奪われている間に、食堂内が随分と鎮静化してきたことに気づく。
これなら逃げ出すことも叶う。
しかし、ここで考え直す。
……妖怪を倒してアピールしておいた方がいいんじゃないか、と。
自分がどういう立ち位置の人間かはっきりさせておいた方が、後々面倒に巻き込まれないだろう。
そう考えた俺は、監視カメラの前で弱そうな妖怪を数匹倒しておいた。
そんなことをしていると、大量の刑務官が食堂になだれ込んできた。
そして、数分後。乱闘騒ぎは完全に鎮圧される形で終了した。
そこから現場検証が始まる。
監視カメラの映像と証言から、単に暴れていた者と妖怪退治をして沈静化を図ろうとした者が分別される。
前者は、更に取り調べを受けて最終的な処分が下される。
無茶をした奴は、別の施設へ移送されることになるだろう。
後者は、お咎めなし。中でも、刑務官に協力的だった者は、模範的な行動と評価された。
といった処理が一瞬で終わって一息ついた頃、大変な事実が発覚した。
なんと、井和倉慶二だけが行方不明となっていたのだ。
つまりは、脱獄したってことだ。
騒動が起きたあの時、霊気が普通に使えていた。
井和倉は五属性。
強力な霊術を用いれば、この施設からの脱出も容易かったのだろう。
――なぜあんなことが起きたのか、理由は分からない。
なぜ、霊気が使えるようになったのか。
なぜ、妖怪が施設内に現れたのか。
この二つは、普段絶対に起きない異常事態と言ってもいい。
そんなことが同時に発生するなんて、何か作為的なものを感じる。
それに加えて怪しいことが、もう一つ。
新参者の俺でも気づけることがあった。
それは刑務官だ。
食堂へ飛び込んだ刑務官の中に、負傷した者と無傷の者がいたのだ。
その度合いが明らかにおかしかった。
片方のグループは重傷一歩手前。もう片方のグループは全くの無傷。
同じ場所を担当しているはずなのに、白と黒のように色分けされてしまっていた。
あれはどう見ても怪しい。
しかし、新参の俺は刑務官について詳しくない。
そのことがどうにも気になったので、受刑者たちに話を聞いて回った。
聞き込みの結果、無傷の者たちには共通点があった。
あいつらは全員、玄宮系列の刑務官だったのだ。
俺は食堂で夕飯を食いながら、考えを巡らせる。
「玄宮系の刑務官に負傷者がいないことと、結界が一時的に機能しなくなったこと……。何か関係がありそうだな」
つい、考えていたことを口に出してしまう。
「なるほど、そんな感じだったのですね」
すると、隣から声をかけられる。
誰だ、と思って顔を向けると――。
「うわっ!? あ、あんたは……」
ゆで海老……じゃなかった、マスクの奴が隣にいた。
こいつ、滅茶苦茶目立つ格好をしているのに、今の今まで近くにいることに気づかなかった。
一体どうなっているんだ?
「お久しぶりです。聞きましたか? 井和倉慶二が行方不明みたいですよ」
「らしいな。まあ、結界が機能していなかったんだ、奴の霊力なら余裕で出られるさ」
「あ、脱獄したと考えているんですね」
「そりゃあな。他に何かあるか?」
「いえ。普通に考えたらそう思いますよね。ところで、さっき面白いことを言っていましたね」
「玄宮系の刑務官が無傷なことと、結界が機能しなくなったことか? 俺の予想では、わざと結界を消したんじゃないかと思っている。結界に予期しない異常が出たのなら、一番混乱するのは玄宮系の刑務官のはずなのに、一番慌てずに対応していたのは奴らだからな」
「その予想が当たっているとして、何のためにそんな事をしたんでしょうか」
「……騒動の前と後で変わったことといえば、井和倉の脱獄だけだな。とはいえ、刑務官が脱獄の手引きをするなんて、いくらなんでも飛躍しすぎか」
「でも、霊気が使える状況なら、他の高位霊術師も井和倉と同じように脱獄できるはず。あの時の状況なら、もっと脱獄者の人数が増えると思いません?」
「ここは模範的かつ、刑が軽い者が収容される施設だ。他の奴は逃げるより、留まった方がいいと判断したんだろ」
「井和倉以外、全員そう考えたということですか?」
「いや、調べた感じだと、失敗した奴ならいたぞ。外に出る前に取り押さえられたらしい」
「つまり、他にも脱獄しようとした者もいたけど全員失敗し、外に出られたのは井和倉だけと。あれだけの混乱状況の中、それだけの結果を出すなんて、職員の皆さんは優秀ですね」
「まあな。どこからか妖怪まで湧いて出てきたのに、受刑者に重傷者は出なかったしなぁ。騒動を鎮静化させるまでも一瞬だった。すげえ手際だ」
「まるで事前に何が起きるか、知っていたみたいですね」
「……あんたも、そう思うよな」
「ええ。だとしても、何の意味があったんでしょうね」
そう言うと、マスクの奴は席を立って行ってしまった。
井和倉慶二を脱獄させるために、玄宮系の刑務官たちが結託したというのであれば、騒動の展開に納得できる部分もある。
だが、それ以上に分からない部分が多い。
井和倉は、ずっとこの施設にいた。
今頃になって、何で外に出す必要があったんだ。
卓越した実力の持ち主とはいえ、五属性霊術師を一人外に出したところで何のメリットがあるというのだろう。
俺には、さっぱり分からない。
「ま、偶然が重なっただけなのかもな……」
むしろ、そう考えた方が自然だ。
ここは収容施設。当然、刺激が少ない。
だから、のめりこんで無意識に考え過ぎてしまったようだ。
「飯でも食って落ち着くか……」
俺は、そう自分に言い聞かせると食事を再開した。
◆玄宮勝邦
郊外にある廃工場。
そこで玄宮勝邦は刑務官たちの手引きにより、井和倉慶二が無事脱獄したことを聞いた。
今は迎えの車に乗り、こちらに向かっているとのこと。
しばらくすると、部下に連れられて井和倉が現れた。
そして、こちらを見て驚愕する。
「まさか、あんたが依頼主とはな」
「何を今更驚く。玄宮家の人間をこれだけ動かしているのだから、私以外に誰がいるというのだ」
勝邦が余裕たっぷりに話す。
「それもそうか。それじゃあ、これからのことを確認させてくれ」
「わかった。こっちだ」
首肯で応じた勝邦は、別室へ移動。
勝邦、最側近の鶴見、井和倉の三人だけの状況にする。
そして、鶴見に顎で指示を出す。




