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苦しい。それはさすがに苦しいですよ、レイカ様。
そう思ったのは私だけではなく、レイカ様も同様のようだった。
すぐさま、助けを求めるように警備責任者に駆け寄り、耳打ちする。
「ど、どうすれば」
「待て……。考える」
またもや、丸聞こえ。声を潜めていないので、全て筒抜けであった。
そんな二人の様子を見て、引っ掛かりを覚える。
あの警備責任者の方、初対面のはずなのに見覚えがある。
鮫のようなギザギザの歯。鋭い目。
そうだ、レイカ様の親友である、九白真緒さんにそっくりなのだ。
「もしかして九白さんのお母さまでは」
「いえ、八代弓子と言います」
私が尋ねると警備責任者の人が首を振って、八代弓子と名乗った。
似ているけど、別人だったようだ。
そんな風に考えていると、レイカ様がハッとしたような表情になる。
「そうだったのですね! 親子で名前が違うとは知らず、今まで失礼を」
と、謝るレイカ様。
すると八代さんが、困ったように頭を掻く。
「いや、そうじゃなくて……。九白だ。ちょっと言い間違えた」
「そうだったのですね。ほっとしましたわ。マオちゃんのお母さまに失礼があってはならないですもの」
と、レイカ様が胸に両手を当てて、安堵の表情をされる。
私はその隙を逃さす、レイカ様に声をかけた。
「なぜ、運動場さんは、九白真緒さんをご存じなのですか」
「あっ! いや……、それは」
しまった、という顔でキョロキョロと視線をさまよわせるレイカ様。
く、ちょっと愛らしいし可愛らしい。じっと見守っていたいが、そうもいかない。
「レイカ様、往生際が悪いですよ! あと、九白真緒さんのお母さまですよね」
「「はい」」
私が強めに問いただすと、二人は観念したように項垂れた。
「レイカ様に危ないことをさせるわけにはいきません。やはり断らせていただきます」
雲上院家の一人娘に護衛任務をさせるなんてありえない。
むしろ私が護衛したいくらいだ。
しかし、私の言葉を聞いたレイカ様は、焦った様子で縋り付いてきた。
「お願いします。やらせてください。これが研修の最終試験なのです。ここまで訓練を続けて来て、その成果を試せる機会なのです。どうかお願いしますわ」
「訓練……ですか?」
レイカ様から紡がれた不穏な言葉の数々を聞き、困惑が顔に出てしまう。
「はい。聞いていただけますか」
困惑顔の私とは対照的に喜色満面といった様子のレイカ様が、これまで受けてきた訓練の内容を語って聞かせてくださる。
しかし、その内容を聞き進んでいくごとに、私の顔は青から白に変色していく。
肋骨にひびが入って、クシャミが痛かったこと。
砂漠で脱水症状を起こし、幻覚か蜃気楼か区別がつかなかったこと。
沼地に足を入れたら、大量のヒルに吸血されてしまったこと。
といった内容の話が延々と続く。
レイカ様は、笑い話として語ってらっしゃるようだったが、全く笑えない。
偉く静かだな、と背後の両親を確認すれば、白目をむいていた……。
ああ、私も卒倒してしまいたい。
聞かされた内容は、どれも想像を絶するものだった。
一体なぜ、雲上院家の令嬢がそのようなことを……。
首を傾げざるを得ない内容だ。
「……と、いうわけで、全ての集大成として、この護衛任務があるのですわ。わたくし、なんとしてもやり遂げたいのです!」
「今日までのお話を伺うと、応援したい気持ちになってしまいますが……」
凄くご苦労されたのは理解した。
何も知らずに、頑張ったから試験に挑みたいとだけ聞かされていれば、応援していただろう。
ただ、全てを知った状態では、なんとも……。
「ああ……。だが、雲上院さんだしなぁ」
意識を回復した父が私の言葉に同意し、言いよどむ。
「この訓練と研修は父の許可を得て行っているものです。研修中に起きた事故についても、護衛の契約通りとなります。基本、こちら側の責任となりますので、何も気にする必要はございませんわ」
ずずいと限界まで接近したレイカ様が、私に決断を迫ってくる。
「う、う~ん……」
な、悩ましい。
正直、すがるような目をしてくるレイカ様の頼みを断るのは非常に心苦しい。
かといって、レイカ様に護衛の仕事など、やらせていいものだろうか。
心の中で強烈な葛藤が巻き起こる。
「ちゃんと護衛しますので。こう見えて腕には自信があるのですよ」
「いえ、そういう問題では」
会話が、かみ合っていない。
今、私たちが懸念しているのは、仕事の質ではない。
「それでは、仕方ありませんね。護衛をさせていただく代わりに、こちらがお金を払いますわ」
「なんでそうなるんですか!?」
最終手段とばかりに言い放たれたレイカ様の言葉に、つい大声を出してしまう。
うう、レイカ様の前で言葉を乱すなんて、恥ずかしい……。
「無理を言ってやらせてもらうわけですから、当然ですわ。これで問題ありませんわね。後藤、暮舞さんのご両親と話をまとめてもらえるかしら」
「かしこまりました、お嬢様」
レイカ様の指示を聞き、付き人の後藤さんが両親と話を進めていく。
これは詰みだ。雲上院家からの要請とあれば断れない。
くっ……、迷っているうちにレイカ様が護衛をする上に、こちらがお金を貰う形に落ち着いてしまった。
何か手は……、打つ手はなかったのだろうか。
そうだ!
「待ってください! やはりお断りさせてください。レイカ様では問題があります」
「先ほども申し上げましたが、技術と能力に関してはご心配なく。仕事として成立するレベルには問題なく到達していますので」
と、レイカ様が自信たっぷりに回答される。
「いえ、そうではありません。外見です。レイカ様の顔は雲上院家のご息女として、広く認知されています。これでは護衛として成立しません。我々の警備とは別に、雲上院家のご令嬢をお守りする必要が出てくるかと」
レイカ様が護衛をされるということで動揺したが、よく考えればそれは難しい。
彼女自身が普段は護衛される対象なのだ。
そんな人物が単独で私の護衛をするというのは、おかしな話。
なにより、目立ちすぎる。見目麗しい外見に、強者が持つオーラを放つ存在。
これでは、さすがに護衛として機能しないだろう。
私の指摘がクリーンヒットだったのか、レイカ様がまたもや動揺し始める。
その所作が上品で可愛らしい。く……、ずっと眺めていたい。
するとここで責任者の九白弓子さんが発言する。
「その点については問題ない。当日は変装して参加する」
「それですわ! 完璧な別人になりますの」
九白弓子さんの言葉を聞き、パッと顔を輝かせるレイカ様。
「え、変装ですか?」
私にはピンとこなかった。
サングラスとマスクを装着するという事だろうか……。
「ええ、間近で見ても気付かないくらいには出来ます。当日楽しみにしていてくださいね」
「わ、分かりました……」
笑顔でワクワクのレイカ様に押し切られ、つい頷いてしまう。
多少顔を覆ってもバレてしまうのでは……。
そう思ったが、これ以上話を蒸し返すのもはばかられる。
残念ですが、このままでいくしかないようです。
結果、レイカ様が私の護衛に付くことで話がまとまってしまった。
まあ、全ては万が一のための対処。
何事も無ければ、レイカ様の身に何かが起きることもない。
きっと大丈夫でしょう。




