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◆雲上院礼香
礼香は、非常に張り切っていた。
無事にサバイバル訓練を終えたためだ。
残す訓練は、あと一つ。
研修のラストを飾るのは、実地での護衛任務だ。
それが最後の訓練であり、試験となる。
本日は、その説明会だった。
ボードには資料が張られ、当日の全体の流れが記されている。
参加メンバーと共に会議室に来た礼香は席に着き、説明が始まるのを待った。
開始時間になると弓子が入室。
全員そろっていることを確認し、口を開く。
「それでは、今回の護衛依頼の説明を行う前に、礼香ちゃんが受ける試験の説明を行う」
「はい!」
「結果が不合格でも今回の試験で一旦一区切りとし、訓練を終了する」
「名残惜しいですわね」
まだまだ得られるものがある。もっと色々な経験がしたい。
そう考えていた礼香にとっては、残念な話だった。
「試験内容は、護衛任務だ。とある一家が主催するイベントを複数名で警備する。礼香ちゃんには、依頼人の娘である同年代女子の護衛を任せる。その護衛内容で合否を決める」
「望むところですわ」
今日まで学んだことを全て出す。
そして合格をもぎ取って見せる。礼香は、説明を聞いて闘志を燃やしていた。
「それでは、護衛任務の説明に入る。全員、配布した資料を見ろ」
次いで、全体の説明へ移行する。
静寂が支配する会議室で、資料の紙擦れ音が鳴る。
それが、礼香にとって最後の訓練の開始合図となった。
◆暮舞不破子
私、暮舞不破子の両親は、慈善活動を頻繁に行っている。
その源流は幼少期の経験だそうだ。
父は、子供時代に倒産を経験し、貧しい生活を余儀なくされたことがあった。
母は、子供時代に被災したことがあり、避難所での長期生活の経験があった。
両親は当時、大変な思いをした。
そんな時、二人はそれぞれ、様々な人たちに助けられた。
両親がお礼を言うと、その人たちはこう返した。
――将来、同じような状況の人を見た時、何かできるようなら無理のない範囲で助けてあげてほしい、と。
実は、その人たちも大変な目に遭った経験があったと語ってくれた。
そして、その時に沢山の人たちに助けられたのだと言う。
窮地に手を差し伸べられたことが心に刻まれ、自分たちもそうありたいと思うきっかけになったと言うのだ。
全く違う場所で全く違う人から、同じようなことを言われたと知った両親は、そんな偶然をとても大切に思っていた。
それが今の活動に繋がっている。
被災地に要望の多い物資を寄付したり、実際に人員を用意して現地でボランティア活動を行ったりしているのだ。
私は、そんな両親の姿勢に強い感銘を受けた。
自分も見習いたいと思い、色々と計画し両親に許可を得ようとした。
だけど、中々首を縦に振ってもらえなかった。
私にはお金がない。いや、お小遣いなどは頂いているが、慈善活動をするような資金がないという意味だ。
そうなると、身一つで出来るような活動になる。
そういったことは危険が伴うため、両親が心配して許してもらえなかったのだ。
何度か話し合いを続けた結果、炊き出しをさせて貰えることになった。
両親のお金ですることなので恐縮したが、良い経験になるからと笑顔で後押ししてくれた。
そして、炊き出しを行い、様々な経験を積めた。
その直後、両親は一度だけでは意味がないと言い、複数回行うべきと主張してきた。
両親の負担になってしまうのが嫌だった私は、雲上院礼香様にそのことを相談した。
結果、彼女のサロンで話をさせてもらう許可を頂き、寄付を募ることになった。
そのお陰で、その後の炊き出しは随分と負担を分散することができた。
そして、次に開催する炊き出しを最後にしようと考えている。
何度か経験させてもらい、色々な人の話を聞かせていただいた中で、自分が出来る範囲かつ、両親の許可が得られそうなことが複数出てきたためだ。
やはり、自分が主体で動くとなると、この規模の行事は、まだまだ己の身の丈には合っていない。
もっと小さいことから、しっかりやっていきたいのだ。
とはいえ、最後の炊き出しも手を抜くつもりはない。
参加した方に喜んでもらえるよう、全力を尽くすつもりだ。
そんな風に意気込み、炊き出しの準備を進めていく中、開催場所の近辺で銀行強盗が発生した。
犯人が逃走し、まだ捕まっていないという。
そのニュースを知ったスタッフが、中止にした方が良いのではと提案してきた。
犯人が周囲に潜伏しているかもしれないから、と言うのだ。
だが、私はイベント開催を押し通した。それほど警戒する必要がないと考えたためだ。
そもそも事件が起きたエリアと開催場所は少し離れている。
住所で見れば近いと感じるかもしれないが、電車で一駅も違うのだ。
そこまで気にする必要はないだろう。
そもそも強盗犯が、いつまでも銀行の近くに潜伏しているとは考え難い。
きっと、遠くに逃げているはず。
それに事前告知はもう済んでいる。
中止にすれば、今回のイベントを心待ちにしている人を、がっかりさせてしまうことになる。
といったことを力説することで、ある程度の理解は得られた。
だが、一定数不安に感じるスタッフもいるようだった。
確かに、参加者に被害が出てしまえば、本末転倒。
何か対策が必要かもしれない。
そう考えて両親に相談した結果、護衛を付けてはどうかと提案された。
海外で治安が悪い場所へ赴く際に、よく頼む業者があるという。
しかし、それを聞いて気が引けてしまった。
親に甘えて炊き出しを行い、更には護衛までつけてもらう。
いくらなんでも、お金がかかりすぎる。
そう感じた自分の気持ちを話し、やはり中止にすると発言すると、両親が笑顔で首を振った。
なんでも、今回はタイミングよく格安プランがあるから、気にしなくていいと言うのだ。
向こうの新人研修を兼ねているため、料金が異常に安くなるらしい。
我が家がお得意様だから、向こうから提案してくれたのだと説明してくれる。
サービスは変わらないし質も補償されているので、お得なプランだという。
もともと、こちらでも警備は準備する予定だったし、新人だけに任せることにもならないから、話を受けようと乗り気だった。
……新人研修というが、本当に大丈夫なのだろうか。
まあ、元々は何も気にせず普通に開催する予定だったわけだし、充分なのかもしれない。
というわけで、護衛を雇うことで開催することが決まった。
――そして、件の会社の担当者と面会の日。
私の眼前には、衝撃の光景があった。
「今回貴方の護衛をする新人だ」
と、警備責任者が紹介してくれる。
「よろしくお願いいたしますわ」
「レイカ様!?」
私は声を上げて驚いた。
なぜ、レイカ様がここに!?
どうやら両親も何も知らなかったらしく、驚愕の表情で固まっている。
「さすがにレイカ様を危ない目に遭わせるわけには……」
「そうだな。この話はなかったことに。残念だが、お断りさせてください」
私は両親と相談し、今回の話を断ることにした。
すると、目の前に立つレイカ様が、動揺しオロオロし始める。
そして、警備責任者の人に駆け寄って、耳打ちし始めた。
「ど、どうしましょう」
「……押し切れ」
慌てて会話しているせいか、小声になっていない。
耳打ちしている内容が丸聞こえである。
「ひ、人違いですわ。わたくしは礼香などという名前ではありません」
と、特徴的な金髪の縦巻き髪をなびかせながら、かなり強引な嘘をつくレイカ様。
「ありえません。私がレイカ様を見間違えることなど、絶対ありえません」
私は首を横に振って答えた。
尊敬するレイカ様を他人と間違えるなど、あってはならないこと。
私には目の前のお方が、雲上院礼香だという絶対の自信があった。
「れ、礼子です。わたくしは雲上院礼子です。有名な雲上院家とは無関係ですの」
「雲上院の名字は唯一のもの。雲上院家しか存在しません」
私は、レイカ様の苦しい言い訳をバッサリ切り捨てた。
「う、運動場礼子です」
「グラウンドの名前が礼子みたいになっています」
苦しい。それはさすがに苦しいですよ、レイカ様。




