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あんな状態では、岩どころかクワも持てないし、雑草も抜けない。
自分が同じ状況であれば、早々にさじを投げただろう。
「まあ、こんな感じで?」
岩に近づいた真緒は、軽い動作で岩を蹴ってみせた。
すると、岩が地面からすっぽ抜けて宙を舞う。
真緒は、その岩を胸でトラップ。膝でリフティングしながら移動し、所定場所に廃棄した。
「……今、どうやったの?」
一部始終を見ていたが、理屈が分からない。
「パワーですね。岩が割れないようにソフトタッチを心掛けました」
――パワーで片づけられた。
留美は驚愕した。それで説明したことになるのか、と。
それと同時に諦めた。パワーなら仕方ないか、と。
「器用なのね……。私は普通にやらせてもらうわ」
そう言って道具を手にする。
「その方が効率的だと思います。私も両手が使えたら、そうするんですけどね」
「お互い頑張りましょう」
留美は、真緒にそう返すと作業に取り掛かった。
実際やってみた感想としては、身体強化を使えば、意外と何とかなるといったものだった。
思っていたほど苦労しない。それは留美が五属性ということもあるのだろう。
結果、留美と真緒は、分担して岩の撤去を進めた。
すると、作業がはかどり、みるみるうちに岩も大石も全て取り除けてしまった。
作業終了である。しかし時間には、まだ余裕があった。
そうなると、木の伐採をやるしかない。
しかし、所定エリアの木は斧での切り倒しが終わっていた。
今は切った木の運搬と、切り株の除去が行われている。
どちらも、相当な力を必要とする作業だ。
どの現場でも、五人以上で作業している。
しかし、自分たちは二人。人数に不安が残る。
出来ないことはないと思うが、刑務作業後に霊気切れを起こして倒れるかもしれない。
そんな事を考えていると、真緒が声をかけてきた。
「岩が無くなったので、他の作業をしますか」
「ええ、そうね」
本来なら数日かかるであろう作業が、作業時間の半分も経過しないうちに終わってしまった。
そのことを思うと、返事も雑なものとなってしまう。
「空いているのは、切り株の除去ですかね」
周囲を見渡した真緒が、人手が足りていない作業に気づく。
「二人だと大変かもしれないけど、やってみましょうか」
「いいですね。トレーニングに最適です。霊力を使わない方がいいかな……」
「ご、ごめんなさい。さすがに霊力は使ってもらえないかしら」
トレーニングに代用されては溜まったものではない。
二人で行動するなら自分にも負荷が掛かってしまうと考えた留美は、即座に懇願した。
「分かりました。じゃあ、とりあえず試してみますね」
真緒は、そう言って切り株の側面に足を乗せる。
すると、メキメキと軋むような音と共に、切り株が斜めに浮き上がった。
「そうはならんやろ!」
――ほぼ、条件反射だった。
眼前の光景を見て、無意識に声が出てしまったのだ。
炎泉留美、十五歳にして初めての関西弁だった。
「え、どうしたんですか」
「……ごめんなさい。ちょっと驚いてしまっただけよ」
狼狽ぶりを悟られないため、誤魔化す。
「案外いけますね。土が柔らかいからかな」
「いえ、どちらかというとカッチカチよ。セメントで固めたみたいだわ。つるはしが跳ね返るもの」
と、地面に向けて、つるはしを振り下ろす。
すると、ゴムボールを投げつけたように、弾むように跳ね返ってきた。
「これは大変ですね。それじゃあ、私が浮かせていくんで、留美さんは浮いた切り株に棒を差し込んで抜いて行ってください」
「そうさせてもらうわ」
留美は、真緒の作業分担案に同意した。
そこからは流れ作業となった。
真緒が切り株を半分まで浮かせ、自分がその後を引き継ぐ。
留美の五属性霊術師としての霊力の高さが反映され、一人でも難なく切り株を引きぬくことができた。
が、そうなると、自分でも手こずった初動を片足でやってのける真緒の霊力はどうなっているんだという疑問にぶち当たってしまう……。
隣の真緒の様子を窺えば、爽やかな笑顔で楽しそうに作業に取り組んでいた。
「いやあ、美味しい空気を吸いつつ綺麗な自然を見ながらの作業というのは、いいものですね。ずっと施設の中にいると気が滅入るので、良い気分転換になりましたよ」
「そ、そうね」
とは言ったものの、留美の心中は施設内にいた時より複雑化していた。
説明のつかない現象を目にし、どう自分を説得すべきか決めあぐねていたためだ。
「きっと、凄い力持ちなのね」
パワーで間違いない。
――最終的に、そう結論付けた。
「何か言いました?」
「いえ、何も。それより、終了時刻になったみたいよ。戻りましょうか」
大音声のホイッスルが鳴り、集合を告げている。
「はい。今日はよく動いたので、食事を美味しく頂けそうです」
と言う真緒は、マスク越しからでも分かるほど満面の笑顔だった。
「そうかもしれないわね」
と言う留美は、困惑の疑問顔だった。
咀嚼できない出来事を体験した留美は、帰路の間、ずっと頭を悩ませることとなった。
◆玄宮勝邦
先日、勝邦が報告した調査結果を元に、十家で会議が行われた。
その報告に鷹羽雷蔵が玄宮邸を訪れていた。
応接室で対面した勝邦が、雷蔵の報告を聞く。
「会議の結果、見張りを付けて様子を見ることになりました」
「そうか。討伐には向かわないのだな」
今の十家に積極性はない。攻めより、守りを重視するスタイルだ。
だから、討伐しないだろうと読んでいたが、予想通りの結果となった。
自分にとっては、都合の良い展開である。
「はい。時期尚早と判断しました。結界に閉じ込められているのであれば、戦力回復に努めるべきという意見が大半を締めました」
「ふむ、当然の判断だな。それで……、ひとつ提案があるのだが、いいかな」
勝邦は、勿体付けるように溜めを作りながら、ゆっくりと話す。
「なんでしょう」
「もう一度現地に赴き、結界の詳細な状態を調査しておきたい。そうすれば、いつごろ結界が壊れだすか、予測を立てられると思うのだ」
「……よろしいのですか?」
こちらの意見に、懐疑的な姿勢を示す雷蔵。
勝邦は普段から何かと理由を付けて表に出る回数を減らしていた。
それは霊獣と契約していないことを突かれるのを避けるためだ。
そんな消極的姿勢の勝邦が、自らあんな辺鄙なところに再度向かうと言い出したのだから、雷蔵がいぶかしむのも当然の反応だろう。
が、ここは押し通す。
勝邦は、毅然とした態度で協力的姿勢を見せる。
「無論だ。玄宮家は四柱。十家の規則に縛られることもない。そちらに問題がないのであれば、日取りを決めて再度調査へ向かおう」
「ですが、四柱の当主を、妖怪が大量にいる北海道の未踏破エリアへ何度も向かわせるのは……」
と、畏まり、こちらを気遣ってくれる。
「先日向かった際は、何の問題もなかった。前回同様、少人数で行動すれば、周囲に住む妖怪を集めることなく現地にたどり着ける。それに行動範囲も限られているし、滞在期間は最低限になる。あまり大事に捉える必要はないぞ」
勝邦は、雷蔵が肯定し易いように、様々な言葉を用いて説得に入る。
「しかし……」
「ならば、他の柱の当主に協力を要請しよう。当日は未踏破エリアの側で待機してもらい、異常が発生した場合は、撤退を援護してもらう。四柱当主であれば実力も問題ないし、規則も関係ない。どうだ?」
柱の当主への協力要請は、雷蔵への説得とは関係なく、自ら行おうと考えていた。
彼らが側にいれば妖怪を倒した際、即座に確認してもらえる。
有する権力を加味すると、最上位の証人となってくれるわけだ。
その上、何かあった際の保険になる。一石二鳥の発想だった。
「こちらとしては非常にありがたい話ですが、我々十家が北海道に行かず、四柱の方々に負担を強いるのは……」
「そう気負う必要はない。目的は調査だ、討伐ではない。全ては保険の話だ。実際に何か起きる可能性は極めて低い。多分、何事もなく終わるぞ?」
「…………それでは、お願いいたします。結界が崩壊する時期が特定できれば、こちらも動きやすい」
雷蔵は黙して熟慮するも、最終的には納得。
こちらの意見に肯定の意を示す。
――よし、これで準備が整った。
勝邦は顔を伏せ、緩んだ顔を引き締め直す。
「承った。任せておけ。他の柱には、こちらから声をかけておく。十家は引き続き、戦力の増強に努めてくれ」
「はっ」
勝邦は退室していく雷蔵の背を見ながら、結界内の妖怪を倒した後の事を考えていた。
これで、霊獣がいなくとも、当主として申し分ない実績を得られる。
そうなれば、名実ともに玄宮の当主として君臨できる日も近い。
後は脱獄を成功させて、井和倉と共に北海道へ向かうだけとなった。




