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◆鷹羽雷蔵
十家が集う会議場。
集合した当主たちの前で、鷹羽雷蔵は玄宮家当主との会談結果を報告した。
「先日、玄宮家当主と会談し、結界の調査結果の報告を受けた。結論から言うと、妖王が封印されていると見て間違いないそうだ」
その言葉を聞き、ざわつく当主たち。
雷蔵は周囲の様子を気にせず、会談で得た情報を淡々と話していく――。
あの結界は特殊な仕様で、内部に空間の歪みが存在する。
その力で、巨大な妖王を閉じ込めている。
結界は、時間経過で劣化し崩壊する。
応急処置のようなことはできるかもしれないが、根本的な修理や延命処置は不可能。
結界が自壊する時期は不明。明日かもしれないし、十年後かもしれない。
「玄宮の一族が作り出す結界と同じ特性を持つと仮定するなら、そういう状態だそうだ。不備が出た場合は、一度壊して作り直す以外に方法はない、ということだ」
話し終えると、その場を静寂が包み込んだ。
誰もが押し黙り、考え込んでいる。
そんな中、一人の当主が沈黙を破った。
「で、どうするのだ」
「何のことだ」
「当然、妖王を倒しに行くか、行かないかという話だ」
「それは……、我々が直接北海道へ赴くということか」
雷蔵の確認に対し、全員が動揺を示す。
すると、また別の当主が毅然とした態度で意見を表明する。
「それは賛成できんな。我々から高位霊術師に対して北海道での活動を自粛するよう通達している。そんな状況下で十家が先んじて北海道へ行くとなると、示しがつかん」
それは、全員が暗に懸念していたことに違いなかった。
妖王と対峙するためには、北海道へ赴く必要がある。
その問題をどう扱うかで、今後の方針が決まる。
全員がそのことを察し、そこから活発な意見交換が行われるようになった。
「ならば、自粛指示を解除するか」
「妖王が相手ならば、それで問題あるまい」
「待て。そもそも北海道入りを制限したのは、戦力の回復を図るためだ。今、妖王と事を構えるのか? 自粛を解除するというのは、そういうことだぞ」
「仮に妖王の討伐へ向かうとなれば、現在で用意しうる最大規模の戦力を投入しなければ意味がない。ただ、そんなことを北海道で行えば、周囲の妖怪を呼び寄せることになる。つまりは、どちらかが全滅するまで戦う状況に発展してしまうぞ」
「掃討戦の再開というわけか……」
「未だ霊術師の数は最盛期に届いていない。……危険な賭けになるな」
「わ、私は反対だ! 危険すぎる!」
「皆、落ち着いてほしい。そもそも、妖王は結界に閉じ込められた状態なのだろう? しかも、その結界は人が住んでいない未踏破エリアにある。ならば、すぐに人的被害に直結するわけではあるまい」
「そ、そうだな。折角閉じ込められているのだから、その状態を有効活用すべきだろう」
「その通り。この時間を活かして、こちらの準備を盤石なものにすべきだ」
様々な意見が飛び交い、話の終着点も大きく変化していく。
初めは、討伐前提で話が進んでいたが、最終的には様子見が最善ということで話がまとまっていく。
場の混乱が収まってきた頃合いを見て、雷蔵が口を開いた。
「ふむ。ならば、現状維持ということで構わんか」
「結界には最低限の見張りをつけ、変化があれば報告させる。対処はその時まで待っても問題ないでしょう」
「そうだな。幸い、結界は未踏破エリアの深部にある。結界崩壊と同時に報せが飛ぶ仕組みを作っておけば、都市部への被害は防げるだろう」
他の者も、その意見に同意らしく、それ以上の発言はなかった。
「では、決を採る。今すぐにでも結界内の妖王を討伐すべきと思う者は挙手を」
雷蔵の発言に応え、挙手する者は一人もいなかった。
充分に待った後、全員に視線を送り、まとめに入る。
「挙手はなし。全員、現状維持に賛成と判断する。結界には最低限の見張りをつけ、経過を観察することとする。これにて閉会とする」
雷蔵の宣言により、会議は終了。
結界への干渉は最小限にとどめ、様子を見ることが決まった。
◆炎泉留美
炎泉留美は模範囚と評価され、外での刑務作業に参加することが許されていた。
そして今日も、外での作業が予定されていた。
本日の作業は、農地の整備。
外で行う作業の中で、一番ハードなものだ。
逆に一番簡単なのは、公共施設や道路の清掃作業になる。
次が畑仕事の手伝いで、収穫作業や雑草の除去などである。
そして、一番大変なのが本日の農地整備作業だ。
整備作業というだけあって、土地を耕すのはもちろんの事、木の伐採や岩の撤去が含まれる。
木の伐採や岩の撤去は、本来重機を利用して行うものだが、刑務作業では人力で行う。
一般人であれば悲鳴を上げるような内容だが、霊術師であれば重労働の範疇に収まる。
なんせ、身体強化の使用が許可されているからだ。
全員が予定地に降り立ち、監視員から説明を受け、作業が開始となる。
――と思いきや、一拍の間が空く。
「あ~……、今日は特別な参加者が一名いる。が、まあ、う~ん……。特に気にしなくていい。いつも通りの作業を心掛けるように」
という要領の得ない説明があった。
意味が分からず、受刑者たちがざわつく。
そんな中、監視員から説明のあった特別な参加者が姿を現した。
口には顎を固定するマスク。
腕は、クロスした状態で固定。
脚は、ベルトで歩幅を制限された状態。
ちらりと見える足首には、凶悪なサイズのウエイト。
――九白真緒だ。
留美は、ひと目で分かったが、そうではない受刑者が大半だった。
九白真緒の登場により、ざわつきが一層増すこととなる。
「なんだ、あれは」
「外の作業は、模範囚が担当するんじゃないのか」
「腕を固定したまま、作業するのか」
「見た目がエグイな」
などと言った声が聞こえてくる。
監視員はそういった声を一切無視し、作業開始を告げた。
妙に張り詰めた空気の中、皆が黙々と作業をこなしていく。
当然、九白真緒の周りには誰も寄り付かなかった。
――外に出られるのは模範囚。
ここでトラブルを起こせば、評価や刑期に影響する
それならば、見える地雷は回避するのが当たり前。
という共通認識が暗黙で形成され、九白真緒は浮いた存在となっていた。
ここは自分が何とかしないと。一念発起した留美は、九白真緒に声をかけた。
「大丈夫ですか」
「あ、部長。こんにちは! いやあ、久しぶりに外に出ると気分が変わりますね」
――呑気。
平常運転にも程がある。
周囲から避けられているのに、全く気にしていない様子だ。
「私はもう部長じゃないわ。さすがにその呼び方はやめてほしいかしら」
「じゃあ、炎泉さん? でもそれだと、お父さんと呼び方が被りますね」
「留美でいいわ」
「それなら私の事も真緒でお願いします」
「ええ。よろしくね、真緒さん」
「はい」
と、今頃になって、自己紹介のようなものを済ませる。
知り合ったのは、彼女がフォーゲート部に入部してきた時だというのに、こうやって普通に会話したのは初めてかもしれない。
「で、私は何をすればいいんでしょう。確か、農地の整地をするんですよね」
「そうね、楽な作業は人気だから、すぐに取られてしまうわ。今はもう、大変な作業しか残っていないと思う」
「ああ、楽な作業って、草刈りとか土を耕しているやつですね。となると、木の伐採か岩の除去か」
留美の説明を聞いた後、真緒は周囲を見回して現状を把握しているようだった。
「そうなるわね。木の伐採は根を取るのが大変だからお勧めしないわ。岩の除去の方が、まだ増しだと思う」
「じゃあ、それでもやりますか」
納得した真緒が、近くにあった岩へ向けて歩き出す。
その姿を見て、留美は慌てた。
「ちょ、ちょっと、そのままやるつもりなの?」
「ええ。一応外したらいけないことになっているので」
と、真緒が拘束具をアピールする。
「それでどうやって岩を持つのよ……」
両腕を完全に固定され、両手も覆われている。
あんな状態では、岩どころかクワも持てないし、雑草も抜けない。




