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 ◆井和倉慶二



 収容施設内にある職員会議室の一室。


 本来受刑者の入室は許可されていない。


 が、井和倉慶二は、所長に呼ばれてその部屋にいた。


「脱獄、国外逃亡の手助けをする代わりに、とある妖怪を退治してほしい、ということでいいのか?」


 所長の話を聞き、要件を把握した慶二が確認する。


「その通りです」


「騙したら、ただでは済まさんぞ」


 所長から聞かされた話に不信感を覚えた慶二が聞き返す。


 一応筋は通っているが、余りに都合の良い話に思えた。


 何か策を弄しているのかもしれない……。


 もう少し探りを入れるべきか……。


 ――ああ、もういい、やめだ。


 が、ここで思案するのを止める。


 別にどんな思惑があろうとも構わん。全て力でねじ伏せれば済む話だ。


 今までそうしてきたし、これからもそうしていくつもりなのだから、考えるに値しないことだと判断した。


「嘘、偽りはありません」


「しかし、脱獄してすぐに妖怪討伐か。一旦海外で潜伏し、ほとぼりが冷めてから討伐するのではダメなのか」


 慶二は、気になった部分を尋ねた。


 脱獄すれば、捜査が始まる。


 一番追跡が激しい時期に動き回ることは得策とは思えなかった。


「なるべく早く事を済ませたいのです。今回の協力をお願いしたのも、それが原因です」


 所長の話を聞き、納得する。


 要は、早急に片づけたい案件ができたから、自分を外に出すという事か。


「ここを出たはいいが、すぐ捕まりましたでは話にならんぞ」


「妖怪は北海道の未踏破エリアにいます。場所の関係上、十家や高位霊術師は積極的に追って来ないはず。未踏破エリアであれば、一旦身を隠すのにも適していると思われます」


 確かに未踏破エリアなら、追手も簡単には進入できない。


 慶二は納得した。


 そして、話を受けるかどうかで迷いが生じる。


 元々は出所後に十家へ返り咲くことを考えていた。が、気持ちが揺らぐ。


 炎泉蓮司にも言われたが、実際には十家に戻ることは不可能に近い。


 慶二自身も、そのことに気づいてはいた。


 が、炎泉の前で啖呵を切った手前、意地を張っていたにすぎない。


 そもそも、慶二からすれば十家になることは、目的達成のための手段でしかない。


 本来の望みは、他の当主との闘争。


 いや、霊力を存分に使って強者と戦えさえすれば、それでいいのだ。


(ならば、むしろ脱獄は好都合かもしれん……)


 自身を捕まえようとするのであれば、それなりの実力者でないと不可能。


 高位霊術師なら数を揃える必要があるし、単独で相手をするのであれば十家当主が出てくる必要がある。


 これは思った以上に自分にとって都合の良い条件ではないかと思えてきた。


 しばし黙考の末、提案を受け入れることにする。


「まあ、いいだろう。一族の敵討ち、協力してやろうじゃないか」


「ありがとうございます。我々だけでは戦力不足がいなめず、場所が北海道のため、十家や高位霊術師は及び腰。頼れる相手がおらず、困っていたのです」


「それで、万全を期するために俺を頼ったというわけか。その判断、間違ってはいないな。では、報酬の話だ」


 という、こちらの求めに応じ、所長が頷く。


「まずは脱獄の支援。そして現金も用意いたします。妖怪討伐後は国外への移動をお手伝いさせていただきます。海外の潜伏先も準備済みです。現地到着後に、当面の活動資金をお渡しし、そこで一旦取引終了と考えております。ですが、お困りの際はいつでもお声がけいただければと」


 かなり手厚い。慶二からすれば十分すぎるものに思えた。


 むしろ、これだけの厚遇を受けられるなら、脱獄のタイミングとしては最良かもしれない。


 当主との闘争は全てが落ち着いた後、じっくりと考えればいい。


「いいだろう。しかし、なぜ今なんだ。一族が討たれたのは最近なのか?」


「いえ、事が起きたのはずっと前です。この件は最近の調査で発覚した次第です。ですが、その調査がこれ以上進行すると、こちらからの手出しが難しくなってしまいます。ですので、現地の整備が追い付いていない今が狙い時。なるべく早く手を打ちたいのです」


 最近の発見により、仇が発覚。しかし、他の勢力の介入が予測されるため、急いでいるというわけか……。


 慶二は所長の説明を聞き、どういった状況なのかを把握する。


「なるほど、それで焦っているのか。で、脱獄はどんな方法を取るんだ」


「施設の警備システムを誤作動させ、大量の脱獄者を誘発させます。それに紛れて脱獄してもらう手はずです」


「俺以外も大量に外に出るのか」


 意外な方法だった。そんなことをすれば、収容施設の信頼に関わる。


 なにより、所長が責任を問われて処分されてしまうだろう。


「いえ、他は途中で全員拘束します。外へ出るのは貴方一人です。計画当日は、結界を弱めて一時的に霊力が使える状態にします。そこで貴方には受刑者を扇動してもらい、混乱状態を引き起こしてもらいたい」


「わかった。ただし、直前で知らせるのはやめろ。こちらも、準備が必要だからな」


 決められた日程に徒党を組んで行動するのであれば、事前に打ち合わせを行いたい。


 特に今回は被害を最大化する必要がある。


 そうなると、ある程度は計画を立てなければならないだろう。


「承知しました」


「しかし、外に出るのは俺だけか……。追跡の目をくらますためにも、外に餌を撒いた方がいいんじゃないのか?」


 逃走の本番は外に出てからだ。


 それなら、追跡を分散させるためにも、囮の受刑者を外に出すべきだろう。


 しかし、所長は首を横に振った。


「それはできません。この収容施設は玄宮家の管轄ですから」


「どういうことだ」


 それと囮を外に出さないことに何の関係があるのかが、分からない。


「貴方は実力者だ。だから脱獄されたとしても、こちらの責任は軽い。筋書きとしては、施設の守りは堅牢で、貴方の実力だけが例外だったという構図にしたいのです。だからこそ、他の脱獄者は全員拘束する必要がある」


 つまり、騒動を起こすが、誰も責任を取らなくて済むように立ち回りたいということか。


「それなら仕方ないか」


「ご理解いただき、感謝します」


「こちらは無事に外に出られて、報酬さえ払ってもらえれば、それで問題ない」


「もちろんです。井和倉様には、当日までに見捨ててもいい囮を大量に囲っておいていただきたい」


「問題ない、今でも十分な数がいる。いつでも対応可能だ」


 現状、子分と呼べる存在が大量にいる。


 それらを動かせば、所長の要望には応えられるだろう。


「なるべく早く行いたいので、それはありがたい」


「早く出られるなら、こちらも歓迎だ」


「決行日時が決まったら、改めてお知らせします」


「わかった、楽しみにしている」


 慶二は、所長が差し出した手を強く握り返した。




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