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 まさか、もうそんな段階になっていたとは。




「はい。といっても本格的にはやっていません。今は雲上院咲耶さんがやっていた作業を補強している段階です。準備が整うのは、もう少し先になると思います。それに、私自身もこんな状態だし」


 と、九白真緒が苦笑交じりに拘束具をアピールする。


「さすが雲上院グループが主体となっているだけはあるな」


 あの時、雲上院礼香が言っていたことは事実だったということか。


 捕まった我々を励ますためのリップサービスが過分に含まれていると思っていたが、違っていたようだ。


「炎泉さんたちも、出所後合流してください。人手を集めるのに苦労しているみたいなので、高位霊術師の方は無条件で厚遇されると思いますよ」


「まさか……、雲上院で雇用してもらえるのか」


「はい。あの時捕まった人たち全員いけると思いますよ」


 更に思いがけない提案が出た。


 なんと我々全員を迎え入れてくれると言う。


 しかもそれが雲上院グループ。好待遇とかいう次元ではない。


「気心が知れた人同士で仕事した方が捗るでしょうし、バラバラに配置されないように言っておきますよ」


 九白真緒は、こちらの動揺を気にも留めていない様子で、軽い感じで話を進めていく。


「それは助かる。ぜひお願いしたい!」


 そう言いながら手を差し出すと、握手に応じてくれる。


 私は彼女の手を両手で握り、頭を下げた。


「私のことはどうでもいい。捕まった皆だけでも何とか雇用してほしい」


「事件の後に、全員引き入れたいという話をしていたんです。だから、こちらからお願いしたいんですよ。もちろん、炎泉さんも含めてね」


 北海道で活動するにあたって、これほど心強いことはない。


 立ち込めていた暗雲がすべて取り払われ、陽光が映える青空が一面に広がった気分だ。


「部屋に戻ったら、炎泉さんと話が出来たことを報告しておくので、明日の食事の時にでも、もう少し詳細なことをお話ししますね」


「え、明日?」


 いくらなんでも、話が進む速度が早すぎることに驚きを隠せない。


「充電器と携帯端末を持ってきているので、部屋に帰ったら通話できるんですよ」


「???」


 蓮司が混乱していると、留美が袖を引き、意識を引き戻してくれる。


 次いで「詮索しない方が良いかと」と耳打ちされ、その通りだなと納得する。


「助かるよ。しかし、そんな拘束具を付けられていては大変だろう。ここでは霊力を使うのも一苦労だし。いや、君は使えないか……」


 ここは玄宮一族が張る結界の効果で、霊気の発現が抑え込まれている。


 四属性以上であれば、一応霊気を使う事は可能ではある。


 が、使えるといっても、かなりの制限がかかっている。


 彼女は確か一属性。ここでの生活は相当な苦労を強いられていることだろう。


「いえ、使えますよ。ここに来る前に霊気を発現できなくなるって聞いていたんですが、問題なかったです。ただ、部屋が狭くてトレーニングメニューが限られてしまうことには苦労していますけどね」


「使えるのか……、そうか」


 彼女の話を聞いても、あまり動揺しなかった自分に驚く。


 ちょっと慣れてきたのかもしれない。


 しかし、留美の方はそうでもなかったようだ。


「今、トレーニングと言いましたか」


 と、驚きの表情となった娘が身を乗り出すようにして尋ねた。


 娘が疑問を覚えた理由は分かる。


 この施設内は玄宮の結界が機能している。


 それが精神にも影響を及ぼす。効果は僅かなもので、体に悪影響が出るものではない。


 が、体を動かすという行為に関しては非常に有効に機能している。


 簡単に言うと交感神経の働きが、ほんの少し阻害されるのだ。


 そのため、積極的に何かを進んでやろうという気持ちを維持しようとすると消耗する。


 外にいる時より、精神的なエネルギーが多量に必要になるのだ。


 端的に言って、やる気が湧き上がりにくくなるのである。


「ええ、霊術関連の修業は場所がないと難しいので、もっぱら筋トレに主軸を置いています。折角時間があるのだから、本当はもっと色々やりたいんですけどね」


「そ、そうなのね」


 留美は彼女が苦笑しながら話す内容に困惑し、相づちに詰まっていた。


「じゃあ、そろそろ私は部屋に帰りますんで、お先に失礼しますね」


 食事を終えた九白真緒はそう言うと、食器の側に置いてあった金属のマスクを付けた。


 更に、自力で両腕を器用に拘束する。


 ……それは勝手に着脱していいものなのか?


 自力で外せるなら、つける意味はあるのだろうか……。


「あ、ああ。また明日頼む」


 蓮司は思い出したように、返事を返す。


「そうだ。部長の方も問題ないので、ついでに話を進めておきますね」


「それは助かる。出来れば出所当日に迎えも頼めないだろうか。こちらと関係を持とうと考えている人物が待ち伏せている可能性も考えられるのだ」


 外に出てしまうと娘は一人。


 孤立した状態を狙って、良からぬことを考える輩が接近してくることが予想できる。


 特に出所時は事前に予定を把握されてしまうので、待ち伏せされる可能性が高かった。


「私が迎えに行くので、そこは安心してください。合流後はずっと一緒にいるので、きっちりガードしますよ」


「ちょ……、ちょっと待ってくれ! なんで君が迎えに行けるんだ」


「そりゃあ、この中で一番刑期が短いのは私ですから」


「え?」


「え?」


 蓮司の疑問の声に反応し、九白真緒も疑問の声を上げる。


「……すまない、少し考えをまとめる。…………つまり、君は厳重に拘束されてはいるが、刑期自体は短く、娘より先に出所するから、迎えにも行ける。そういうことでいいのか?」


「はい、その通りです」


「なるほど、分かった」


 いや、本当は分かっていない。


 分かっていないが、どういった理由でここにいるか聞けない以上、どうにもならないことだった。


「まあ、詳細は明日ということで。それじゃあ、お先で~す」


 そう言って、彼女は引き揚げていった。


「……あのマスクを付けた状態で発声できるものなのでしょうか」


 九白真緒の背中を見送りながら、留美が思いついたように尋ねてくる。


「顎を固定するものだから不可能だと思うのだが、今普通に話していたな」


 どういう手段を用いたのか分からないが、問題なく会話が成立していた。


 声が聞き取れないということもなく、綺麗な発声だった。


「留美、出所後の予定が確定したこと以外は全て些末なことだ。そう思わないか」


「そ、そうですね」


 蓮司は、娘からの同意が得られ、満足げに頷く。


 ここに囚われた者たちの将来の不安が取り除かれた。これ以上に喜ばしい事はない。


 結局、その事以外はどうでもいいのだ。


 そう思うことにした。


「九白真緒……。彼女には感謝しかないな」


 そう呟きながら、九白真緒の後ろ姿を目で追う。


 すると、部屋に帰る途中だった彼女は、道すがらに他の受刑者から高確率で絡まれていた。


 しかし、拘束状態で複数を相手取り、軽くいなして何事もなかったかのように進んでいく。


 何という身のこなしだ。一応、何をしたのかは把握できた。


 だが、自分の体では再現は難しい。


 身体能力の高さがうかがえる動きだった。


「加勢にいくべきなんでしょうけど、つい魅入ってしまいました」


 同じように九白真緒の後ろ姿を見ていた、留美が感嘆の声を漏らす。


「私もだ。しかし、あの拘束具のせいで、注目を買ってしまっているんだろうな……。今からでも、彼女は炎泉家と親しいものと公言して、周囲にけん制しておくか。そうすれば、余計なちょっかいを出す者も減るだろう」


「妙案だと思います」


 彼女には借りがある。


 堕ちた名ではあるが、この施設内であれば十分な効力を発揮するはず。


 我々も陰ながら協力し、不埒な者が近づかないよう微力を尽くすとしよう。




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