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 ◆とある受刑者



 俺が不服そうにダラダラ歩いていると、護送官に背を押される。


「おい、さっさと座れ」


「へいへい、今座りますよ」


 俺は雑に返事を返しながら、車に乗り込んで席に着いた。


 背もたれに体を預け、ふぅ、と溜息を吐く。


 まさか、この俺が捕まってしまう時が来るとは。


 が、よく考えて思い返してみると、危ない橋もそれなりに渡っていた。


 ここまでうまくやってこれたのは、運が良かったのもあるだろう。


 空巣の連続成功。調子に乗っていたのかもしれない。


 霊力を使って身体能力を強化。普通では入れないルートからの侵入。


 自画自賛になるが、他の誰にも真似できないスマートなやり口と自負している。


 今まで、非常にうまく行っていた。だが、最後に忍び込んだ先は、たまたま人が居た。


 これまで人的被害を出してこなかったことが誇りだった俺は、やむなく逃走。


 しかし、その時にバッチリ顔を見られてしまった。


 正確な犯行時刻も把握されていたせいで、周辺の防犯映像から逃げ切ることはできなかった。


 結果、御用となったわけである。


 これから行く先は、霊術師のみが収容される施設。


 その名は、霊術師更生施設。通称、収容施設だ。


 そこは普通の刑務所に比べると、治安がよろしくないらしい。


 霊術師は霊気が使える。


 そのため、暴力沙汰になると、一般人より荒れてしまうので仕方ない。


 とはいえ、俺の罪は窃盗。


 これから行く所は、殺人の様な凶悪犯罪を行った霊術師が収容される施設とは別になる。


 というわけで、霊術師が収容される施設同士の比較なら、治安は良い方ではある。


 俺の盗みに対する美学のお陰で、多少はマシな場所に行けるようだ。


 とはいえ、治安が悪くても、やっていける自信はある。


 危ない場所にも侵入してきた副産物として、メンタルも鍛えられた。


 昔に比べれば、随分と肝が据わったと思う。


 行き先がどんな施設だろうが、俺ならうまくやれるだろう。


 しかし、それなりに修羅場も潜り抜けてきたせいか、顔つきも険しいものになってしまった。


 一般人が避けて通る様な雰囲気もある。


 面倒な奴が相手なら、軽く睨むだけで黙らせることもできるので、この顔に不満はない。


 が、この顔にも不便なところがある。


 それは、特に何も思っていない相手と初めて対面する時だ。


 今回の護送は、自分ともう一人だけ。


 俺と同じ施設に行くなら、比較的軽い罪で囚われたのだろう。


 暴力沙汰を起こしていないわけだし、案外いい奴かもしれない。


 そんな奴が、自分を見て委縮しないといいのだが。


 そんなことを考えていたら、もう一人の乗客がやってきた。


「……っ」


 ――なんだ、こいつは。


 ガチガチに拘束されているじゃないか!


 しかも、口元も金属のマスクで顎が固定されている。


 どんだけ暴れまわったんだ、こいつ……。


 おいおい、比較的罪が軽い奴が収容される施設じゃなかったのか!?


 どう見ても、連続殺人犯レベルの扱いじゃねえか。


 マスクから息が漏れて、シューコーシューコーいっとるがな。


 何やったらあんな厳重に拘束されることになるんだ。


「お、おい……、なんでこんな奴が同乗するんだ。俺は、軽犯罪者用の施設に送られるんじゃないのか?」


「静かにしろ」


 護送官に慌てて問いただしたが、答えてくれるはずもなかった。


 そんな事をしている間に、マスクの奴が正面に座った。


 次に見張りが同乗し、車が発進した。


 車内は静寂に包まれ、拘束具の奴から漏れる吐息の音だけが静かに響く。


 くっ、気になる。どんな罪状で捕まったのか聞いてみては駄目だろうか。


 いや、顎を固定されているから、答えられないか。


「こんにちは。二人だけだから、椅子が広く使えていいですね」


 と思ったら、向こうから話しかけてきた!


 しかも、見張りが咎めない。俺が聞いた時は話すなって言ったのに。


 もしかして、マスクの奴にビビっているのか? 


 いや……、待て。そんなことより気になることが……。


「な、なんで、口が固定されているのに、話せるんだ?」


「腹話術ですね」


「そ、そうなのか」


 腹話術って、そういうものだっけ? いやでも、実際に話せているからそうなのか。


「出来れば私語は最低限にしてもらいたい」


「まあまあ、道中ずっと無言のままだと退屈ですから、多少は大目に見てくださいよ」


「分かった。だが、声は抑えてくれ」


「はい」


 マスクの奴が見張りを説得し、会話が了承されてしまう。


 なんでぇ? なんでそんな甘いの? なんで私語が許されるの?


 普通、怒鳴られるシチュだろ。


 逆らうと何されるか分からんから、ある程度は妥協してるってことなのか? そうなのか?


 こいつ、捕まる前にどれだけ暴れまわったんだ? 


 護送官が黙認するなんて、相当だぞ……。


 怖い、怖すぎるぞ。


「あ、あんた、一体何をやって捕まったんだ?」


 俺は好奇心を抑えられず、恐る恐る尋ねた。


「ん~、まあ、その~、悪い事ですよ、悪い事」


 滅茶苦茶返答に困ったうえに、濁された。


 こういう時、悪さ自慢は一種のステータス。


 どれだけ自分がチキンレースをやってきたかを、得意げに語れる瞬間だ。


 それに、語る内容によっては、これから先の上下関係を暗に決めることにもなる。


 それを話さないってことは、やりすぎたってことだろう。


 同業者や、同じ立場の人間から見てもドン引きするような所業。


 上下関係の成立を通り越して、村八分にされるような行いをしたってことだ。


 こいつは、気を付けねえと。


 機嫌を損ねたら、施設で何されるか分かったもんじゃないな。


「それで貴方は何をやったんですか」


 自分の事は濁す癖に、こっちに対しては軽い感じで聞いてくる。


 いつもなら、お前が答えないなら俺も答える義理はない、と返すところだ。


 だが、それはよした方がいいだろうな。正直に答えておくか。


「盗みだよ。空巣だ」


「へぇ! そうなんですか!」


 声のトーンがワントーン上がったぞ。妙に機嫌がいいというか、こちらにシンパシーを感じているような印象を受けるな。なんでだ。


 もしかして……。


「お前も空巣をやったことがあるのか。まあ、手っ取り早く現金を手に入れられるし、誰でもやるよな」


「やってません!」


 今度は激怒しているのが分かるほど、声の調子が感情的になった。


 めっちゃ切れてるじゃないか。一体どこで地雷を踏んだんだ。


 とりあえず、謝っておくか。


「そ、そうか。悪かったな」


「もう、空巣とか駄目ですよ。しっかり反省してくださいね」


「あ、ああ」


 納得がいかない。なんで俺が凶悪犯に説教されなきゃいけないんだ。


 俺なんかより猛省しないといけないのは、お前の方だろ。


 などと考えていると、信号待ちで車が停止した瞬間、大きな揺れが起きた。地震だ。


 いきなりのことで、バランスを崩してしまう。


 前方へ倒れながら、そういえば最近、小規模な地震が全国で頻発しているというニュースを見たな、と思い出す。


 だが、こんな時に揺れなくてもいいだろう。体を拘束されているから、バランスをとりにくいのに……。


 結果、姿勢を維持できず、床へ倒れそうになる。


「っと、危ないですよ」


 そう言って、マスクの奴がこけそうになった俺を支えてくれた。


「悪いな……、って、どうやって俺を支えたんだ!?」


「そりゃ、両手を使って?」


 マスクの奴が両手をヒラヒラさせながら、軽い感じで答える。


 拘束具を引きちぎっとるがな!


 両腕を固定していたベルトがちぎれ、ぶらんと垂れ下がっている。


 それらが車の振動に合わせて小さく揺れていた。


 俺は、催眠術にかかる勢いで、揺れるベルトを凝視してしまう。


 ――怖。


 腕を拘束する道具を腕力で破壊するって、どういう状況だよ。


 意味が分からん。


 ……こ、こいつには、逆らわない方がよさそうだ。


 などと思っていると、見張りが口を開いた。


「備品を壊さないで下さいね。今のは不可抗力なので大目に見ますけど」


 なんでそんな丁寧な物言いなの?


 普通、もっと怒るところだろ!


「ごめんなさい。気を付けます」


 そして、しゅんとなって、素直に謝るマスクの奴。


 あ、そこは普通に謝るんだ。


 結果、気まずい沈黙が訪れてしまう。


 一応、俺が助けてもらったせいで、変な空気になっちまったし、話題を振った方がいいか。


「これから行く施設がどんな場所か知っているか?」


「いえ、急だったので何も聞いていません」


「霊術師専用の収容施設だってことは知ってるだろ?」


「それはもちろん」


「今から行くところは比較的罪が軽い者が収容されているんだ」


「へぇ、そうなんですね。納得です」


 と、感心したように何度も頷く、マスクの奴。


「俺はあんまり納得してないけどな……」


 そう言いながら、破壊された拘束具を半眼で見る。


「反抗の意思が低く、模範的で、刑期の少ないものが優先される。一部、例外はあるがな」


 と、ここで見張りが会話に参加してきた。


 そして、語られた内容に驚愕する。


 例外があるのか……。


 罪が軽い者だけが収容されるわけじゃなかったのか。


「なるほどな」


 正面を見据え、そういう事かと納得する。


「何か言いたそうですね」


「い……いや、今の言い回しだと、凶悪犯も収容されているのかと思ってな……」


 マスクの奴の追及が怖くなり、適当に誤魔化す。


 実際、すでに収容されている凶悪犯がいる可能性もあるだろう。


「確かに。気になりますね」


 と、マスクの奴が俺の言葉に乗ってくる。


 やはり、自分が凶悪犯だとは認識していないようだ。


「凶悪犯というよりは、難しい立場の人間が数人いるといった感じだな」


 ……まじか。


 まさか、目の前にいるようなのと同等の奴が数人いるとは……。


 どこが、ホワイトな収容所なんだ。雲行きが怪しくなってきたぞ。


 くそ、少し不安になってきた。


 こちらの空気を察したのか、見張りが説明を追加してくる。


「施設は、柱の一族である玄宮家の者が結界を張っており、霊気が使いにくい状態になっている。三属性以下は使用不可能に近い。そのため、中での生活は普通の受刑者の生活に近くなると考えてもらって差し支えない」


 だから安心しろとでも言いたいのか。


 どうせ、そんな奴は高位霊術師に決まっている。


 目の前のこいつも、五属性とかに違いない。


「なるほど。それなら一属性の私は全く霊力が使えないと考えた方がいいですね」


「その通り。不便をかけるが、受け入れてほしい」


 という二人の会話を聞き、俺は再び驚愕する。


 一属性だと? 聞き間違いか? 


 いや、こんなに静かな車内で、聞き間違えるなんてありえない。


 とすると、こいつは本当に一属性なのか。


 だとすると、なおさら恐ろしい。


 一属性なんて雀の涙ほどの霊力しかない。


 当然、身体強化なんて使えるはずもない。


 つまり、こいつは霊力に頼らず、筋力のみで拘束具を引きちぎったことになる。


 マジモンの化け物じゃないか!?


 その事実を知り、緊張で全身が強張る。


 震えか痙攣か分からない振動で全身が揺れる。


 こ、こいつの機嫌を損ねたら、素手でリンゴジュースを作るように頭部を粉砕される……。


 玄宮の結界なんて、何の意味もなさないじゃないか……。


 こんな奴が、他に何人かいるなんて地獄すぎる。


 きっと施設内部は文明が衰退し、強者が支配する弱肉強食の世界になっているに違いない。


 などと、施設の生活についてあれこれ考えている間に、とうとう到着してしまう。


 護送官がドアを開け、「降りろ」と指示を出してくる。


 俺は乗車した時とは真逆に、慎重に車を降り、眼前にある施設を見た。


 く、なんて恐ろしい建物なんだ。


 移動前は余裕すら感じていたのに、今は魔王の城のように見えてしまう。


 俺はここから無事に生きて出られるのだろうか。




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